第2話 くろねこ

 スピーカーからじーって小さい音がした。

 シャーペンをノックして、筆箱のチャックを開けたのと同時にチャイムが鳴る。

 がやがや、みんなが一斉に動き出す。今日の授業はこれでおしまい。

 班の子たちと掃除に行く。同じ班の宮田さんと大野さんは、いい人だ。

 なにかあるたびに、話しかけてくれる。最初はひとりぼっちだった私も、それなりにお話ができるようにはなった。

 でも、気を遣ってもらってるの、ほんとに悪いなって思っちゃって。

 私はいまだに、「いつも笑顔の佐々木さき」って仮面をかぶって話している。

 樹に頼りすぎてた自分を、すっごく恨む。





 宮田さんと大野さんは、校門を出たら左に曲がる。

 私の家は、右方向。今のところ、帰り道は一人だ。

 みかん色の雲と灰色のアスファルト。伸びる影は一つ。

 見慣れたもう一つの影を無意識に探す私。この通学路は、残酷なことにほたる市にそっくり。

 樹も今ごろ、帰り道かな。私のこと、忘れてないかな?


 ——なーお。


 ……後ろから声がして、私は顔をあげる。

 振り返ったら、塀の上にべたっと伸びて、くろねこがこっちを見てた。

 初めて見る子。近づいたら、すくって立った。かわいい。


「おいでー」


「なーお」


 ぽすっ、と地面に降りるねこ。手を伸ばしたら、走っていった。

 あーあ……あれっ。

 立ち止まって、こっちを振り返ってる。

 また、なーおって鳴いた。近づいたら、また走っていく。

 そして振り返って、なーお。


「ついてきてって、こと?」


 私はふたたび、近づいた。ねこは逃げなかった。

 足元から、私を見上げる。

 撫でようとして、


「えっ……」


 私は気づいた。

 ──この子、背中に羽がある!?

 うそでしょ。触ろうとしたら、するりとをかいくぐって、逃げられた。

 まって、もっとよく見せて!

 ねこは走る。塀の上、歩道の上、私の家の前を通りすぎてもまだ走る。

 私も走る。ねこを追いかけて、うろ覚えの道のその先へ。

 もう、どこまでいくの?

 疲れてきて、そう思い始めたとき、ようやくねこは足を止めた。

 森──里山っていうのかな、その入り口で。

 私を見る。ついてこい、とばかりにしっぽを一振りして、ゆっくり森の中に歩いていく。

 ……しかたないなあ。

 私も後を追いかけた。

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