第3話 「大事な記憶を引き換えに」

 今にも泣きそうにしていた女性の名前は柳希子やなぎきこ。もう一人は柳希久やなぎきく


 希子と希久は双子で、眼鏡が無ければ親でさえ判別が難しい。そのため、二人は普段から眼鏡をかけて生活していた。


 学校では授業中以外一緒に行動する事が多く、移動教室、休み時間、下校などもずっと一緒。


 いつでも二人は一緒。だが、ある日を境にそれは変わった。


 同じクラスと橘敦たちばなあつしに希子が告白された。

 希子は戸惑いつつも、敦の圧に押された形で了承。二人は付き合うことになった。


 それからは、敦と希子は共に行動することが多くなった。


 お昼ご飯を二人で食べたり、一緒に帰ったり。希子は幸せな生活を送っていた。

 希久もそんな彼女の様子を微笑ましく見ていた。


 だが、幸せな生活は、そんな長くは続かない。


 希子は、姿の見えない人から虐めを受け始めてしまった。


 下駄箱にゴミ、机の中には苦手な虫のおもちゃ。お昼ご飯の時には、お弁当がなくなっていたりと。


 一つ一つは小さいが、それが積み重なり、希子は日に日に憔悴していく。

 学校へ行く足取りが重くなり、行きたくないとごねる時まで出てきた。


 敦は希子を献身的に支え、共に行動する事が前より増え、その事に希子も安堵していた。


 だが、それが良くなかったのか、虐めはエスカレートしていった。


 ある日、とうとう机の中に手を入れるとカミソリが入っており、手を怪我してしまった。

 流れ落ちる血を眺める希子は限界に達し、近くにいた希久に縋り泣き叫ぶ。


 敦は、そんな彼女に別れを告げ、距離が離れてしまった。


 彼氏に見捨てられたのが決定打となり、希子は学校に行くのが怖く、家に引きこもるように。


 そんな彼女が見ていられなくなった希久は、噂の小屋へ行こうと言い、無理やり連れてきたのだった。


 ※


「聞かせてくださりありがとうございます。それでしたら協力出来るかもしれませんね」

「え、でも、どうするんですか? 願いを叶えることは出来ないんですよね?」


 希久が希子の背中を摩りながら問いかけた。


「内容は、貴女方が覚悟を決めた時にお伝えしますよ」

「覚悟?」

「えぇ。今回の件に、私が協力することは可能です。ですが、私もボランティアで行っているわけではございません」


 目を細め、見つめる漆黒の瞳。

 鋭く光る瞳に見られ、希久は体を大きく震わせ、恐怖の顔を浮かべた。

 目を開き、吸い込まれるような瞳から逃げように顔を背ける。


 彼女の反応を楽しむように明人は見ており、クスクスと控えめに笑う。

 彼の反応に怪訝そうな顔を浮かべ、希久は眉間に皺を寄せた。


「そんな怪しまないでください。何かをしてもらうには、何かを差し出す。お買い物する際、お金を払うでしょう? この世は代償を準備しなければ願いは叶えられません。それを言っているだけですよ?」


 ふふっと笑みを零し、明人は二人を見る。

 希子は変わらずハンカチを片手に涙を拭き、希久は明人の反応にどんどん怒りが芽生え始めた。


 自分は一生懸命なのに、明人は楽しんでいるように話を聞いている為、希久はどんどん顔を赤くし瞳が鋭くなる。だが、それすら楽しいのか、明人は笑みを崩さず受け止めた。


「確かにこの世は代償が無ければ願いは叶えられない。でも、今の私達に言う言葉ではないと思います」

「なぜ? では、貴女達はお金が無いからと、スーパーから食料品をお会計を払わずに持ち帰るのですか? 払う物が無いからと言って、なにも払わず自身の欲しい物が手に入るとでも? そうなれば、この世は成り立ちませんよね?」

「そう、だけど……」

「では、話を戻します。私が貴女方に協力をする場合、私も貴女方から頂くものがあります」

「そ、れって……」

「簡単なものですよ。貴女達の一番大事な記憶の一部です」


 明人から放たれた言葉に、希久は言葉を失い、希子も顔を上げ目を見開いた。


「もう少し詳細に話すとしたら、希子さんの記憶の一部を、私が頂きます。と、いう事となります。お分かりになりましたか?」


 ニコニコと笑みを零し、明人は簡単に説明を終らせた。

 驚きすぎて何も言えない二人に、明人も何も言わない。


 その時、奥のドアがほんの少しカクリが顔を覗かせた。明人は肩越しに後ろを見てカクリと目線を合わせる。

 すぐにカクリが伝えたいことを察し、視線を彼女達に戻した。

 

「今回はここまでにしましょうか」

「え」

「まだ決めあぐねているように思います。今すぐ決めろと言う話ではありません。今回は覚悟を決める時間と考え、お帰りください」


 明人は立ち上がり、ドアを開け腰を折った。

 彼の行動に二人は顔を見合せ、動けない。


「また、私達を覚えていたら来てください。その時には、貴女の悩みを解決いたしましょう。大事な記憶を引き換えに――……」


 腰を戻した明人の顔は酷く歪み、二人を闇の世界へと引き込もうとしているような、異様な笑みが張り付けられていた。


 明人の雰囲気に悪寒が走り、早くここから逃げなければと頭に危険信号が走る。

 すぐさま鞄を持ち、明人達から逃げるように二人は小屋から駆け出した。


 二人の後ろ姿を見届け、明人はパタンと、ドアを閉めた。

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