4話① ハッピーエンドに向けて

「うぷっ……イガオモタイ」


 結局普通サイズのパフェを俺と遥で作って翔さんに振る舞ったのだが、翔さんは3口ほど食べたところでスプーンを置いて、胃もたれのあまりカタコトになっていた。


「当たり前ですよ、さっきの合わせたら軽く2キロはパフェ食べてるんですから。だから何か軽いものでも作りましょうかって聞いたのに、美味しかったからもう1回パフェって言ったのは、翔さんですよ?」


「いや〜……口つけるまでは案外いけるかなって思ったんだけどな」


「計画性無さすぎるでしょ」


「耳と腹が痛い……」


 そう言っている間にもパフェのアイスはどんどん溶けてきている。これじゃあ食べる時に余計に気持ち悪くなって、完食は難しくなってしまう。


「翔さん……お水……いりますか……?」


「うっ……ありがとう遥ちゃん……んぐっ、っ、っ……ぷはぁ! ふー……」


 遥から受け取った水を飲み干した翔さんは、覚悟を決めたような、真っ直ぐな目でパフェを見ている。いや違うな、どちらかと言うと……悟りを開きかけている目をしている。


「いやもう限界じゃないですか、無理しない方がいいと思いますよ?」


「遥ちゃんが作ってくれたんだぞ? 残すなんて死んでもできねえ!」


「その前に死にますよ?」


「本望だ!」


「そもそも、そのパフェ作ったのほとんど僕なんですけど?」


「よし幸人、残ってるやつ食ってくれ」


「食わねえよ!? よくそんなドロッドロに溶けてきてるパフェ人に食べさせようと思ったな!」


 そんな覚悟も、遥が関係していなかったら、どうやら必要ないらしい。切り替えが恐ろしいほど早い。


「お前って相変わらず、ツッコミの時だけキレッキレだよな〜」


「なんですかそれ……」


「やっぱ関西人としての血が騒ぐとかか?」


「翔さんも関西人じゃないですか」


「俺はどっちかと言うとボケ担当だからなー」


「そのボケのせいで僕が何度社会的に死にそうになったか……」


「お前自体が生きる屍みたいなもんだし、問題ないだろ」


「ひでえ!」


 俺と遥は双子なはずなのにこの扱いの差はひどいものだ……。結局のところかわいいが正義ってことだろう。


「……あ、あの」


「ん? 遥ちゃんどうしたの?」


「……パフェ」


「パフェ? あっ……」


 遥に促されてパフェを見ると、時間が経ったせいかパフェに乗っていたアイスは原形が完全に無くなっていて、液体になったアイスが下の果物やスポンジケーキを白く染めている。


「あーあ、アイスがもはや液体状になってるじゃないですか。こんなのうちのロリババアが見たら激おこ案件ですよ?」


 食べ物を粗末にすると、クロは豊作の神でもないのにめちゃくちゃ怒る。食べ物を床に落としたりすると、あの小さい手で握り拳を作って頭を小突いてくるのだ。


「ん〜、まあ流石にこんな大惨事にしておきながら、食べなかったら遥ちゃんとお前に失礼だしな」


 流石にふざけすぎたと思ったのか、翔さんは「よしっ」と一息置いてからスプーンをグッと握って、ドロドロになってしまったパフェを口の中に掻き込みだした。


「んっぐ……あむ……」


「翔さん、本当に無理しない方がいいんじゃあ……」


「大丈……夫……っ」


 食感が気持ち悪いのだろうか、翔さんの顔は苦痛に歪んでいる。だが、それでも食べ切らないといけないという使命感があるんだろう、スプーンを動かす翔さんの手はスピードを緩めない。その証拠にパフェはみるみるうちに減っていく。


(パフェってこんな拷問みたいに苦しく食べるものだっけ?)


「はぐっ…………っぷはぁ! ごちそうさまぁ!」


 翔さんは最後の1口を食べ終えるとよっぽど完食が苦しかったのか、真っ白に燃え尽きた。


「ちょっとの間はスイーツっていうか甘いものはパスだわ……」


「自業……自得……?」


「なあ幸人……遥ちゃんに正論言われるとマジで辛いんだけど」


「知らないですよ、ていうかそもそもこうやって遊んでる場合じゃないですって……誰かから返信ってありましたか?」


「えーっとな……あ、来てるわ」


 翔さんがスマホを確認すると、既にメッセージが来ていたらしく、俺と遥にスマホのトーク画面を見せてくれた。


《急にごめんねー! 2年生にいる桜木美奈ちゃんっていう女の子って知ってる~? 特徴は黒髪のロングの超美人さん!》


 翔さんのこの質問に対して、このトークの相手である2年生の返信はこうだった。


《お疲れ様です、神楽坂先輩。すみません、僕はちょっと聞いたこと無い名前です。よかったら同じクラスの奴らに聞いてみましょうか?》


「……だ、そうだ」


 俺が見た時は幽霊だと言うのに存在感があったが、学校ではあまり目立たないタイプなのだろうかトーク相手の2年生は知らないみたいだった。


「あれだけ美人だったら1回見たら印象には残ると思うんですけ痛い痛いっ!」


「……っ〜」


 なぜか急に遥が、その小さな体のどこにそんな力があるのかと思うほど、尋常じゃない力で俺の手の甲を無言でつねってくる。


「あのー、遥さん……? 無言で手の甲をつねるのやめてもらえませんか……?」


「……おにぃが悪いもん」


「えぇ!?」


 全く心当たりの無い罪を実の妹から被せられるとは思わないんだ。まさかのおにぃが悪い発言に俺は驚きの声を上げた。


「……翔さんどう思いますか?」


「まあ、遥ちゃんが言ってんだからお前が悪いわ」


「なんで!?」


「世界は遥ちゃん中心に回ってんだよ」


「聞く相手間違えた……」


 翔さんに確認を取るとなんだか怖いことを言い出したが、長くなりそうだから、これ以上深く掘り下げるのは辞めておこう。


(本当に翔さんは遥に甘すぎるんだよな……)


「なんて冗談はさておき、とりあえず他の奴らにも聞いといてもらうわ」


「ありがとうございます」


 やっぱりなんやかんや言って翔さんは頼りになるなと思っていた時だった。


「それよりも、さっきからちょっと気になってんのが……」


「なんですか?」


 さっきまでの人のいい笑顔とは打って変わって、神妙な顔をした翔さんは、俺に1つの問いかけをストレートにぶつけてきた。


「お前……本当に美奈ちゃんを助けたいって思ってるのか?」


「……え?」

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