5話① 雨雲の膝枕
9月8日
「起立、礼」
「あーい、おはようさん」
委員長の機械的な号令に合わせて軽く頭を下げている生徒ら、それを適当な挨拶で返す担任の先生。始業式から1週間が経ち、学園生活のサイクルが元に戻ったことが分かる。
席に座る時に窓の外をチラッと見ると、分厚くて黒い雲が校舎を包んでいた。
(天気予報では降らないって言ってたんだけどな)
季節の変わり目だし、天気予報もたまには嘘をつくだろう。傘は持って来てないが、この学校は貸し出しをしていたはずなので一安心だ。
「朝礼なんだけど、今日は特にこれといって言うことは無いからな〜。よし、終わり~」
「ふわぁ~……」
手入れするのが面倒くさいのか、あごに無精ひげを生やして、よれよれのネクタイをしている先生が雑に朝礼を終わらせると、俺は両手を天井に伸ばして大きなあくびをした。
「おにぃ……寝不足……?」
「ちょっと寝不足かなー、考え事してたら眠れなくて……」
「クロさんに精気吸われたんだよね……? よく寝ないと……」
そんな俺を見て、隣の席に座っている遥が心配する声をかけてきた。遥と俺はとある事情から、同じクラスで、それに加えてずっと席が隣なのだ。
「授業中に隙を見て寝ておくよ。今日の昼には翔さんから桜木さんについての連絡があるだろうから、放課後にはちゃんと動けるようにしとかないと」
結局昨日は翔さんが連絡先を知っている2年生の中に、桜木さんを知っている人は見つからなかった。だから、翔さんが今日、2年生の全クラスの名簿を調べてくれているのだ。
昼前には桜木さんは見つかるって翔さんは言っていた。だから、今日の放課後にも俺は2年生のいる校舎に向かわないといけない。この校舎が1年生の校舎からは中々遠いので、骨が折れるのだ。
「おにぃ……元気じゃない……?」
「ん? まあ、元気かどうかって聞かれると、精気吸われたし、寝不足だし、はっきり言ってめちゃくちゃしんどい……」
「そっか……」
だけど、遥にも感づかれた通り、俺の疲労はピークに達していた。許されるなら、ふかふかの布団を床に引いて、環境音でもBGMにしながら、爆睡したいところだ。
まあ、そんなことを今やろうものなら、卒業するまで変なあだ名で呼ばれることが確定するので、絶対にしないけど。
「それがどうかしたか?」
「ううん……無理はしないで……ね?」
「分かってる。今は季節の変わり目だし、遥も体調悪くなったらすぐ言うんだぞ?」
「うん……」
そう言って頷いた遥がなんだか思い詰めているように見えたのは、俺の気のせいだろうか……?
ーーーーーー
「はい、じゃあ今日はこれで終わります。最後にやったところは試験に出ると思うので、皆さん改めて復習をしておいてください」
4限目の終わりを知らせるチャイムが鳴る中、うちの担任とは正反対に、きっちりとスーツを着こなして、髭も綺麗に手入れしている真面目そうな世界史の先生が、授業を締める。
(この授業聞くの2回目だから、復習どころじゃないんだけどなー。まあ聞いてなかったんだけど……)
時間を戻す前に1度同じ授業を受けているので、俺は朝から今の今まで、前の席に座っている人の背中の影に隠れて、適度に睡眠をとっていた。
「起立、礼」
そしてまた委員長の機械的な号令がかかる。
昼休みに入ったから、食堂に向かう生徒や、グループで固まって手を洗いに行く生徒たちなど、教室から出て行く生徒がちらほらと見えてきた。
(俺たちも行くか)
俺も遥を連れて手を洗いに行こうと席を立った時だった。
「おわっ! ……遥?」
「……」
急に重力に引っ張られるように俺の腕が引っ張られたかと思うと、その反動でまた席に座ってしまった。
引っ張られた方を見ると、遥が少し大きめの制服のシャツの袖から白く小さな手を伸ばして、俺の制服の裾をキュッと掴んでいる。俺を静止させた当の本人は、俺と目も合わさずに
「何かあった?」
「ううん……あのね」
俺の問いかけに対して首を横に振った遥が言いにくそうに口にしたのは、
「その……屋上行こ……?」
「お、屋上?」
あまりにも突拍子のないことだった。
「理由は聞いてもいい?」
「……いいから行こ」
遥は理由を聞く俺の袖を強引に引っ張って、屋上へと連れて行こうとする。こんな遥は、珍しい。それほどまでに遥を動かせる何かがあるんだろう。
(有無は言わせないか……)
「分かったよ、行こっか」
遥なりに何か考えがあるんだろう。これ以上聞いても無駄だと悟った俺は弁当箱を持って、素直に遥についていく事にした。
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