第8話 ビニールとイルカとカカオニブ

 今日は、すごく不思議なことがあった。

 朝、学校に行く途中。足元をビニール袋が転がっていったのだけど。

 その袋が、もっと、もっと、って独り言を言っていたの!

 さすがに聞き間違いだと思ったけど、やっぱりそう聞こえる。

 私はぐるっとまわりを見て、誰もいないのを確認してから、こっそり話しかけてみた。


「なにが、もっとなの?」


 わかってる、頭おかしいのはわかってる。

 もし返事がなければ、まああったらやばいけど、私何してるんだろって思って終わったはずだ。

 それなのに。


「何がって? 風がだよ。俺はもっと先に行きたいんだ、もっと強く吹け!」


 ビニール袋が返事してきたんだよ!

 私はびっくりして、走って逃げた。

 放課後、イオに話してみよう。





 キンコンカンコン、チャイムが鳴った。

 はー、もう最悪。

 まさか宿題のプリント、忘れちゃうなんて!

 忘れ物なんてしたことなかったのになあ……。

 多分、イオに見せた時に落としたんだろう、なんて考える。

 リュックを掴んで、いつも話す子たちとバイバイして、校門を出た。

 ネネは……あ、いた。


「ネネ、一緒にいこ!」


「なーお」


 しっぽをひとふり。

 二人……いや、一人と一匹で歩いていく。

 ひろがる空は、雲が多かった。くじらみたいだ。


「あ、ネネ見て! あの雲、イルカみたいだよ!」


 ネネは興味ないよ、とばかりに首を振った。つまんないの。

 よく見たら、ほんとにイルカそっくりだ。しかも雲と雲の間を跳ねている。


 ……うん? 跳ねている?


 目をごしごし擦る。イルカの雲は消えていた。

 まあ……見間違いだよね。

 変な日だ。





 森に入って、イオのお家が見えてきた。

 あれ? いつもはない、ほうきがある。

 こんこん、ドアを叩くと、はーい、と声がした。

 ——イオの声じゃない。

 じりじり、と私は後ずさる。

 がちゃり、とドアが開いて。


「サキー!」


 イオが出てきてくれた。それから——。


「いらっしゃい、サキちゃん」


 ——知らない女の人も。


「サキ、あたしのママよ」


 なんだ、イオのお母さんか! はあーっ。


「こんにちは、佐々木さきです」


「あら、ご丁寧に。イオと仲良くしてくれてありがとう、私はモクよ」


 クッキーを焼いたから、食べていって、とモクさん。

 ほら行きましょ、とイオに言われて、私はドアを閉めた。





 モクさんとイオが作ってくれてたクッキーは——。


「!? おいしいっ!」


 びっくりするくらいおいしかった。

 さくさくで、かりかりする何かが入ってて、上にアーモンドが乗っかっていて。

 何が入ってるんですか、って聞いたら、カカオニブよ、って教えてくれた。

 初めて聞く名前。カカオ豆の仲間? って思ったら、カカオ豆を砕いたものなんだって。

 香ばしくて、これ好き。

 おいしい、って言ったら、二人とも喜んでくれた。

 はっ、と思い出して、これ忘れていったでしょ、とプリントを出すイオ。

 そうそう、ありがと! ってイオに言ったら、モクさんが変なことを聞いてきた。


「……サキちゃん、あなたは日本人かしら?」


 そりゃあそうだ。私は頷く。でもなんでそんな、当たり前のことを?

 やっぱり、とモクさん。

 イオは首を傾げてる。

 どういうこと?


「あのね、サキちゃん」


「はい……?」


「あなた、ね」

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