第82話 そいつはたった一枚のコイン

「ウーナギ、頼みがあるんだ!」


「ああ、待っていたよ。多分君はそこにたどり着くだろうと思っていたが、案の定だ。僕が魔王であった時代に君がいなかったことを幸運に思うよ」


 ウーナギがふわりとやって来た。

 魔王との戦いを傍観していたわけではない。


 倒された軍隊が一人も欠けることのないよう、精霊の力を使って守っていたのだ。

 守っていてなお、軍隊はみんなふっ飛ばされてしまったんだが。


 どうしてウーナギが攻めず、守りを固めていたのか、今はよく分かる。


「一人でも多くの人の力が必要なんだ」


「だろうね。魔王ポンデリグは最強の個の力を振るうタイプの魔王だ。あれを相手に、分散された力で挑むのは愚の骨頂だろう。そしてあの魔王を上回る個の力なんか、この星にありはしない」


「だけど、みんなのチカラがあればそれは分からなくなるだろ」


「その通り。風の精霊をフル動員するよ。おい、軍隊諸君! 少しの間だけ自力で身を守れ! 僕がちょいと世界に呼び掛ける間、死なないように持ちこたえていてくれよ!!」


 ウーナギが戦場に呼びかけた。

 風をまとった声が、隅々まで届く。


 軍隊は慌てたように動き出し、守りの体勢を固めた。

 よし、とウーナギはこっちに向き直る。


「さあ、話すんだ。君の声を世界に届ける。なんなら魔王ポンデリグの姿も届けよう」


「頼む!」


 風が渦巻き始める。

 俺の言葉を、全世界に届けるために。


『何をやっているか! 小癪な! うりゃあ!!』


 俺たちが影でコソコソやっているのが気に入らなかったらしい。

 ポンデリグが叫びながら、地面を殴った。


 すると、奴の全身に纏ったリングが回転をする。

 回転が妙な力を産んだようで、魔王が殴った地面が揺れ始めた。


 揺れが広がっていく。

 地震だ!

 強烈な地震が起こる!


 空は真っ赤な魔王星と同じ色に染まり、尋常な様子ではない。


「しめた! 魔王が本気を出し始めたぞ! このまま星を砕き、作り変えてしまうつもりだ!」


「どうしてしめたなんだ、ウーナギ」


「世界中の人が、これを感じ取れるからだよ。つまり、これほど恐ろしく、危険な魔王が今この世界に降り立っている! 君たちはこいつに世界を破壊されていいのか!?」


 ウーナギが朗々と声を張り上げた。

 これは……。

 もう、この戦場の音と映像が世界に届いているんじゃないか。


「君の出番だ」


 ウーナギに声を掛けられて、俺は頷いた。

 自分の顔をパンパン叩く。

 深呼吸する。


 後ろから、ミスティがギュッと抱きしめてくれた。


「いける! ウーサーはやれる! 大丈夫! あたしがついてるし!」


 無根拠なんだけど、なんか安心できる言葉だ。

 スッと落ち着いた。


「ありがとミスティ! やるよ!」


 俺はウーナギへ向き直った。


「みんな、力を貸してくれ!」


 俺は大きな声を出す。

 ポンデリグがこっちに向かって、金色の輪っかを飛ばしてきている。


 そこに、ヒュージと王女様が集まってきて防いでくれた。


 魔剣たちも戦場を飛び回り、魔王の攻撃を撃ち落とす。


 みんな時間を稼いでくれている!


「世界は今、とんでもないピンチだ! 魔王が降りてきた! 俺たち一人ひとりの力じゃ全然足りない! 勝てない! だけど!」


 俺はぎゅっと拳を握りしめる。


「みんなの力があれば勝てる! みんなの力を合わせれば勝てる! みんな、力を貸してくれ! 俺はみんなの力をまとめて、一つにできるんだ! こう言うふうに……!」


 周囲に散らばっている資材や財宝が、形を変えた。

 みるみる、見張り塔になる。


 すぐにそれは、ポンデリグの攻撃で破壊されてしまった。


「小さな力ならこうなるけれど、みんなの力が合わされば……もっと大きくなる! あいつに勝てる! あいつに!」


 俺が指さした魔王が、どうやら世界に映し出されたらしい。

 一瞬、世界が揺れた気がした。


 世界が魔王を認識した。

 そして、それが世界を壊してしまう恐ろしいものだと理解した。


「よし、ウーサー。君に賛同する人々の姿を世界に流す。行くぞ!」


 ウーナギが精霊をコントロールする。

 今彼は、全ての力を使い、声と映像を世界に届けている。


 エルトー商業国の人々が映った。


「手を貸すぞ!」「幾らでも力を使ってくれ!」「なんだ、武器屋のちびじゃないか!」「そんな大したやつだったとはな!」「おい、あいつは俺のところに挨拶に来たんだ! いいやつだ。信用できるぞ!」


