5.5話 不器用な親子
オッケーだった? うん、ありがとうなー」
桜木彩ちゃんと同じクラスの後輩が、彩ちゃん本人に放課後の教室に残ってくれるよう頼んでくれたらしく、了承が取れたことを俺に報告してきた。
今日は気温と湿度の両方が高いせいで、校舎の陰とはいえ幸人と話した後にもう1人と電話すると、蒸し暑くて汗が出てくる。
「また今度会ったらお礼するわ~。あーい、じゃあなー」
とりあえず彩ちゃんと話ができるみたいでよかった。こんなところで
「さてと、どうなることやら」
ただ、1つ懸念すべき点は、彩ちゃんが今回の件に何も関係が無かったら、俺たちは頭を抱えるということだ。
(美奈ちゃんが死んでから時間が経っていたからか、記憶が曖昧だったらしいし)
幸人が言うには、美奈ちゃんの記憶は曖昧で、どうやって自分が死んだか分からないらしく、かろうじて覚えていたのは自分の僅かな情報だったみたいだ。
(その唯一覚えてた自分の情報すら間違ってるんだから、どうすりゃいいってんだ……)
この学校に美奈ちゃんがいないって分かった時は、軽~く絶望した。1つしかなかった糸口がプツンと切れるあの感覚はもう味わいたくないもんだ。
「まあ、とりあえず教室に帰るか」
「翔」
教室に戻ろうとしたその時、背後から聞き覚えのある低い声に名前を呼ばれた。思わず背筋が伸びるこの声の主は、
「っ! ……親父」
振り返ってみると、そこには濃紺色のスーツに身を包んだ親父がいた。相変わらず眼鏡の奥の目つきは鋭い。
「なんだよ急に」
「聞いたぞ、また変なことをしているらしいな?」
「ただの人探しだ。何が悪い」
どうやら俺が美奈ちゃんを探していることが人伝で悪い噂になり、そのまま親父の耳に伝わったらしい。
(流石に全学年の全クラスに呼びかけたのは、目立ちすぎたか……)
俺が面倒ごとを起こすと、この学校の理事長である親父の面子は立たなくなる。だからこそ親父は、わざわざ学校で会うのを避けていた俺に会いに来たんだろう。実際、親父と校内で話すのは高校3年間で初めてだ。
「ならいいが、私と唯に迷惑だけはかけてくれるなよ?」
唯は俺の妹で、まだ15歳だが、この前なんか国から表彰されていた。いまいちその賞の凄さは分からないけど、それを未成年どころか、義務教育すら終わっていない人間が貰うことなんて唯が史上初めてらしい。
(何を研究しているかは俺もよく知らんけど)
全国に誇る学校の理事長、前人未到の快挙を達成した研究員、その家族である俺が問題を起こすとどうなるか、想像もしたくない。
「……迷惑ね」
「唯の功績を汚したくないのはお前だって同じだろう?」
だからこそ親父が神経質になるのも理解はできるし、この人がよく誤解されやすい不器用な人だっていうのは俺もよく知っているけど、それにしたってもう少し言い方っていうのを考えられないのかこの人は……
俺だって家族には迷惑をかけたくはない。だけど、今の親父の言い方だと、俺が迷惑をかける事が前提とされているようで何だか気に食わない。
「……そうだな。善処するよ」
だからといって学校で親子喧嘩を始めても仕方ないと思った俺は、渋々と首を縦に振った。
「……そういえば、最近は家族での時間があまりなかったな。明日の夜は私も予定が空いているし、3人で外食でも行かないか?」
親父も流石にこの場の空気が悪くなったことに感づいたんだろう、埋め合わせのつもりなのか、家族で出かけることを提案してきた。
俺と唯と親父の3人が揃うことすら珍しいからか、家族で出かけることなんて、唯の誕生日を祝う時以外無い。
本当は母さんにも来て欲しいけど、元々病弱な母さんは、俺が中学生の時から肺を悪くしていて、長い入院生活をしている。家族4人が揃うことになるのはまだ先のことだろう。
「…………唯には俺から言っておく」
「頼んだ」
