第4話 「全力を尽くしましょう」

 ドアを閉じ、明人は背中を預ける。息を吐き、天井を仰いだ。

 彼にカクリが近づき、見上げながら問いかけた。


「大丈夫か、明人よ」

「問題ねぇよ、気にするな。それより、依頼人が来るのか?」

「今、林の中を歩いておる。今回は二つの案件を抱えなければならんかもしれないぞ」

「たまにあるから問題ねぇよ。めんどくせぇけど……」


 頭をガシガシと掻き、木製の椅子に座る。その際、若干体が傾いたように見えた。


「っ、明人!」


 カクリが手を差し伸べようとしたが、彼がそれを制す。


 無事に座ることが出来た彼は、次に来る依頼人を出迎える準備は整った。だが、カクリは彼の様子に不安が湧き上がり、視線を彼の腹部に向けた。


「何だよ」

「服の下、見せてもらっても良いか?」

「…………きゃーえっちー」

「違う」


 棒読みで言った明人は、肌をさらす事はせずカクリを見つめ返す。


 見せたくないのか、見せられないのか。カクリは無理やり見せてもらおうと手を伸ばしかけた。

 刹那、小屋に取り付けられているドアが音を立て始めた。


 先ほど林を歩いていた依頼人が小屋にたどり着いたと二人は瞬時に察し目を合わせた。


「……はぁ、あとで見せてもらうからな」

「おー怖い怖い」


 どすの利いた声でカクリが言い放ち、木製の椅子の隣に立つ。明人は姿勢を正し、ドアを見て開くのを待った。


 数秒後、音を鳴らしドアが開かれた。先ほどの二人と同じく、怪しむように小屋の中を見回し始める一人の制服姿の青年。


「こんにちは、お待ちしておりましたよ」

「え、あ、はい、え?」


 顔を覗かした青年は、短い黒髪に、茶色い瞳。不安そうに眉を下げ、明人を見た。


 臆病な性格らしい彼は、なかなか小屋の中に入ろうとしない。椅子に座っている明人をただただ見るのみ。


「怖がらなくても大丈夫ですよ。さぁ、こちらへ」

「は、はい」


 右手をソファーに添え、誘うように伝えた。

 戸惑いながらも彼は小屋の中に足を踏み入れ、怯えながらソファーに座る。タイミングを計り、明人は自身の名前を名乗った。


「初めまして、私の名前は筐鍵明人。貴方のお悩みをお聞かせ願いましょう」


 細められた明人の瞳に、彼は息を飲み頷いた。


「俺は、情けない彼氏なんです。彼女がいじめられているのに、何もできない。何かすれば、虐めが酷くなり彼女が苦しむ。俺に出来る事は、彼女から離れる事だと思い別れを告げると……。彼女は、学校に来なくなってしまいました」


 前後の話がなく、いきなり本題に入った彼の言葉に対し、明人は何も言わず真摯に聞く。

 隣で聞いていたカクリは、彼の言葉を聞き既視感を感じていた。目線だけを明人に向け、この既視感の正体を確認しようとする。


 お互い目を合わせ意思を伝え、明人はいまだに「俺が、俺がもっと」と嘆いている彼へと目線を戻した。


「話しの詳細はわかりませんが、貴方はまだ彼女を愛しているという事で間違いはありませんか?」

「はい、俺はまだ彼女を愛しております。まだ、好きなんです。なのに、俺が近くにいる事により、彼女を苦しめてしまっていた。それなら、離れればと思い別れを告げたのですが、それがまた彼女を苦しめた。もう、どうすればいいのか………」


 彼の目には涙の膜が張り、今にも零れ落ちそうになる。

 頬を伝う前に自身の右手で目元を乱暴に擦り、肩を落とした。


「話は分かりました。それでしたら私も少し、お手伝いが出来るかもしれません」


 明人の言葉に、彼は下げていた頭を上げた。

 希望の光が見えたとでも言うように目を輝かせ、明人の次の言葉を待つ。


「ですが、私もボランティアで行っているわけではありません。それ相応の物を、貴方から頂きます」

「え、相応の物? お金とかではないですか? いや、お金だったとしても、大金だとするのであれば、直ぐに支払うことは出来ないのですが……」


 おどおどと、しどろもどろになりながら彼は問いかける。そんな彼に、明人は優し気な微笑みを送り口を開いた。


「私が頂いているのは、お金ではありません。貴方が一番大事にしている記憶です」


 明人の言葉に、彼は直ぐ理解が出来ず首を傾げる。


 記憶というものは、簡単に人へ送ることなど出来る訳がない。そう思っている彼は、直ぐに返答する事が出来ず口ごもる。


「? 噂を耳にしたのではないのでしょうか?」

「あ、はい。噂を聞いてきました。本当にあるなんて思わなかったですが……」

「噂の詳細を聞いてもよろしいでしょうか?」

「俺が聞いたのは、どんなに固く閉じられた箱でも開ける事が出来る、というもの。どういう意味か分かりませんが、願いが叶うとも噂が流れていたので、試しに……」

「なるほど」


 何か納得したように明人は頷き、彼の目を見る。


「教えて下さりありがとうございます。では、話を戻しますね。もし、貴方が今、大事にしている記憶がなくなったとしても、現状を変えたい。そう強く願うのであれば、私は今ここで貴方の心にある、黒く染まった匣を開けます。いかがなさいますか?」

「え、箱? 黒くって……。あの、箱なんて、持ってきていませんよ? 開けてほしいわけでも……」

「いえ、貴方は持っています。ここに」


 言うと、明人は自身の胸を指す。


「貴方は、自身の感情を押し殺し、彼女から離れてしまった。その押し殺された感情を、私が出します。いかがでしょうか」


 明人から再度問いかけられ、彼は眉を顰め考え込む。


 ハコを開けるという意味も理解出来ておらず、しかも代償は大事な記憶。リスクが大きすぎるため、すぐには決められない。


 口を結び、膝の上に乗せている手が自然と握られた。


 今までの生活、現状。彼女の存在などを思い出し、彼は顔を俯かせ、下唇を噛む。


「おっと、問いかけ方を間違えてしまいましたね、失礼しました」


 彼の様子に、明人はわざとらしくケラケラと笑い、一息つく。微笑みは変わらず、漆黒の瞳を細め、目の前に座る彼を射抜くような、鋭い瞳を向けた。


「貴方の匣、開けてみませんか?」


 誘うような声色、妖しくも美しい彼の雰囲気にのまれそうになる彼。

 漆黒の瞳に捕まり、逃げる事すら許されない。


 明人から逃げる事が出来ない彼は、拳を強く握り、眉を吊り上げる。

 覚悟を決めたような表情を浮かべ、口を大きく開いた。


「お願いします。俺の匣を、開けてください!!!」

「かしこまりました、全力を尽くしましょう」

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