3話 好きなものこそ腹八分目

「すみません遅れました! って……何があった?」


 瑠璃のバッグドロップをまともにくらったせいで、俺は約束の時間の10分前に店前に着いていたはずなのに、店の中に入った時には約束の時間を5分過ぎていた。


「わ、私は……止めたんだけど……」


「ひー! ふー……ひー! ふー…… ひー! ふー……」


 そんな俺が店の暖簾をくぐった時に視界に入ってきたのは、床に転がり腹を押さえながら悶絶する翔さんと、その横であたふたする遥の姿だった。


「私が作った……パフェ食べたらこうなっちゃ……って」


「え? パフェ? ……パフェ!?」


 理由を遥に聞くと、あまりに予想していなかった解答だったので、俺は思わず二度見ならぬ二度聞きをしてしまった。


「その……作りすぎちゃって」


「てへぺろってやってる場合じゃないから、翔さんがもうすぐ出産する勢いになってるから」


 遥は俺の質問に答えながら、耳元の髪を触り、舌の先を少しだけ出した。うん、かわいい。


「翔さん大丈夫ですか?」


「ふぅ……美味しかったよ遥ちゃん」


 とりあえず翔さんに話を聞かないと始まらないので、床に転がっている翔さんを心配すると、当の本人は何事もなかったかのように椅子に座っていた。


「いやいや、なんで回復してるんですか」


「尊いものを見たら人はカロリーを消化するだろ?」


「全人類にその機能付いているのが当たり前みたいに言わないでください」


 学校の成績はそこそこ良いはずなのに、翔さんは遥のことになるとIQが3くらいになることが多々ある。なんなら、IQ3あれば良い方だと思うぐらい思考停止することもある。完璧に見える翔さんでも、好きな女の子の前では一端いっぱしの男子高校生になるんだろう。


「遥ちゃんは全人類が見ても尊いだろ」


「それには激しく同意します」


「……っ!」


 ただ、遥のことになると俺もよくIQ3になる。シスコン上等、こんなにかわいい妹がいてシスコンにならないことなんてない。そんな俺と翔さんの思わぬ流れ弾に照れたのか、遥は顔を赤らめて少し下を向いた。


「というわけで遥ちゃん、パフェのおかわり貰える?」


「……お、おかわりです……か!?」


「死にますよ!?」


「本望だ!」


 その遥の姿に【尊さ】を感じたのか、翔さんが暴走しだした。


「じゃあもう好きにしてくれ!」


 そんな翔さんにツッコミ切れなくなった俺は深く息を吐いた。これが思考停止した翔さんだ。


「……馬鹿なこと言ってないで早く話し合いしましょうよ」


 俺も翔さんのこと言えないくらいには調子に乗ったが、流石にこの調子だと本題に入る気配すらないので、俺は翔さんをなだめる。


「なんだよ〜、お前から助けてくれって言ってきたのにさ〜、その態度はないだろ〜」


「助けてやると言われたのに、その態度されてるからこの態度なんですよ」


「ぐうの音もでない正論言うなよ」


「じゃあ、早くやりましょうよ。時間がもったいないです」


「はぁ……わーったよ」


 流石にふざけすぎたと思ったのか、翔さんは頭を掻きながら俺を自分の席の前に座らせた。


「本当にお前は、かわいげがあるのか無いのか分かんないやつだな」


「なんですかそれ」


「さーてと、じゃあ聞こうか。今回の要件を」


「無視ですか……えーっと、どこから話せばいいのやら……」


ーーーーーー




「はー、幽霊ね〜」


 とりあえずさっきあった出来事を俺はありのまま話した。うちの学校の女子が幽霊になって、クロの神社に助けを求めにきた、と。


「……怖い話?」


「いや、あんなにハッキリ見えると怖いも何もなかったかな」


 すると、俺の横に座った遥は幽霊と聞いて少し嫌な顔をしている。心霊系の話が苦手な遥にとっては怪談を聞かされているようなものだったのだろうか?


「そもそも本当に幽霊かどうかも怪しいとかなかったか?」


「疑いはしたんですけどねー」


 遥にも言った通り、桜木さんほどしっかり幽霊が見えることはあまりないのだ。それこそ貞◯さんとか伽椰◯さんレベルの力があれば話は別だが、そんな幽霊の力というのはその幽霊の【思い】の強さに比例する。それは怨念や心残り、恋心など人それぞれで、今回の桜木さんの思いはもっと生きていたいというものだ。

 ただ、そんなこと大体の死んだ人間が思うが、3日もしないうちに現世に居られなくなり消えていくのが普通なのだ。なぜ桜木さんがあんなにはっきりと幽体を維持できているのか、俺にはさっぱり分からない。


