4話② ハッピーエンドに向けて

俺の目をまっすぐと見て、俺の心の内を見透かすような翔さんの唐突な質問に、俺は動揺した。今までそんな素振りは見せないように気を付けていたはずなのに、どうして翔さんは感づいたのか分からない。


「長い付き合いだからなー、なんとなく分かるんだよ」


「いやいや何言ってるんですか。助けたいって思っているからこうして……」


 この時、俺の頭は混乱しつつも、なんとかこの状況を誤魔化そうと精一杯回転していた。だが、そんなことは、この2人には通じないのだろう。


「おにぃ……さっきからなんだか……無理……してる?」


「む、無理なんて」


 遥にも俺の心を見透かされたように核心をつかれた。咄嗟に否定しようとしたが、その時、翔さんがさっきより低いトーンで俺にこう言った。


「妹に嘘なんかつくなよ」


「っ!」


 その言葉に気づかされた。

 実の妹と1番尊敬する人に嘘をつくなんて、絶対にしてはいけないことだ。


「…………本当はやりたくないんですよ」


「どうして嘘なんかつこうとした?」


「翔さんに協力してくださいって頼っておきながら、こんなことを言うのは本当に失礼だとは分かっているんですけど」


 俺はあらかじめそう前置きして、心の内を遥と翔さんに話し始めた。


「何度も時間を戻して、最悪殺人犯を相手にしないといけないっていうのに……そこまでしてようやく得れるかもしれないのがたった1人の信仰って……割りに合わないってものじゃないですよ」


 利己的だと言われても仕方ないだろう。ただ、それほどまでに、追い込まれている状況だということも2人には知っていてほしかった。


(それなのに協力してくれって……矛盾もいいところだな)


 本当に2人には、失礼かつ申し訳ないことをしてしまっている。


「おにぃ……」


「お前の言ってることは理解はできるけど、納得はできないな」


 一般的に考えて2人の反応は正しい。俺が今言ったのは、遠回しに、美奈さんを見殺しにしても構わないという内容だからだ。


「僕だってクロの今の状態がまともだったら、なんの気兼ねも無く桜木さんを助けますよ!」 


「っ!」


「あっ……ごめん」


 俺が声を荒げると膝の上に座っていた遥はビクッと体を跳ねさせた。遥は位置的に俺の声が耳元で聞こえるのに大声を出してしまったことを俺は反省した。


「もうあいつには……力が残ってないんです」


 遥を驚かせない良いな、少し声色を落ち着かせて俺は話を続けた。


「ていうと?」


「あいつが2週間戻すのにどれくらい精気が必要か知ってますか?」


「どれくらいって言われても、お前から吸ってるんじゃないか?」


「俺から吸い上げる精気で、力を使うための精気を全てを賄うんだったら、俺は今頃とっくに死んでます」


「お前の精気じゃ足りないんだったら、神様はどうやって時間を戻してるんだ?」


「貯金を切り崩すようなものですよ。あいつが大勢から信仰されていた時に蓄えた精気を少しずつ使っているんです。俺の精気なんてちょっとした足しにしかなりません」


 俺の事情というよりかはクロの事情だが、つまりはそういうことだ。余裕が無いというのに人助けなんてしてる場合では無い。


「お金がない人間が、自分のキャパ以上の寄付をするようなものですよ、今の状況は」


「そして、その貯金が無くなってきているのか」


「そうです。実際、クロは今の幼女の姿にしかなれません。俺と出会った時はもっと大人の姿にもなれたんです」


 神という存在は、体を大きくすればするほどそれを保つために精気を使うらしい。そのためクロは今、低燃費な幼女の姿をしている。


「貯金が無くなったらどうなる?」


「仮に神から精気が無くなれば……存在は消滅します」


 そんなことは考える事すら怖い。


「なのにあいつはこんな割りに合わないことを……!」


 俺がこんな風に思っていることを、心が読めるクロは分かっているからタチが悪い。さらに、あんな風に無邪気さすら感じるとびっきりの笑顔を見せられて頼まれると、俺が断ることができないと知っているから余計にタチが悪い。


「俺はあいつと遥のために生きてるんです! クロが危ない目に遭うくらいならあの子が死んだ方が!」


「それ以上言うな!!」


「はっ……はっ……」


 翔さんに怒鳴られると、とんでもないことを言ってしまったと自覚した俺は息が詰まり過呼吸状態になった。

 そして声をさっきよりも荒々しく上げた事に気づいた俺が遥を見ると、遥は今にも泣きそうな顔をしていた。


「ぁ……ぅあ……」


「遥、大丈夫だ! 大丈夫だから……」


「やだぁ……嫌だよぉ……」


「ごめん……! 本当にごめん……! もうこんなこと言わないし考えないから!」


 目に涙を溜めながら体を震わせる遥を見ていられなくなった俺は、遥を後ろから抱え寄せて安心させるように声をかけた。


「もう言わない……?」


「言わない」


「思ったりも……しない?」


「思わない。だから安心して」


「うん……」


 仕事終わりの疲れもあったのだろう、安心して力が抜けたのか、遥はそのまま俺の腕の中で眠ってしまった。


「すみません翔さん……感情的になりました」


「今落ち着いて話ができるならそれでいい」


 俺たち兄妹の会話を黙って聞いていた翔さんは、遥が眠るのを確認した後、俺を諭すように話した。


「お前が神様に気を使うのは分かる。従者としてそれは正しい。ただ、そのために人が死んでもいいって遥ちゃんの前で言うのは……兄として間違っている」


「……はい」


 翔さんのごもっともな言葉に、俺は深々と頷くことしかできない。


「もう時間は戻したんだから、俺らにできることは今回の1発で解決して神様の負担を減らすことだ。神様の負担を減らして、美奈ちゃんも助ける。そんな都合のいいハッピーエンドでいいんじゃねえか?」


「そんなこと……」


 俺だってそうすることができるならそうしたい。今までだってそれを望んできたが、1度きりのチャンスで依頼を解決したことなんて前例が無いのだ。


「今までそんなこと出来たことないですよ……」


「んー、じゃあ今回で初めてだな」


 そう言って、翔さんは笑顔を見せた。屈託のない眩しい笑顔だ。


「ははっ、本当に口が上手いんですから……できますかね?」


「その為に俺がいるんだろ?」


「翔さん…………分かりました。やるだけやってみます」


 ここまでこの人に言わせたんだ、いつまでも足踏みしてる場合じゃない。翔さんが言っていたハッピーエンドに向けて前進しなければいけない。


「よーし、じゃあ改めて作戦を考え……うっぷ! さっきのパフェがちょっと戻ってきた……」


「締まりませんね……」


(俺このゲップ出した口から出た言葉で心動いたのか……)


 決める時くらい最後までキチンとしてほしいものだ。

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