第75話 霧を晴らせ

「魔将は実体がない。俺の能力では決定打を与えられなくてな」


 ヒュージが不満げな表情をする。

 なるほど、彼がいるのにエヌール公国が奪われたままというのはそういうわけがあったのか。


「エグゾシー、実体が無いやつなんているの?」


『おるじゃろうな。とは言っても、実はゴーストであっても実体というものはある。それが無いように感じられるのは、存在そのものが希薄だからじゃ』


 希薄……。

 俺とヒュージが並んで首を傾げる。


「兄弟みたい」


 ミスティがそう呟いたら、ヒュージが「違うわい!」と怒った。

 でも、実体がないというのはどういうことなんだろう?

 希薄とは?


 実際に行って確かめてみることにした。


「やつの手下は大したことはない。どうも、他のモノに入り込んで操れるようでな。その辺りにありふれたものが襲いかかってくる。こんな風にな」


 公国の都に入り込んだ瞬間、瓦礫やら家の構造材やらが浮かび上がり、俺たち目掛けて飛んできた。

 ヒュージが腕をかざすと、そこに回転する金属の蛇が出現する。

 それは、瓦礫も構造材も巻き込み、削り取って粉砕してしまった。


「あっ、ウーサー、何か逃げていくよ!」


 ミスティが指差す。

 粉砕された物品の中から、モヤみたいなものが飛び出したのだ。

 陽の光を避けるようにして、ふわふわと移動していく。


「あれが魔将の正体ってことかな……? まるで霧みたいだ。霧の魔将なら、風で散らせないかな。だったら……天羽々斬かな……」


 名前を呟いただけだったんだけど。

 いきなり両替が発動した。


 俺の持つ魔法の針が集結し、ついでに後ろでライズが運んでくれていた資材もまとめて集まってきた。


「ぶもー!」


 驚くライズ。


 そして集まった貨幣と物品が俺の手の中で一つになり……。

 緑の輝きを放つ一振りの剣になっていた。


『前回は構成する要素が足りなかった故、不完全であった。倒すべき敵を感じ取り、我、ここに降臨。完全体にかなり近い』


「おお、喋る喋る。早速なんだけど、敵は霧の姿をした魔将みたいなんだ。天羽々斬で対抗するので合ってる?」


『我の獲物である。振るうが良い』


「よし! 行け、天羽々斬!!」


 俺は風の魔剣をスイングした。

 すると、猛烈な風が吹き荒れる。

 俺たちのいる場所には微風すらないのに、公国の都は嵐のような様相だ。


 あちこちから、『ウグワーッ!?』と叫び声が聞こえた。


 風に巻き取られるみたいに、もやが飛び出してくる。


『ガス生命体だ。意志を保てぬほど薄く、散り散りに引き裂く』


 天羽々斬がそう宣言すると、風の密度が濃くなった、としか言えない状況に変わる。

 目に見えそうなほど濃厚な風が渦巻き、それがモヤを取り込んだ。

 そして薄く引き伸ばしながらバラバラにしていく。


 すぐに、モヤは見えなくなった。


「驚いた」


 風が止んだ後、ヒュージが愕然としている。


「あちこちに潜んでいた悪意みたいなのが、全然無くなっちまった。都はもう、完全な抜け殻だ」


 ヒュージの後ろから、公王がポテポテ走ってくる。

 そして荒れ放題の都を見て、大いに嘆いた。


「おおーっ、余の美しい都がこんなことに……! 国土も狭く、資源も少なめなので、せめてできる限り見栄えは良くしようと頑張って整備してきたのに……! 最近はエムスの奴らに手を貸したばかりに財政があ悪化してきていたが、それでもどうにかやっていけたはずだったのに。ヨヨヨヨヨ……」


「おじさん泣いてる」


『国への愛着が凄く強かったんですねえ』


 女子が案外同情的だ。

 公王、善人ではないが、とにかく国を愛する気持ちは人一倍強いみたいだ。


 聞いた話では、公国の裏手に巨大な岩が落ちてきたんだそうだ。

 そして岩から、大量のモヤが溢れ出してきた。


 モヤは都を包み込み、その直後に、そこら中にあった物品が勝手に動いて人を害し始めたそうだ。

 多くの人々が都を捨てて逃げ出し、しかし国へ強い愛着を持っていたために離れられなかった。

 公王は私財をなげうって十頭蛇に助けを求めたのだ。


「じゃあ、これで魔将は退治したことになるんだろうか……?」


『せいぜいが指の一本くらいのものだ。強い気配は、あの巨岩から感じる』


 天羽々斬が応えた。

 剣が勝手に持ち上がり、指し示すのは都の裏に突き刺さっている巨大な岩。


『落下した岩そのものが魔将の本体じゃな、あれは。あれを砕かねば、幾らでも霧を吐き出してくるぞい』


「実体があるなら、俺の蛇も通じるな! よっしゃ、ぶっ壊してやるとしようぜ」


 エグゾシーの言葉に、ヒュージがニヤリと笑った。

 そして一人、どんどん先に進んで行ってしまう。


『相変わらず血気盛んですよねえ』


『人間としても実際に若いからのう。あんなもんじゃろう』


 うちの仲間の十頭蛇がそんな事を言っていた。

 ともかく、岩を砕くのは任せるとして、モヤがまた出てきたら大変だ。


「ナイト! 乗せて行ってくれ!」


『ひひーん!』


「私もー!」


 俺とミスティでナイトに乗り、走らせる。

 前方のヒュージは、足元に巨大な金属の蛇を呼び出していた。

 それが車輪のように丸くなり、ヒュージを中心に収めながら回転する。


 ヒュージは普通に走っているのに、車輪がそれを加速して、猛烈な勢いで疾走していることになった。


「あいつ、能力をめちゃくちゃ応用してる……!」


「前に出てきたときって、ちょっとしか手の内を見せてきてなかったんだねえ……」


 敵じゃなくなって良かった気がする。


『動くぞ。我を掲げよ』


「分かった!」


 ナイトを走らせながら、天羽々斬を高らかに掲げる。

 猛烈な風が吹いた。


 それが、いつの間にか周囲に迫っていたモヤを吹き散らす。

 どこからモヤが?

 眼の前の岩だ。岩の隙間から、猛烈な勢いでモヤが噴出している。


 そしてついに、岩が起き上がった。

 まるで、巨岩の甲羅を背負った巨大な亀のような怪物だ。


『ブオオオオオオッ! このレイガストの霧を晴らそうとするバカはどこのどいつだあああああ』


 物凄い重低音が響き渡る。

 だが、倒す相手が明確になったのでありがたい。


 横を走っていたヒュージは全く同じ気持ちらしくて、凄くいい顔で笑っているのだった。

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