第9話 迷いびと

「迷いびと……ってなんですか?」


「迷いびとっていうのはね、こことは違う世界から迷い込んできた人のことよ」


 えっ? でもここって。


「ここ、日本ですよね?」


 モクさんは——なんと、首を横に振った。


「いいえ。ここはミヨニク。日本は、この世界には存在していないの」


 ……モクさんが話してくれたのは、あまりに大きすぎて、信じられないお話だった。

 このミヨニクがある世界と、日本がある世界は、普段は交わることのない異世界なのだと。

 だけどごく稀に、二つの世界が繋がってしまう橋がかかっちゃうことがあるらしい。

 その橋——橋っていうのは例えで、本当に橋が現れるわけではないのだけど——のある場所は、普通は誰にも見つからないし、やがて消えてしまう。

 だから特に問題になることはなかったんだって。

 なのにどうして、このお家に来れたのかしら?、とモクさん。

 それは。ネネを追っかけてきたら……って正直に言うと、モクさんはそういうこと、って頷いた。


「サキちゃんは……残念だけど、魔法に適性があるのね」


「え、ほんとですか?! やったあ!」


「いいえ、とっても良くないことよ」


「……えっ? なんで?」


「サキちゃん。最近、不思議なことが起こらなかった? ここにいる時以外の時に」


 私の頭に、今朝の出来事がぱっと浮かんだ。


「はい! 朝、風で飛ばされていった袋がしゃべってました。それから……あ、見間違いかもしれないですけど、雲でできたイルカが空に——」


「くもいるかだわ、それ!」とイオ。


 はあ、とモクさんは頭を抱えた。

 え、私何かやっちゃったの? どうしよう。

 不安な私に、モクさんは告げる。


「サキちゃん。もうここに来てはいけないわ」


 ……。

 …………。

 ………………。


「「どうしてっ?」」


 私とイオの声が被った。

 いつもなら、二人で笑うところだけど。

 それどころじゃなくて。

 モクさんは、よく聞いて、と話し始める。


 迷いびとがミヨニクに訪れるだけなら、実はあまり問題じゃないの。

 だけど、迷いびとが魔法適性を持っていたら、それはとっても大変なこと。

 日本という異世界人、かつ魔法適性のある人が二つの世界を行き来していると、ミヨニクにしかない魔法の力がその人を通して、日本へ漏れてしまう。

 もしこのままにしておくと、日本が魔法によって侵食されて、ミヨニクに取り込まれてしまうのよ。


「——最後には、もともと日本に住んでいた人も消えて、ミヨニクという世界で上書きされてしまう。サキちゃん、あなたも、あなたのご両親も、大切な友達もみんな、初めからいなかったことにされてしまうの」


 時間をかけて、何回も。

 私とイオが理解できるまで、モクさんは教えてくれた。

 ここにいちゃ、いけないんだ。

 そのことを私は、分かりたくなかった。

 イオもそうだと思う。

 ……だって、もう二度と会えなくなるってことだもの。

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