2.5話② 幼馴染の場合

「翔さんもう着いてるかなー……って、お前何してんだ?」


 約束の時間の10分前に店の前に着くと、見知った人影が大吉の中をこそこそと覗いていた。


「ひゃっ!」


 そこにいたのは瑠璃だった。

 何かやましいことがあったのか、俺に話しかけられた瑠璃は猫のようにビクッ! と身を跳ねさせた。


「……い、いきなり後ろから話しかけないで。通報するわよ?」


「理不尽にも程があるだろ……ていうかそんなこと言ったら、お前の行動の方が怪しかったぞ」


 瑠璃は源さんの1人娘で、俺と遥とは付き合いが長い。そんな俺たちと瑠璃の関係性を一言で言うと、幼馴染というやつだ。


「は? 何もしてないけど?」


「いやいや、さっき店の中覗いてただろ」


「そんなことしてない」


 やっぱり何かやましいことがあったのか、少し食い気味に瑠璃は否定してきた。


「いやさすがにそれは


「なんもしてへん言うとるやろ、しばいたろかほんま……」


「……オレナニモミテナイ」


「それでいいのよ」


 これ以上は命に関わると判断した俺の脳は、口を勝手に動かせた。

 関西弁なんて普段からよく聞いているはずなのに、瑠璃が使うと殺気を感じるのはなんでだろう……


「ぁ……また出ちゃった……」


 ただ、瑠璃本人も普段から悪い口調が凶器レベルまで悪くなるということで、関西弁は嫌いなのだが、源さんの血のせいなのか、ついついポロっと出てしまうのだ。


「あいかわらず強引だな……」


「私が言うことは全部まかり通るの」


「どこの独裁者だ」


 こんな横暴は時代の独裁者でもさすがに引くレベルだろう。


「2週間ぶりくらいか、最近また家帰ってなかっただろ?」


「ドラマの撮影が始まったから忙しいの」


「さすが売れっ子」


 そんな瑠璃は自他共に認める美少女で、その容姿を存分に活かして俳優をしている。そのため大阪にいることのほうが珍しく、基本は撮影とかのために東京でホテル暮らしらしい。


「まあ……私、かわいいから」


 瑠璃は桜木さんとはまた違うタイプの顔立ちだ。桜木さんは【美人】という言葉が、瑠璃には【かわいい】という言葉がよく似合う。


「自分で言うなや」


 自分の見た目の良さを理解している瑠璃は、まるで自分がかわいいのが当然なんだと言わんばかりにドヤ顔をかましてきた。まあ事実だからなんとも言い返せないんだけど……瑠璃は演技力も確かで、この前何かの新人賞を受賞していたはずだ。


「……」


「私がかわいいのは分かるけど、舐め回すようにジロジロ見ないでくれない?」


「言い方! ……はぁ」


「?」


(まあ、確かにかわいいのは認める……けど)


 改めて瑠璃の容姿を見てみると、瑠璃が自分で何度もかわいいといえるのも納得できる。

 セミロングで栗色の髪は手入れがしっかりされているのだろうか、日に当たっていないのに光沢があり、俺のことをじっと見つめる大きな瞳は瑠璃の名前の由来にもなっていて、まるで青い結晶のように透き通っている。さらにその瞳の奥は瑠璃の心を映すように強く輝いている。顔の輪郭と顔立ちも絵に描いたように左右対称で、何度見ても性格とのギャップに吐きそうになる。身長は俺と1センチも変わらない(174センチ)ので女子にしてはかなり高い部類に入る。


「何? キモいんだけど」


 顔もいいしスタイルもいいのに、神はどうして標準装備されてるはずの道徳心を瑠璃に与えなかったんだろうか……あとで近場の神に聞いておこう。


「キモいは普通に傷つくからやめてくれ……」


 瑠璃からの扱いは慣れているとはいえ、そろそろメンタルにダメージが蓄積されてきた。


「知らないわよ」


「ひでえなおい」


(本当に何回も繰り返すけど性格がなー……)


 少しつり目な瑠璃が俺を睨みつけると、眼光がさらに鋭くなる。この目つきを瑠璃は小学生の時にクラスの男子にバカにされたことがあった。


(あの時はバカにした男子全員に、瑠璃がチョークスリーパーかまして失神させてたな)


 良くも悪くも瑠璃は気が強いのだ。街中でナンパなんてされようものなら、相手が泣き叫ぶまでえげつない罵倒をお見舞いする。今のSNSが普及している世の中で、これでよく芸能人をやれているなと、俺は感心まで覚える。


「そういや、遥がこの前挨拶したのに無視されたって悲しがってたぞ」


 そんな瑠璃が唯一と言っていいほど優しくするのが遥だ。瑠璃は遥と年は変わらないが、本当の妹のように接していて、遥も瑠璃のことを本当のお姉ちゃんのように思っている。


「疲れてるのは分かるけど、挨拶ぐらい返してやれよ?」


 だが、最近瑠璃が忙しいからか、遥は声をかけても無視されると嘆いていた。


「……はぁ、分かってるから」


 大きくため息をついた瑠璃は少しイライラしているのか、強い語尾で返事をしてきた。


「あと、久しぶりに大阪帰ってきたんだし、源さんにも何かしてやれよ?」


「分かってる言うとるやろ!」


 瑠璃はやっぱり疲れているのか、いつもより強い音圧で返事をして俺を睨みつけている。


「……じゃあ私ちょっと寝るから」


 瑠璃は自分の言い方がまた強くなったことが嫌になったのか、右手で口元を覆って自分を落ち着かせながら、この場を立ち去ろうとする。


「……止めて悪かったな」


 俺も疲れてる瑠璃をこれ以上足止めするのは申し訳ないと思い、軽く頭を下げた。


「……遥ちゃんにごめんって言っておいて」


「ん? 店にいるから直接言えばいいんじゃないか?」


 別れ際に瑠璃は、遥に対して挨拶を返さなかったことに罪悪感があったのか、遥に謝罪を伝えて欲しいと頭を下げてきた。その罪悪感をちょっとは俺にも向けてほしい。


「っ! 寝るって言ってんじゃん!」


「ぅえ!」


 なんて思っていると、急に沸点を超えた瑠璃が俺にキメたのは……それはそれは綺麗なバックドロップだった。


「バカなんじゃないの!?」


 悶絶する俺を横目に捨て台詞を吐いた瑠璃は、そのまま怒った様子で、外付けの階段を上がって、アパート部分へと入っていった。


「ば、バカなのは……お前の力……だ……」


 さっきクロから受けたボディーブローのダメージが残っていたのか、瑠璃の1撃でとどめを刺された俺は、その場に倒れた。

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