第69話 こんにちは、魔将です

『わしじゃ。十頭蛇のエグゾシーじゃ。仕事の依頼を受けてやって来たらもう争っているとは何事じゃ』


 みんなに船を返し、助けたところで、エグゾシーが話をしている。

 どうやら十頭蛇に揉め事解決の、正式な依頼があったらしい。


 戦うばかりじゃないんだなあ。


『幸い、お前らも頭は冷えたと見える。詳しい事情を聞かせよ』


「実は……」


 北の人々が話し始めた。

 彼らは常夏な北の国で暮らす人々。


 無数の島々があり、島ごとに王国や部族がある。

 今までは魚がたっぷり獲れて、みんな領土争いくらいしかしないで楽しく生活していたんだそうだ。


 ……領土争いはするのか。


「ところがある時から、魚が獲れなくなっちまったんだ!」


「痩せた漁場を巡って、こうやって争う日々だよ」


 これは大変だ。

 木の実や果物は、島でたっぷり手に入る。

 だけど魚はそうはいかない。


 この地方の人々にとって、肉とは魚のこと。

 魚がなければ始まらないのだ。


「じゃあまず、なんで魚が減ったのか調べないとな……」


 俺が提案すると、みんなハッとした顔をした。

 おいおい!

 思いついてなかったわけ!?


「てっきり、他の島のやつの仕業だと思ってた」

「俺も」

「わしも」


 なんという人々だ。

 島ごとにとても仲が悪いことだけはよく分かった。


『人間って、暇になるとちょっとしたことで争うようになりますからねえ』


「そっか、この島々は豊か過ぎて、せかせか働く必要が無いんだ」


 だから余計なことが気になる、と。

 しかも聞いてみると、他の島の権益を主張し、手に入れたとしてもそこで何をやるかのビジョンなんか全く無いらしい。


 どういうこと?


「ウーサーが理解できない世界の人たちだねー。ま、あたしらは調べよ!」


「そうだね……!」


 そういうことになったのだった。

 漁を担当する人から、大人しそうな人を二人ほど選ぶ。

 彼らを船に乗せて、漁場だというところまで向かった。


「何か変わったことありました?」


 俺が尋ねると、彼らはうーんと唸った。


「つい最近、空から海に何か落ちてきたんだけど」


「黒い岩みたいなの」


「それから魚が捕れなくなった」


「ふむふむ……」


 黒い岩が空から降ってきた?

 辺りを見回すけれど、どこにも岩が降ってきそうな場所なんかない。


『火山から岩が吹き飛ばされてきたとかかのう?』


 エグゾシーの言葉に、漁師の二人は首を横に振った。


「この辺りの火山は岩を飛ばさない」


「溶岩がだぶだぶあふれる感じ」


「あー、バイキングのところと同じ火山だ」


 海に浮かぶ島々も、多くは火山だった場所らしい。

 溶岩が冷えて固まり、そこに鳥が植物の種を運び……。

 木々が育って動物たちが住むようになり、今のような島になったということだ。


 壮大な歴史を感じる。


 じゃあ、黒い岩は何なんだろう?

 実際にたどり着いてみると……。

 それが何なのかがすぐに分かった。


『ああ、こりゃあ……魔将じゃ』


 水の中を覗き込んだエグゾシーが、呆れた声を漏らす。


「魔将!? 昔のエグゾシーみたいな?」


『そうじゃ。魔王星から尖兵としてやって来たんじゃろうな。で、何かの間違いで海底にはまり込んでしまったんじゃ』


「ははあ、間抜けな……」


『それで、魚礁を押しつぶしてしまったんじゃろう。魚は減っておらず、住処を変えたということじゃな』


 それを聞いたら、対処方法は簡単だ。


「よし、じゃあ魔将を……やっつける!」


「やっつける!?」


 漁師の二人が震え上がった。


「ど、どうやって!?」


「潜っていったやつもいるけど、岩はカチコチで槍も通らなかったんだぞ!」


 潜って行っても無事なのか……。

 だけどまあ、魔王が来たらこいつがどうなるか分からない。


 魔剣にお願いしちゃうか。


「……だけど、お金が足りないな……。ええと……お金になりそうなものってありますか」


 漁師の人たちが首を傾げた。

 お金と、魔将退治とが繋がらないんだと思う。


 それはそうだろうなあ。


「あの、俺、物をお金に変えたり、変えたお金を別の物に変えたりできるんです。だからお金になるものがあれば、こいつを倒せるわけで」


「な、なるほど……」


「俺たちの船が消えちゃったのはそういう……」


 でも、彼らの船はあまり高いものじゃなかったし。

 この地域だと高価そうなものを見つけるのは難しいかもな……。


 そう思う俺だったのだが。


「金になるもの? それで魚が戻ってくるのか!? よし、じゃんじゃん使え!」


 あちこちの島の人々が集まってくる。

 彼らが持っているのは、真珠や、木製の細工物。


 いいものだなあ!

 これは一旦お金にした後も、元通りにして返してあげたい!


 俺はありがたくこれらを拝借し、両替した。


「両替! 雷の魔剣!!」


 十分に集まったお金を前にして、俺は四本目の魔剣を呼ぶ。

 集まった島々の人々の眼の前で、そいつは出現した。


『よくぞ俺様を呼んだな! 俺様はクラレント! 呼ばれたからには空を焼き、大地を引き裂かねば気が済まん! さあ、俺様を振るえ! 貴様が心弱きものなら、たちまち俺様がその精神ごと焼き尽くして……えっ、水の中の魔将を攻撃する? 思ったよりデカいこと言われたなあ……』


 魔剣クラレントは、出てくるなり捲し立てて、それからスッと冷静になった。


「魔剣も個性豊かなんだねえ」


 ミスティが感心している。

 ほんとにね。


「できる?」


『ハァ? 俺様を馬鹿にしてるのか!? 魔剣クラレントにできねえことは無いんだよ! そんなにな。あっちか? あそこに反応があるでかい魔力か? よし、まず一撃で海を割る。振るえ!』


「分かった! 行け、魔剣クラレント!! はあーっ!!」


 俺が気合とともにクラレントを振ると、突然空が暗雲に包まれた。

 そこから降り注ぐ、とんでもなく太い稲妻。


 海が爆発した。

 そして、海底にいたはずのそいつが浮かび上がってくる。


『ウボアーッ!!』


 でかい。

 真っ黒な岩に見えたのは、つるつるとした黒い金属の体だ。

 そして形は五つの角が生えたヒトデそっくり。

 中心に巨大な目玉があった。


『魔王様到着まで惰眠を貪ろうと思っておったら! この魔将デカラビア様を目覚めさせるとは、馬鹿な現地人もいたものだーっ!!』


 本当の本当に魔将だった。

 しかも、思っていたよりもとんでもないやつだ。


『ひひーん!』


 ナイトがいななく。

 背に乗れと言っているのだ。


「よし、行こう、ナイト! 頼むぞ、クラレント!」


 俺は勢いよく、馬に乗って水上を駆け出した。

 これは、魔王との戦いの前哨戦なのだ。

 

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