 国の人々や、最後は鍛冶屋の面々だ。

 俺もちょっと笑顔になってしまう。


 魔剣鍛冶の里が映った。


「ふむ、これは一大事だな……。趣味の魔剣づくりができなくなる」『力を貸すしかありませんよ。さあ皆さん、ウーサーくんに意識を集めましょう。これはそういうものです』「里を救ってくれてありがとう!」「また遊びに来いよ!」「前よりもずっと楽しいところにしてるからさ!」


 カトーとスミスと、里の人たち。

 みんな並んで手を振っている。


 森王国が映った。


「うおおおおおお!! ウーサー! 俺たちの力を使え!」「我々エルフも協力しよう。種族がどうこう言っている場合ではない」


 バーバリアンとエルフたちだ。

 その中に、マナビ王とガウがいた。

 マナビ王が腕組みして、ニヤリと笑った。


 イースマスが映った。


『あ、俺様たちがもろに映るとみんな狂気に陥るからね。声だけ届けるぞ』『がんばってくださいね、ウーサーさん』


 オクタゴンとルサルカの声。

 それから、イースマスの人たちがわーっと応援する声。


 セブンセンス法国に、バイキングたち。

 遊牧民に、今まで旅してきた国々。


 俺が触れ合ってきた人たちがみんな、手を振っている。

 俺の名前を呼んでいる。


 胸が熱くなった。

 こんなに沢山の人達と、俺は出会ったんだ。


「多くの人々から信頼される少年。英雄と呼ばれるにふさわしい少年! 条件は揃った。君を知らない者はいなくなる! 世界が君を英雄と認め……力を貸してくれる!」


 ウーナギが宣言した。

 それが、真実になる。


 突然、空が明るくなった。


 真っ赤に染まっていた空が、端から虹色に変化する。

 それは、世界中から集まってくる力だ。

 色々な人がいて、色々な種族がいて、それが全部違う色でその力を貸してくれる。


『馬鹿な! 我の領域が染められていく!? なに、一つ一つは弱い力だ! こんなもの踏み潰してしまえば!』


 ポンデリグが吠える。


「弱い力でも束ねれば、強くなる! 俺は、そういう力を持ってる!!」


『なにぃ……!!』


「安い鉄貨でも、束ねれば銅貨に。それが銀貨になって、金貨になって、白金貨になって……! 小さい一つ一つの力も集まっていけば、お前を倒せる強い力に変わるんだ!!」


 空はもう、様々な色で染まり一刻も同じ姿をしていない。

 魔王星の色なんかどこにもなかった。


 俺は手を掲げる。

 そこに、万色になった空が降り注いだ。


 チカラが集まる。

 一つの形になる。


 俺の手の中に生まれたそれは……。


 ありとあらゆる全ての色を宿した、一枚のコインだった。


『それは……それはなんだ……!? 我が知らぬチカラ……!! 我を超える、チカラだと……!? 馬鹿な! 信じぬ! 信じられぬ!!』


 ポンデリグが立ち上がる。

 浮かべる表情は驚き。

 そして恐怖。


 魔王はすぐに恐怖を怒りに変えた。


『許さぬ! 許さぬぞ! 我を超えるほどのチカラなどあってはならぬ! 故に、この場でそれを粉砕し、我こそが宇宙で最も強きチカラであると証明する!! ぬわあーっ!!』


 魔王が来る。

 拳を振り上げ、全身から生み出した黄金のボールをリングに変え、その回転力すらチカラにして、星を砕く一撃を俺に放ってくる。


「行こう、みんな!」


 俺は告げる。

 万色のコインに、最後に俺の力を乗せる。

 すると、コインが射出された。


 それほど速くない。

 まるで、指先でコインを弾いたみたいな、それくらいの速度。


 だけど、ポンデリグはこれを避けられなかった。

 まるでコインに吸い込まれるように……。


 魔王は万色のコインと衝突したのだった。


『なっ、こんなっ、ものっ……! 我が! 最強の我が、こんな、こんなものに負ける、はずが……!! はずがああああああああああああああ!! ウグワアアアアアアアアアアアアッ!?』


 魔王が押し負ける。

 拳が弾かれた。

 進むコインが、魔王の胸板に炸裂する。


 そこから魔王の全身に、万色の輝きが走った。


 魔王ポンデリグは、断末魔の声を上げながら……輝きに呑まれていった。

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