第5話 「単刀直入に話させてもらうぞ」

 明人は彼の返答を聞き、その場から立ち上がる。


「少々準備がございます、お待ちください」


 それだけを残し奥にあるドアへと姿を消した数分後、明人は片手に小瓶を持って戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 明人はまっすぐ彼の前に膝を付き、手に持っている小瓶の蓋を流れるように開け、怪訝そうに見ている彼へと近付かせた。


「な、なに……を……」


 小瓶の中には液に浸かれている一輪の黄色い花。ゆらゆらと、左右に揺れていた。


 小瓶を近づかれ、彼は一瞬戸惑うが、小瓶から香る甘い匂いが鼻を掠めると、急激な眠気に襲われた。


 抗う事が出来ないほどの睡魔に、彼は体を傾かせソファーへと横になる。そんな彼を見て、明人は本当に眠ったのか頬をペチペチと叩き確認した。


「問題なさそうだな」


 浮かべていた笑みを消し、明人はいつもの真顔になる。やれやれと言うように頭を掻き、小瓶をテーブルに置いた。


「今回は本当に開けるだけでよいのか?」

「問題ないだろ。まだ初期の段階っぽいからな、すぐにカタをつけるぞ」

「了解だ、私も出来る限り急ごう」

「本当に急げよ。いつも急ぐ急ぐと言って、結局いつもと変わらん早さなんだからなぁ。口先だけなのなら言わない方が自分の株は下がらんぞ。世間をうまく渡り歩く知恵だ、しっかり刻んどけ」

「…………しっかりと、確実に、丁寧な説得をする。わかったな、明人よ」

「急ぐ気ねぇじゃん」

「わかったな?」

「へいへい」


 カクリの返答を軽く流し、明人は彼の頭に右手を置く。左手は、片方の目を隠してしまっている前髪をかき上げ、黒い瞳を露にした。

 

 闇が広がる漆黒の瞳の中には、赤い五芒星が光り輝いていた。


「任せたぞ、カクリ」

「わかった。明人も無理するでないぞ」


 短い会話を交わし、明人は眠るように意識を手放した。


 五芒星が刻まれている左目だけを、開けたまま。


 明人が眠りに入ったことを確認すると、カクリは子狐の姿になり明人の肩に跳ぶ。

 二人を見下ろせる位置につくと、明人と同じく目を閉じた。



 深い眠りについた彼が目を開けると、そこは何もない暗闇だった。


 天井や壁はなく、先を見通そうとしても周りは全て同じ闇。どこまで続いているのかわからない。


 肌寒く、彼は体を摩り周りを見回し続けた。


「ここは一体、どこ……?」


 暗闇というだけで恐怖が体を襲い、思考すら正常に回らなくなる。

 息が荒くなり、歯をカチカチと震わせた。


 何が起きたのかわからず、その場から動けない。周りから目を背けるように蹲り、顔を覆い隠してしまった。


 何も聞こえず、何も見えない。逃げたくとも、逃げ道がわからない。

 何もできない状況に涙が浮かび、鼻をすする。


 そんな時、どこからか子供の声が聞こえた。


「顔を背けたところで君の現状は変わらないと思うがね。少しは抗ってみたらどうなんだい?」


 暗闇に響く鈴の音のような声。

 やっと人に出会えたと思い、彼は顔を上げ周りを見渡した。


 そこには、暗闇に浮かぶようにカクリが静かに立っていた。


「き、君は……え?」


 今のカクリの姿を見て、彼は驚き目を見張る。

 彼が驚くのは無理がない。今のカクリには、人間には絶対に生えているはずがない耳と尾があり、ゆらゆらと動いている。

 耳もピクピクと動いており、本物なのがわかった。


 彼はカクリを唖然と見ており、何も言えない。


 人間離れした雰囲気と見た目に、なにから聞けばいいのかわからず啞然とするばかり。

 何も言えない彼に、カクリは表情一つ変えずに現状について説明し始めた。


「単刀直入に話させてもらうぞ。君には、自分の気持ちと向き合ってもらう必要がある。今のように顔を背ける事をしてしまえば、何も変わらない。せいぜい、足掻くことをお勧めするよ」

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