2話① 行ってきます、行ってきます。
「戻すのは2週間でいいかのー?」
「そうですね」
さっきのコントも一通り終わり、俺はクロと過去に戻る時の真面目な相談をしていた。
「何の相談してるの?」
「どれだけ時間を巻き戻すかの相談ですよ。今回は、桜木さんが最後に覚えていたのがちょうど1週間前だったので、とりあえず2週間戻して様子を見ます」
1回で終われたらいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。そのため、今回のタイムリープは、様子見ということにした。何度もタイムリープするのは、クロと俺の負担にはなるが、仕方ない。
「とりあえずで2週間戻せるのが凄い……」
美奈さんの言葉がごもっともだ。一緒にいる時間が長くなってくると感覚がバグってくるが、本来はめちゃくちゃ凄いことを、このロリババアはさらっとやってみせるのだ。そこは素直にすごいと思う。
(クロの事を素直に褒めるのはなんか気に食わないから、例え心を読まれようが口には出さないけど)
「まあ、今回は桜木さんを死なせないっていうのが第一なんで、そこまで難しくないと思います」
「ほんと!?」
グイッと体を前のめりにして、桜木さんが俺に詰め寄ってくる。そういう行為は、俺に変な勘違いを起こしてしまうから辞めていただきたい……
「ほ、本当ですよ。仮に事件に巻き込まれていて犯人がいたとしても、捕まえる必要はないですし。桜木さんを死なせなければいいんですから」
「ありがとー!」
「ちょっ! 抱きつかないでください……って」
嬉しさのあまり俺に抱きついてきた桜木さんの、柔らかい感触が……感触が……あれ?
(あっ、幽霊だから感触ないのか……)
「あー! ごめん! 嬉しくて……つい」
そんな残念がる俺の思惑など知らずに、舌をペロッと出して桜木さんは謝ってきた。クッッソかわいい。
「感触がなくて残念じゃのう」
「そこ、心読まないでくれませんか?」
俺の心を読んだクロがニヤニヤしながらこっちを見てくる。さっきまで、ちょっとは認めていたのが馬鹿らしくなってくる。
(このロリババアは……時の神様なんて辞めて、煽りの神様にでもなればいいのに)
「残念?」
「あー、なんでもないですよ。クロ様も余計なこと言わないでくださいね」
桜木さんに聞こえないように、俺はクロに余計なことをしないように懇願した。
「ほーう、それが物を頼む態度かのう?」
だが、そんなものはお構いなしにクロは全力で煽ってきた。まあ、この神が素直に俺の言うこと聞くとは微塵も思っていなかったから、ある意味想定通りだ。
(このロリババア野郎……)
「ぐっ、余計なことを言わないでください……クロ様」
だが、ここは従うしかないと判断した俺は、渋々と頭を下げた。
「むふふ〜、口先だけじゃが、それでよいのじゃ〜♪ 貴様の悔しそうな顔でご飯が進むの〜」
(サイコパスか)
俺の苦しむ姿を見ながら白ごはんを食べるクロは、今日で1番上機嫌だった。
ーーーーーー
「ご飯も食べ終わりましたし、そろそろ用意しませんか?」
「よいぞー」
なんとか怒りを収めた俺は、クロが料理を完食するのを待った。そして、過去に戻る用意をすることを提案すると、口にソースをつけたままクロは頷いていた。
「なんで栄養ドリンクなんて持ってきたの?」
軽くシャワーを浴びて、冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出したまま待っていた俺に、桜木さんが質問してきた。
「今からする儀式の前に、これ飲んだらちょっと楽なんですよ」
「へー、何するの?」
「えーっと……まあ、見てたら分かります。クロ様、オッケーです」
説明するより見てもらったほうが分かりやすいだろう。
「うむ。では、デザート代わりにいただくとするかの。久しぶりじゃの〜貴様の【精気】を喰うのは」
俺の用意が終わったのを確認すると、クロは舌舐めずりをしながらこちらに顔を近づけてきた。
「ふふ〜、貴様ぁ……近くで見ると愛おしい顔をしておるのじゃがの〜」
小さな手で俺の頬を触りながらクロは笑う。体が小さいクロに子供扱いされると、なんだか複雑な気持ちになってしまう。
「そういうのいいですから……早く済ましてください」
少し恥ずかしくなった俺は、下を向きながら、クロに早く済ませるように言った。
「にゃはは〜、貴様はそうでないとなぁ……では、いただくぞぉ……んっ」
下を向いた俺の顎を優しく持ち上げると、クロは俺の唇を奪った。
「んっ……」
「えぇ!? な、な、なんでキスしてるのっ!?」
「はむっ……んっ……」
クロは俺の口の中を、舌でくまなく犯すように、貪るように、蹂躙した。その行為を盛り上げるかのように、クチュクチュっと水音が鳴る。
「んっ、ぷはぁ! ふぅ……ごちそうさまなのじゃ〜」
「どういたしまし……てっ」
俺は唇を服の袖で拭きながらクロに空返事をする。精気を取られた時は、貧血のような症状がくる。血の気がひき、頭痛がひどく起こり、立ちくらみが足元をふらつかせる。
「どうして、そんなにあっさりしてるのぉ……」
なぜか桜木さんが横で悶絶している。
「……これが儀式ですよ。精気をクロ様に食べられるっていう」
「そもそも! 精気って、何!?」
(まあ、知らなくて当然だよな)
1つ1つ状況を整理しようとしているのか、桜木さんは俺たちに質問してきた。
「命の源のようなものじゃ。違う言葉で言うと……なんじゃろうなー?」
クロがなんとか説明しようとするが、言葉に詰まっている。
「ゲームのHPみたいなものですよ」
「お、ぴったりじゃの」
そんなクロに俺は助け舟を出した。
「あー……そういう感じなんだ」
日頃ゲームばっかりやっているクロは大きく頷いているが、どうやら桜木さんはゲームとかはあんまりしないみたいだ。びみょーに納得していない。
すると、あまり素直に頷いていない桜木さんは
「そんなのが、栄養ドリンクで補強できるんだ……」
ど正論をぶちかましてきた。
「おまじない程度ですけどね。時間を戻すのに人間の精気がいるんですよ。本来、神への信仰が少しずつ精気を神に与えるんですけど……まあ、見ての通り信仰されてない神もいるんで」
「なぜ我を見る」
「ナゼデショウネー」
こうやって無理やり精気を取らないといけないんだから、もう少しクロには焦って欲しいが、まあ期待するだけ無駄だろう。
「そうなんだー。でも、どうして、その……き、キスするの?」
「それは完全にこやつの趣味じゃ」
「え!?」
「違うわ! あと、桜木さんも真に受けないで!?」
(このロリババアは俺を社会的に殺すつもりか!)
