2話② 行ってきます、行ってきます。
「おいロリコン、用意ができたのじゃ」
「黙れロリババア。……じゃあ桜木さん、行ってきますね」
未だに戦闘態勢のクロにツッコみを入れると、俺は桜木さんに別れを告げた。2週間前に戻った時点で、幽霊になった今の桜木さんとはもう一度会うことは絶対にないので、少し寂しい気持ちもある。
(なんて思ってる場合じゃ無いけどな……)
「行ってらっしゃい幸人くん、くーちゃん。過去の私を……お願いね」
「任せてください」
「任せるのじゃー」
桜木さんの願いに、俺は軽く、クロは元気いっぱいに、ピースサインをして応えた。
「では、2週間前へレッツゴーじゃ!」
ーーーーーー
9月7日
「問題なく戻れましたね」
「そうじゃのー」
先程と同じ社務室の光景だが、先程と違うのは桜木さんの姿が無いことと、窓の外から蝉の声が少し聞こえてくるところだ。間違いなく2週間前に戻ってきた。
「今回はうちの学校のことなんで、翔さんを頼ることにします」
桜木さんがうちの学校でよかった。うちの学校のことなら翔さんに頼れるからだ。
翔さんはうちの学校の理事長の息子で、俺と俺の妹の【遥】に、普段からよくしてくれている2つ年上の先輩だ。運動能力が凄まじく、性格は面倒見が良くて、カリスマ性がある。おまけに顔まで良い。まるで物語の主人公のような人だ。
「確か、あやつの父がりびどーなんじゃろ?」
舌ったらずなクロが、理事長のことを、リビドーと言っている。
「理事長です。リビドーは性的欲求のことですよ」
「おー、貴様が常に溜めておるやつか」
「溜めてません」
俺が訂正ついでにリビドーの意味も教えると、流石は神様だ、タダでは転ばない。クロは「せっかくなら」みたいなテンションで、俺を煽ってきた。
「む? 相手が我だけだったら、やけに軽く流すのじゃな」
俺が誘いに乗ってこなかったのが不満なのか、クロは前髪の毛先を弄りながら、頬を膨らませている。
「はぁ……あのテンション疲れるんで、あんまりツッコませないでくださいよ」
もうツッコむ気力すら湧いてこなかった俺は、大きく息を吐いた。そもそも、クロと俺の会話は基本的にこのテンションなのだ。
「では、ツッコまなければよいではないか」
「いやー、なんと言うか、関西人としての本能が出るんですよ」
「人間の本能とは面倒くさいものじゃの〜」
「否定はできませんね」
ただ、その面倒くさいものも面白いのが人間というものだ。その気持ちは、クロも同じだろう。
「とりあえず、翔さんに連絡しますね」
「うむ」
そう言って俺は携帯の電話帳欄から翔さんを探しだすと、すぐにコールした。耳元でプルプルと発信音が鳴る。
「……もしもし、お疲れ様です。翔さん、今日ってこの後予定空いてますか?」
「今日? 空いてるけど、どうかしたか?」
何度かコール音が鳴ると、電話の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。腹の奥に響くような低い声だが、妙に落ち着く。
「ちょっと手を借してもらいたくて」
「いいぞ。どこに行けばいい?」
内容も聞かずに即答。こういう所は、悪く言ってしまえば無計画かもしれないが、俺達が翔さんを尊敬してる1つの理由だ。頼もしさが半端ない。
「えーっと、大吉に来てください」
「分かった、詳しいことはそっちで聞くわ。ところで、今日は遥ちゃんいるのかー?」
大吉とは、俺と遥が今住んでいるアパートの1階にある定食屋だ。
よくある1階が店、2階が住居になっている感じの物件で、昔からここの大将の家族とは仲が良くて、遥もたまーにバイトさせてもらっている。
「確か7日まで戻したから……いると思いますよ」
9月7日当日の記憶を改めて思い出してみると、確か俺が遥を迎えに行ったついでに、大吉で親子丼を食べたはずだ。
大吉の親子丼は安いし、卵はふわっふわっで、鶏肉はしっかりと歯応えがあって、店の名物になっている。
「お、やる気出てきた〜」
「じゃあ、30分後に大吉集合でお願いします」
「はいよー、じゃあまた後でな」
「はい、失礼します」
スムーズに事が進み、翔さんの、話の進め方が抜群に上手いのがひしひしと分かる。
「じゃあ、行ってきますね」
「うむ、無理はするなよ」
「はーい」
「あ、幸人〜」
「どうしました?」
何かを思い出したのか、神社を出ようと鳥居の方に歩き出した俺に向けて、クロが声を上げた。
「今日も貴様の料理は美味かったぞ! ごちそうさまなのじゃ!」
「っ……」
先ほどの喧嘩腰な態度はどこへやら、無邪気な笑顔をしながら、クロは手を振っていた。
「次も楽しみにしていてくださいね」
そんなクロに手を振り返すと、俺は少し笑った。
「じゃあ改めて……行ってきます!」
そして俺は、さっきより少し大きな声でクロに別れを告げた。
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