第66話 魔法の蹄鉄
遊牧民たちのところで、別に何をするわけでもない。
乗馬を習って、みんなと暮らして、仲良くなって。
そういう普通の生活をした。
なんとなく、そうするのが一番いいと思ったからだ。
馬の習性を学んだ。
彼らは人の気持ちを読む。
気分屋で、それぞれとても個性的。
これはエグゾシーが呼び出したアンデッドホースも同じだった。
『ぶるるー』
『なんじゃ、なんか語っておるぞ』
「何を語ってるのさ」
『アンデッドホースの中には、英雄であるマナビ王とともに地を駆けた存在がいたそうじゃ。こやつもそのようになりたいと願っておる。このままだと朝日を浴びると消えるんじゃが』
『ぶる、ぶるるー!』
「嫌がってる」
『永続化するか? するには強い魔力を宿してやらねばならんが』
「強い魔力……」
このアンデッドホースは、英雄になりたい馬だった。
実に個性的だなあ。
「すみません、なんか魔法の力が宿った馬を強化するみたいなのはありますか」
遊牧民の人に聞いてみた。
すると、彼は「あるよ」と頷くではないか。
「だけど、我々の宝だし、一個しか無いからね。使い物にはならないし、使わせてもらうこともできないと思うよ」
「じゃあ、触らせてもらうだけでいいです」
「そうかそうか。じゃあ、我々の素晴らしい宝を見せてあげよう」
遊牧民の人はニコニコになった。
俺を案内してくれる。
ミスティも興味を持ったらしくついてくる。
「遊牧民の人のお宝ってなんなんだろうね? 家族と家畜が宝だーって言いそうだけど」
『彼らは嵩張る宝を持って歩けないので、大抵は装飾品にして持ち歩くようにしているのですよ。ですから貨幣などをあまり所有しません』
「ニトリア詳しい~」
『ふふふ、傭兵としての心得ですからね』
ミスティとニトリア、結構仲良くなってる?
なんだかんだで、女子二人で長くいるし、全く違うタイプだけどお互い譲り合いはできるしなあ。
良いことだなあと思っている俺なのだった。
『お前を取り合わない限りは喧嘩せんからな、あやつら』
エグゾシーがボソリと言った。
遊牧民の人に案内されたのは、族長のテントだった。
半球状のかなり凝った形のテントで、昼は涼しく、夜は温かい。
「ほう、宝を見たい?」
族長がニヤリと笑った。
あっ、これ、見せたくて仕方ない人の顔だ。
「あ、はい、見たいです」
「仕方ないのう。こんな夜分に訪れたのだ。見せてやろう……」
彼はゴソゴソと荷物を探り、その一番奥から木箱を取り出してきた。
「これだ! 見よ!」
そこにあったのは……。
キラキラと自ら輝きを放つ、蹄鉄だった。
「おおーっ! 馬のですね!」
「そう、その通り! 由来は魔法帝国初期に遡る……。かつて、魔法帝国は馬を使わず、車輪で自ら走る車を使うようになっていた。だが、馬を愛する者たちは多かったのだ。彼らは馬が車に勝てるよう、この蹄鉄を作り上げた!」
蹄鉄を掴み、掲げる族長。
テンションが上がってる!
「これをつければ、馬は疲れを知らずに走り続けられる! 馬は活力を得て、周囲の魔力を己の力として吸いながらどこまでも活動できるのだ!」
「おおーっ! 触ってもいいですか?」
「いいぞ。極めて頑丈に作られてもいるそうだ。だが残念ながら、魔法帝国が分裂した際の動乱で失われ、この一つだけになってしまった……」
「なるほど……」
触らせてもらった。
すべすべしている。
これは……ええと、これくらいの値段かな?
結構いい魔剣一本分くらいの値段。
「これは……魔法の針が足りなくなるなあ。どこかで補充しないと」
『おう、では十頭蛇の仕事を手伝うか? 南国で一つ仕事があるとリーダーから連絡があったぞ』
「あ、じゃあそこで働こう」
「ウーサーもフットワークが軽くなってきたなあ……」
ミスティが呆れ半分、感心半分。
だって、今の旅って俺に全部任されてるもの。
自分の頭で考えて、自分の体で動いて……。
正直大変だけど、楽しい。
蹄鉄を覚えた俺がアンデッドホースのところまで戻ると、遊牧民たちが集まってきた。
なんだなんだ、と興味津々だ。
そろそろ、彼らは寝る時間のはずなんだけど。
旅人がやることが珍しいんだろう。
「よし、じゃあ……両替! 当分、本物の魔剣は呼べないぞ!」
俺が魔法の針を掴みだし、空中にばらまくと……。
それらがまばゆい輝きを纏い、変化した。
そして輝きは、四つの手のひら大のサイズに収束する。
「あっ、そ、それは……!!」
族長が叫んだ。
他の遊牧民たちも息を呑んでいる。
「そう。魔法の蹄鉄です」
それらを拾い上げる俺。
「俺、価値があるものを両替して、別の同じ価値のものに変える力があるんです」
「なん……だと……!?」
驚愕する遊牧民たちなのだった。
それはそうと、アンデッドホースに蹄鉄を取り付けるに当たって、彼らも協力してくれた。
蹄鉄を得たアンデッドホースは、その姿が変化する。
青白い、全身に燐光を宿したような馬だったのが、急に血色が良くなる。
魔力を全身に漲らせ、彼は嬉しそうに『ヒヒーン!』といなないた。
これを見て、ライズが「ぶもー」と鳴く。
アンデッドホースがライズに近づいて行って、鼻を突き合わせて何かお喋りしているようだ。
挨拶してるのかな。
「うーん、じゃあ、この馬の名前は……ナイト! 夜に生まれた馬だから!」
ミスティが名付けると、ナイトということになったアンデッドホースは、嬉しそうにまたいなないた。
俺専用の馬になるらしい。
「す……凄い馬だ……! ほ、欲しい……!」
遊牧民の族長が言っていたけれど、あげるわけにはいかない。
彼らに礼を言い、俺たちは翌日には旅立つことにするのだった。
そんな中。
遊牧民の子どもが、空を見上げて呟いた。
「ほしがふえてる……。まっかなおほしさま」
彼が指差す先には、見たことがない、信じられないくらい赤い星があったのだった。
あれはなんだろう……?
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