第83話 孤児院を訪れて
魔王が消滅する。
少しの間、平原が沈黙に包まれた。
そして爆発するみたいな大歓声。
誰もが飛び上がって喜び、抱きあってお互いを称え合う。
そこに敵も味方もない。
俺は放心して、その場にへたり込んだ。
「や、やったあ……」
「やったね、ウーサー!!」
後ろからミスティに抱きつかれた。
今までのハグで一番強いかもしれない。
俺からは抱き返す気力もないけど、彼女の暖かさに包まれているとホッとする。
「見て。みんな、敵も味方もなく喜んでる。これってウーサーがやったことだよ」
「ああ……。自分でも信じられないや」
エムズ王国のスラムから始まった俺の人生が、ミスティと出会ったことでどんどん変化した。
気がついたら世界の危機みたいなのに巻き込まれてて、ついには危機そのものである魔王とやり合うことになってた。
とんでもない。
頭上では、五本の魔剣が飛び交っていた。
しばらく、彼らは空を舞って魔王を倒したことを喜ぶと、俺に向けて切っ先を振って見せた。
別れの挨拶だ。
きっともう、彼らを呼ぶことはできなくなる。
俺は手を振った。
魔剣たちはそれを確認して、次々に消えていく。
魔剣は、金貨に変わった。
大地に金貨の雨が降り注ぐ。
さっきまで抱き合って喜んでいた人たちがハッとして、降り注ぐ金貨を受け止めようとしたり、拾い集めたりし始めた。
「お、俺の金だ! 拾うな!」「俺のもんだぞ!! 手を出すな!」
殴り合いだ!
和やかだった雰囲気が、一気に殺伐としてしまった。
ミスティがこれを見て唖然とする。
「ひっどーい! 台無し!」
「人間なんてこんなもんさ。ちょっと変わったことがあっても、すぐ元通りだ。明日にでも仲が悪い国同士は戦争をおっぱじめるかもしれない」
ウーナギが現れて、笑いながら告げた。
「だからチャンスはこれ一回しかなかった。慣れたら、みんな高をくくって強力してくれなくなるだろうからね。いやあ、ウーサー、よくやってくれた。僕が初代マナビ王から受け継いだ仕事は、果たされたことになるな」
ウーナギが随分スッキリした顔をしてるなあ。
「ウーナギはこれでお役御免ってわけ?」
「そうなる! 僕はまた百年ばかり、ダラダラしながら世界を旅して回る。十頭蛇は解散だ解散。あ、ニトリア。孤児院にももう役割終わりと伝えてくれないか」
『ええーっ、わたくしがですか!?』
後ろに忍び寄ってきていたニトリアが、不満の声を上げた。
それはそれとして、ミスティごと俺を後ろから抱きしめるニトリア。
「むぎゅう」
ミスティが変な声を出した。
「孤児院って……俺が追い出されたあの孤児院?」
『そうなりますね』
「ウーサーの生まれ故郷みたいなもん? 見たい見たい、見てみたい!」
『じゃあ一緒に行きますか』
そういうことになった。
凄い里帰りになってしまうなあ。
魔王が倒されて、世の中は平和になった。
比較すると、だけど。
すぐに、仲の悪い国は諍いを再開した。
パイレーツは元気に略奪行為をしているし、シクスゼクスの魔族はバルガイヤーに攻撃を仕掛けている。
魔王がやってくる前の形に戻ったわけだ。
ウーナギからすると、こういう元気さがあって落ち着かないところがあるからこそ、俺たちが次の世代に続いていく証なんだってことらしいけど。
「じゃあ、ライズとナイトで行くか」
『わしも行こう』
エグゾシーがライズの頭にぴょんと飛び乗った。
いつもの面々だ。
いや、今回は自前の馬を駆って、ヒュージもついてくる。
「いや、孤児院に解散って告げるのが楽しみでな」
「性格悪いなあ」
「俺は最初からずっとこの性格だ」
確かになあ。
魔王を倒してすぐに新しいやることを始めてしまったので、ミスティのスキルをなくす話とか、彼女とイチャイチャするのは棚上げのまま。
ナイトにまたがる俺の背中にミスティがしがみついているが、二人とも悶々としている。
「は、早くお仕事終わらせようね!」
『ハッ! さては狙ってますねミスティ。させませんよ』
『世界を救った功労者なんじゃから、好きにさせてやればよかろうが』
『そんなあー』
ニトリアがエグゾシーにたしなめられている。
ちょっとホッとする俺とミスティなのだ。
そして到着したのは孤児院。
どこにあるか分からなかったのだけれど、大陸の真ん中にあったんだなあ。
崖の上にぽつんと建つ、大きな建造物。
そこへ、ニトリアがスタスタと歩いていった。
すぐに、孤児院側から反応がある。
魔法みたいなのが飛んできたり、空間がぐにゃぐにゃ歪んだり、おかしな動物が飛び出してきたりする。
これを、ニトリアはひょいひょいと避けた。
『孤児院終了のお知らせです。リーダーから、正式に解散命令が出ましたー。今回で孤児院は終わりです』
「な、なんだとー!!」
中から飛び出してきたのは、見覚えがある顔だった。
孤児院の院長だ。
太ったじいさんで、目つきが悪い。
後はやっぱり見覚えのある、孤児院の先生たちもやってきた。
「ついに終わりですかあ」
「我らも失業ですなあ」
今見ると、この人たち人間じゃなかったんだな。
角があったり、肌の色が青かったりする。
魔族だ。
特殊なスキルを持つ孤児たちを育成するのに、普通の人間じゃ確かに厳しいか。
先生の一人が俺を見て、あっと声をあげた。
「ウーサーじゃないか。まさか能力の使い勝手が悪いからと、エムズ王国まで連れてって置いてきたお前が世界を救うとは……」
「あ、そう言えば俺を置き去りにしたのあんただった」
お互いに指さし合う。
昔は恨んだりしたけれど、今はどうでもいいや。
お陰でミスティと会えたし、あのスラムも明らかに環境がいいところを選んで置いてったみたいだったし。
それに、俺のことを頼むとスラムの人たちに言ってたみたいだ。
院長はひとしきり、いきなり解散になった孤児院について愚痴を述べた後、ため息をついた。
「仕方ない。この孤児たちをもうちょっと育てたら、外に追い出して終わりにするかあ……。私も無職になっちゃうなあ……」
『十頭蛇も解散じゃからな』
「ますます私は無職じゃないか!」
エグゾシーに告げられて、また大きなため息をつく院長。
この人も十頭蛇だったのか……。
こうして、俺の始まりの話にも決着がついてしまった。
あっさりだった。
「なんか、全然身構えるほどのことでもなかったな……」
「世の中ってそういうものかもねえ」
俺とミスティがそんな事を言っていると、孤児院の子どもたちとわちゃわちゃしてたヒュージが振り返り、
「何を知ったふうな事言ってるんだお前ら」
と呆れるのだった。
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