第10話 魔女にさよならを

「魔女っていう仕事はね、人助けなのよ」


 黙りこくってしまった私たちに、モクさんはそう話しかけた。


「魔法はその手段でしかない。困ってる人の話を聞いてあげたり、恋愛相談に乗ったり、そういうお仕事なのよ。──だからイオ、サキちゃんを助けてあげなさい」


「……ママ、それってどういう……?」


「魔女見習いとして、そろそろお仕事も経験する頃よ。サキちゃんの悩みに寄り添って、彼女の支えになるような答えを示しなさい。これは修行の一環、しっかりね」


 悩み……? 考えたくもない。

 一番の悩みは、今この状況だよ。お別れは嫌だ。

 また、私から大事な人を奪うの? ひどいよ。

 たとえイオだって、解決なんかできっこないよ。


 でも。そんな私に、イオはよっし! と手を叩く。

 水晶玉をどん、と置いて、言った。


「サキ、あたしは魔女になるの。魔女イオの最初のお客さんが、サキになるのよ。さあ、悩みをどうぞ」


「……イオは、私と会えなくなっても寂しくないの……?」


「ばか。寂しいに決まってるでしょ。でも仕方ないの。このままじゃサキは消えちゃうし、誰も幸せにならないわ。お別れするなら、最後にいっぱい、助けてあげたいのよ!」


 イオ……。

 私は泣きそうだった。そうか、イオは覚悟を決めてるんだ。

 私は、強くなりたいんだった。

 目元を拭って、椅子に座り直す。

 悩みかあ。

 じゃあ、これしかない。最後だもの、全部言っちゃえ。

 私は、話した。

 引っ越す前のこと、後のこと。

 幼なじみの樹のこと。彼にたくさん、支えてもらったこと。

 だけど遠く、離れ離れになっちゃって、もう会えないかもってなって。

 学校にもうまくなじめなくて、でもそんな時にイオと出会ったこと。

 イオがいてくれるから、毎日が楽しくなってきて。

 学校も辛くなくなってきて。

 それなのに、イオともお別れすることになっちゃったこと。

 目が、すっごく熱かった。ほっぺたがくすぐったかった。

 イオはそんな私の手を握りながら、うん、うんって聞いてくれて。

 ようやく話終わった私に、こう言った。


「——サキ。あなた、ひとつ勘違いしているわ」


「……勘違い?」どういうこと。


「あなたの大切な幼なじみとは、何ももう会えないわけじゃないでしょ」


 びしり、と指を伸ばすイオ。

 だけど、すごく遠くだもん。会えないのと変わりないもん。

 それに私も樹も、スマホ持ってないし……これは言わなかったけど。


「じゃあ、手紙は? 書けるでしょう」


 手紙。私ははっとする。

 樹との、小さい頃の思い出。誕生日に、わざわざ書いて交換してた。

 話せばすぐに終わるようなことも、頑張って書いていたっけ。


 そっか。

 私が勝手に、落ち込んでいただけだったってことなのか。


 ことん、とカップが置かれる。

 モクさんが、気付いたようね、と微笑んでいた。


「だからそこまで落ち込むことはなかったのよ。まだサキは頼る人が必要で、それは子どもだから仕方ないわ。だから、その樹って男の子に頼ればいいの。サキが自信を持てるまで、ね?」


 イオはそう言って、水晶玉を片付ける。

 占うまでもなかったわ。あたし、実は占い苦手なのよね。

 そのぼやきが、私にはちょっぴり面白くて。

 思わず笑みがこぼれちゃった。


「ほら、もう帰る時間よ!」


 イオに引っ張られて、ドアの前へ。

 モクさんも来てくれた。


「ねえ。……もう、本当に会えないの」


「ええ。でもこういうことも人生にはあるのよ。ひと足さきに、大人の経験したってことにしましょ!」


 えへへ、と笑う大好きな魔女。心なしか、目がきらきらしてる。


「今日までのことは、二人の秘密よ。もう会えなくても、サキ、あなたのことは絶対に忘れないわ」


「私も。私も……! イオのこと、ずっっっと覚えてるから!」


 ぎゅう、とイオを抱きしめる。イオの身体はぽかぽかして、じんわり、不安を溶かしてくれるみたいで。

 名残惜しいけど、繋いでいた手が離れていって。

 帰らなくちゃ。

 目の前が涙でゆらゆらしながらも、ずーっと、私は手を振り続けた。

 だんだん、イオとモクさんが小さくなっていく。

 赤い屋根が見えなくなって、ふと前を向いたら。

 ごめんねと言おうと思ったネネもいない。

 あわてて振り返ると——。


 通ってきた道もなくなっていて。


 色褪せた鳥居の下に、私は立っていた。

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