「いや、そういう趣味があるのかなって……」
「断じてロリコンではないです! クロ様がこれが1番効率良いって言うから仕方なく! 仕方なくですよ!?」
嘘は言っていない。実際に、クロはこうやって直接吸い取った方が効率が良いと言っていたのだ。そのためにあくまで仕方なくやっているのだ。
「そんなこと言いつつも、まだまだ内心は嫌な思いはしておらんではないか」
「嫌な思いしかしてねーし」
「口ではなんとでも言えるの〜。初めての時の反応は今でも鮮明に覚えておるぞ〜。あの時は確か、貴様が恥ずかしさのあまり気絶しておったの〜」
「ええ!?」
「いちいち余計なこと言わないでください!」
本当に余計なことしかこのロリババアは言えないのかと思うくらい、ペラペラと俺の黒歴史を話しやがる。
「こんな小さい女の子にキスされて……気絶したんだ……」
「いや、桜木さん違いますからね!? なんですかその犯罪者を見るような目は!」
犯罪者というより、ゴミを見る目で桜木さんは俺を見てくる。
「その、なんて言うか……趣味は人それぞれだから!」
社会的に死んだ時ってこんな感じなんだー……授業料にしては高いものを俺は失ってしまったようだが……
「なんか、俺の人権が著しくすり減った気がするんですけど……」
「そんなことないよー?」
「そう言いながらも、さっきより明らかに桜木さんとの間に距離があるのはどうしてですか?」
「さ……さっきも言ったけど、趣味は人それぞれだから!」
これもう完全に人権と信頼失ってるな。
「だから違いますって! そもそも初めての時はクロ様はこんな姿じゃ……」
「男がぐちぐち言うものではないぞ! ほれ、どうせ時を戻せばこのことを覚えているのは、我と貴様だけではないか。何も問題はないのじゃ」
(問題しかないんだよな)
俺の言い分は聞いてすらもらえないようだ。
「……そーですね」
この神に何を言っても無駄だってことを悟った俺は、適当に頷いた。
「今度は幸人くんが拗ねちゃった」
「す、拗ねてません」
そんな俺の態度が、桜木さんの目には俺が拗ねているように見えてしまったらしい。断じて拗ねてはいない。ただ、あんなにお手軽に人権と信頼が無くなったのが、ちょっとだけ悲しいだけだ……
「やっぱりツンデレなんだね」
「つんでれじゃの」
「ツンデレじゃなーい!」
「にゃはは〜! 貴様の方が赤子のようではないか〜!」
「人を煽る時そんなに笑顔になるのクロ様ぐらいですよ……!」
「お〜怖い怖い。赤子が泣き出してしまうのじゃ」
ニヤニヤニヤニヤしやがって……このロリババアにはちょっと痛い目にあって貰わないとな。
「次の晩ご飯は玉ねぎてんこ盛りにしておきますねー」
「のじゃあ!? この鬼畜め! 我が一体何をしたというのじゃぁぁぁぁああ!」
いや、分かるだろ。
相当嫌だったのか、クロの全身の毛がぶわっと逆立った。
「そうされたくなかったら、余計なこと言う前にさっさと時間を戻してください」
「分かったのじゃ! 分かったのじゃ! くぅ……覚えておれ!」
そう言いながらクロは精気を集中させ始めた。なんだかしてやった気分になって、気持ちいい。
「……幸人くん」
「なんですか?」
クロが黙って集中しているから、いいタイミングと思ったのか、桜木さんが改まった表情で俺に話しかけてきた。
「その……ありがとうね。私のために……」
どうやら、会ったばかりの俺とクロに頼りっぱなしになることに、桜木さんは少し罪悪感を持っているようだった。
「……その言葉は、生身の身体で笑顔で言ってもらいますから、大事に取っておいてください」
その少しの罪悪感を取り払うのは難しいだろう。誰しも人を頼る時は、多少なりとも罪悪感が湧くものだ。だから俺はせめてと思い、桜木さんを安心させるように微笑んだ。
「っ! ……うん!」
そんな俺を見て安心したのか、桜木さんは少し目元を拭いながら満面の笑みを浮かべた。
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