第68話 あったか北国のゴタゴタ

 水着は名残惜しいが、先に進まなくては。

 空に輝く魔王星は、少しだけその大きさを増したように思う。


 うかうかしていたらどんどん大きくなって、ついには魔王が降りてきてしまうだろう。


 俺の目的はミスティから能力をなくして、普通の女の子になってもらってから一緒に暮らすことだ!

 その先で、あんなことやこんなことを……!

 頑張ろう。


「ウーサーがなにか決心した顔に! キリッとしてるとかっこいいよねえ」


『わたくしからすると、何をしてても可愛らしいですがね』


「そりゃ、ニトリアはお年が離れてますからー」


『そっ、そんな年齢ではありませんよ!!』


 女子たちがムキーっと言い合っている。

 そんな船の上なのだ。


 漁場について争っているという北方の人々は、独自の文明を築いているらしい。

 大きな帆船で行くと警戒されてしまうということだったので、俺は小舟を幾つか作って繋げた。

 後ろには、ライズとナイトが乗ってる。


 船を引っ張るのは、エグゾシーが作ったアンデッドフィッシュだ。

 まあまあ速い。


 ぐんぐん沖を進んでいくと、海上で船がぶつかり合っている光景に出会った。

 半裸でムキムキ、日焼けした男たちが、木を削って作った素朴な槍を振り回して戦っている。

 船はそこそこ大きいけど、手漕ぎ型で細長い形。


 舳先がカーブしながら長く尖っているから、これを絡めあって船を繋げて、お互いの船に乗り移って戦っているようだ。

 あっ、槍を突き刺されて誰か落ちた。


 海に血が広がっていく。


「ひえー」


 ミスティがか細い悲鳴をあげた。

 基本的にミスティ、荒事が苦手だもんな。

 以前よりは随分肝が据わったとは言え、彼女がいた世界は争いごとが全然少なかったらしいから。


 性根が優しいのだと思う。

 だから俺が守らねば!


「行くぞエグゾシー! まず、この戦いを止める!」


『よし来た! それ、アンデッドホースよ。泳げ泳げ!』


 ぐんぐんと加速する、俺たちの小舟。

 ついに、戦場の真っ只中に躍り出た。


 さては新手かと、現地の人たちは槍を持ち出して臨戦態勢だ。


「十頭蛇の方から来ました! 戦いをやめてください! 解決策を作ります!」


 俺は声を張り上げるけど、うるさい戦場ではろくに響きもしない。

 これは静かにさせなくては。


「ナイトの蹄鉄のために、魔法の針が減っちゃったな」


『あの蹄鉄があれば、ナイトは水上を走れるぞい』


「ほんとに!?」


 エグゾシーから凄い情報をもらった。

 槍が次々投擲されてくるけれど、これはニトリアが立ち上がって受け止めている。

 彼女、魔法が掛かっていない物理攻撃の大半が通じないらしいので、涼しい顔だ。


『素朴な攻撃ですねえ。ですけれど、投げている方々が可愛くないのでわたくしとしては不愉快ですが』


「ありがとうニトリア!」


『おほっ! ウーサーくんにお礼を言われるなんて! いえいえ、いいんですよ、後でちょっとチュッとさせてもらえれば……』


「だめ! だめー!」


『おほほほほ、戦場で役立つわたくしにとっての役得ですよー』


 なんかわあわああ言い合う女子たちをよそに、俺はナイトの背中に飛び乗った。

 エグゾシーはライズの頭にちょこんと乗る。


「エグゾシーも行くの?」


『ただのロバが水上を走れるものか。あっちがやかましいからライズの上に避難してきたんじゃ』


「ぶもー」


 エグゾシーとライズは仲良しだからまあいいか。


「よし、ナイト! 行くぞ!!」


『ひひーん!!』


 ナイトがいななく。

 そして、小舟をふわりと飛び出した。


 水上に着地する。

 これを見て、周囲の人々が目を丸くした。


「う……海の上に馬が……!?」


「ば、化け物だ!」


 俺はナイトを走らせながら、争っている人々を観察する。

 あの木の槍……。

 安そうだ。銅貨一枚か二枚くらいだろう。


「両替!」


「あっ」


 争っている人々の手から、全ての槍が消えた。

 銅貨になってしまっている。


「やっぱり、銅貨二枚か。魔法的な力も無いみたいだ。じゃあ、この人たちの本気は武力じゃなくて……」


「うおおおー! 怪しげな術を使う奴め! 精霊よ力を貸してくれ! あいつを打ち据えろ!!」


 男たちの間から、全身に入れ墨をしたやつが飛び出してきて叫んだ。

 その声に応えて、海に突然水の柱が出現する。

 そいつは俺目掛けて、一気に崩れてきた。


「集まれ硬貨! 両替、見張り塔!!」


 そこへ、海を貫くように見張り塔が出現した。

 崩れてきた水が真っ二つに切り裂かれる。


「両替!」


 沈もうとする見張り塔を回収して魔法の針に変える。

 そして周囲を改めて見回した。


「船の値段は……大体これくらいか……!」


 銀貨十枚か十一枚くらい!

 今まで様々なものを見てきて、相場感覚というものが出来上がりつつある。


 俺たちの小舟が銀貨五枚。

 だったら、あの船の規模と作りならこの値段だ!


「おお!? せ、精霊の力を! 面妖な……!! 気をつけろ!!」


 入れ墨の男が叫んでいる。

 もう遅いぞ。


「両替!!」


 俺はその場にあった、俺たち以外の全ての船を硬貨に変えた。

 銀貨が集まってくる。

 それを束ねて金貨にし、魔法の針に変える。


「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」

「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」

「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」

「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」


 聞こえた範囲でざっとこれくらい。

 この数倍の人間が、いきなり海に落ちた。

 足場にしていた船が消えてしまったんだから、そりゃあ驚いただろう。


 もう、争うどころか騒ぐ余裕もない。


「戦いをやめろ!! 問題解決のために俺は来た! まずは落ち着いて話し合おう!!」


「この場で一番強い人にあれ言われたら、ねえ」


 ミスティが笑いながら呟くのが聞こえるのだった。

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