流石にこの提案を無下にするほど俺も幼稚じゃない。さっきとは違って素直に小さくうなずいた俺はそのまま連絡先から唯の名前を探す。
(美奈ちゃん探しと合わせて多少疲れは溜まるだろうけど、それも仕方ないか……)
幸人や神様に比べると俺の労力なんて大したことでもないし、これしきのことでグチグチ言っていても仕方がない。唯の連絡先を見つけた俺がそのまま電話を掛けようとした時、授業開始5分前を知らせる予鈴のチャイムが鳴った。
「ん? もうそんな時間か、お前もそろそろ教室に戻るんだぞ?」
「唯に電話したらすぐ戻る」
「そうしなさい。唯に確認が取れたら、また連絡してきてくれ」
「はいはい」
「私は先に戻っておくよ」
そのチャイムを聞いた親父は仕事が残っているのか、理事長室に向かうために俺に背を向けた。
「……親父!」
そんな親父の背中を見て、急にあることが気になった俺は思わず親父を呼び止めてしまった。
「ん? どうかしたのか?」
「何で俺がここにいるって分かったんだ?」
この3年生の校舎に来てからは、俺が1人になりたくなった時は必ず校舎裏に来るが、それを誰かに言ったことはない。なのにどうして校内では初めて会う親父が俺を見つけられたのかが分からない。
「なんだそんなことか」
顔をこちらに向けた親父は俺の周りを見渡すと、少し嬉しそうにこう言った。
「簡単なことだよ、私も学生の頃は1人になりたくなったらよくここに来ていたからね」
「……腐っても親子だな」
さっき辺りを見渡していた親父の目には、俺には見えていない懐かしい景色でも見えていたんだろう。
「まだまだ私は若いつもりなんだがね」
「そういう意味じゃねーよ」
親父はよっぽど機嫌がよかったのか、普段は言わないようなくだらないジョークをニヤッとしながら言ってくきた。ただ、目元が鋭いせいで、知らない人が今の親父を見たら不審者としか思えないのが残念だけど。
「ふふっ、明日を楽しみにしておくよ」
「へいへい」
そう言って今度こそ理事長室に戻る親父の背中を見送った後、俺は唯に電話をかけた。
「……もしもし」
「もしもーし! お兄様から連絡してくるなんて珍しいですね〜」
コール音が鳴った後、電話の向こうから唯の元気な声が聞こえてきた。相変わらず元気そうで何よりだ。
「まあ、すぐ終わる要件だ」
「要件?」
「その……明日の夜って空いてるか?」
「明日ですか? 空いてますけど……お兄様がそんなこと聞いてくるなんて、どうかしたんですかー?」
俺の唐突な質問に戸惑ったのか、唯の声がいつもより少し高くなっている。
「あー、そのー……親父が3人で外食でもしないかって言ってて」
そんな唯と同じように、俺の声も少し裏返った。実の妹に家族で食事に行こうと誘うだけで、こんなにも緊張するものなのか……暑さ以外の理由で汗が出てくる。
「っ……」
「どうした?」
「い、いえ……お父様がそんなこと言い出すのも珍しいですけど、お兄様が素直にお父様の誘いに乗るなんて、明日は雪でも降るのかと思って」
「そこはせめて雨くらいにしてくれよ」
唯がそう思うのも無理はない。実際、俺が親父の誘いに応じたのは、俺が高校に入学した時の祝い以来で、大体2年半ぶりだ。
「なんて言うか……たまたま気分が乗ったんだよ」
「ふふっ、お兄様もお父様も素直じゃないですね」
「素直じゃない? 何がだ?」
「いえいえなんでもありませんよ〜」
電話越しでも今ニヤニヤしているのが分かるくらい唯は嬉しそうだ。それがどうしてかは分からないが。
「それでは明日を楽しみにしていますね♪」
「お、おい! ……切りやがった」
一方的に唯に電話を切られた俺はその場に呆然と立ち尽くした。
「あいつやけに機嫌よかったな……」
改めて、美奈ちゃん探しと家族で食事に行くのが、明日に待っていると思うと……
「こりゃあ、疲れるな」
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