「幽霊の正体見たり薔薇の花とかって言うしな」


「……枯れ尾花……です」


「あ、そうだったそうだった」


 翔さんの間違いを遥がさりげなく訂正する。


「翔さんのてへぺろは価値ないですよ?」


「ひでえな」


 さっきの遥の真似をしているつもりなのか、翔さんはペロッと舌を出していた。


「まあ桜木さんが幽霊なのは間違いなかったですよ、触った時に感触が無かったんで」


 そんな翔さんの疑惑を晴らすために言った俺のさりげないこの一言が爆弾だった。


「へー……え? 触ったのか?」


「……? 触りましたよ?」


 一瞬スルーしかけた翔さんだったが、少し間をおいて会話の空気が変わった。


「おにぃ……えっち」


 どうやら俺が幽霊である桜木さんにセクハラを働いたという、とんでもない誤解を2人に招いたようだ。


「いやいや! なんで!? 全然やましいことなんてなかったですよ!?」


 慌てて俺は説明しようとするが時すでに遅かった。


「お前むっつりだもんな」


「……すけべ」


「うっ!」


 俺の言うことに耳を貸さない2人から、瑠璃のバックドロップの比じゃないダブルパンチが飛んできた。肉体よりも精神的ダメージの方が人間辛いものだ。


「はは……すけべ……遥にすけべ……」


 シスコンはいつ死ぬと思う……? 妹が反抗期になった時? 違う……! 妹に彼氏ができた時? 違う……! 妹に……軽蔑された時だ!


「おーい、目が死んでるぞー」


「はは……誰のせいやら……」


「悪い悪い。その代わり、役には立つから安心しろって」


 そう言って右手の親指をグッと翔さんは立てているが、今回翔さんに頼むのはそれなりに骨が折れることなんだけど、こんな調子で大丈夫か……


「まあ、ようやく本題に入りますけど、今回はその桜木さんを翔さんに探して欲しいんですよ」


「ん? それだけ? えらく簡単だな」


「僕は学校に知り合いが少ないんで難しいんですよ。それに、うちの学校は……」


 九条高校は少し特殊で、学年ごとに校舎や階層ではなく通う場所自体が変わる。3年生は市街地に近く、2年生は海に近く、俺と遥みたいに1年生は山が近い学園の敷地内で勉学に励むのだ。

 そのため、部活をしていない俺みたいな生徒は、数少ない学校行事でしか、他学年とはそもそも会うことすらない。しかも、全学年合わせて1800人のマンモス校ときたもんだ、俺が桜木さんを見かけたことないことも仕方がないといえば仕方がないのだ。


「なるほどな。それで、そんなマンモス学校で1番人脈がある俺を頼ってきたのか。はっきり言って今回の依頼……余裕だな」


 1800人生徒がいたとしても、翔さんの人脈を使えば1日あれば美奈さんは見つかるだろう。だからこそ、俺は翔さんを頼った。


「流石、人気者はすごいですね」


「照れるね〜」


 翔さんの人柄の良さや人望では、うちの学校で横に出る人はいない。それに加えて、爽やかイケメンときたものだ。噂で聞いたが、去年の体育祭でクラス対抗リレーのアンカーを務めた翔さんの写真が、物によっては数千円の単位で売られていたらしい。扱いがもはや芸能人だ。

 それに比べて俺は目つきも運動神経も悪く、行動力はあるもののミスは多い……これ以上は泣きたくなるからやめておこう…… 


「2年生なんだろ?」


「そう言ってましたよ」


「りょーかい。じゃあ今日中に2年生の誰かに聞いてみるわ」


 そう言って翔さんはスマホを取り出すと、さっそく誰かにメッセージを送っていた。相変わらず行動が早い。


「ありがとうございます」


「いいっていいって、その代わりまた遥ちゃんの手料理が食べたいな~」


「ふぇ……?」


 急に名前を呼ばれたからか、俺たちの話を聞きながら1人で毛先をいじっていた遥はすっとんきょうな声を出した。


「料理……ですか?」


「遥、お願いしていいか?」


 すんなりと要求を聞いてくれた翔さんにそれくらいは恩返ししたい。と言っても翔さんがご要望なのは遥の手料理なので、俺はまた他のことで恩返しすることにしよう。


「う、うん……また……パフェがいいです……か?」


「う〜ん……遥ちゃんが作るものならなーんでもオッケー!」


 遥からの問いに、少し悩んだ翔さんだったが、最終的にはグッと親指を立てて、翔さんらしい返答をした。


「パフェはやめておいてください、また産気づきたいんですか? あーもう、俺も手伝います」


 だが、放ったままにしていたらまた大惨事になりかねないので、俺も手伝うことにした。

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