第65話 本物風の魔剣

 岩礁に船をつけて、両替で魔法の針に戻した。

 スケルトンたちも土に還っていく。


『わしの媒介は使い切りじゃ。ウーサーの能力が何度も使えるのがそもそもおかしいんじゃぞ』


 エグゾシーは、俺の腰の革袋を覗き込んでいる。

 そうか。

 船員スケルトンを作るためには、また船員たちの髪の毛が必要になるわけだ。


 魔剣鍛冶の里を襲ったエグゾシーは、あの時、たくさんの人の爪の先とか毛を用意して来ていたらしい。

 あとは犬もだな。


『使った材料に脂が少ないとスケルトンになる。脂や汚れが多いとゾンビになる。余計なものを削ぎ落として磨くとゴーストになるのう』


「そんな風に召喚対象が変わるんだ……」


 意外や意外。

 その場のもので即興で作り上げると、一つのことしかできない、アイススケルトンみたいな半ゴーレムになるそうだ。


『さて、乗馬を教えてやるとするか。ふんぬっ』


 エグゾシーが地面に降りて、むむむっと力んだ。

 すると、彼の周りの地面が盛り上がる。


 地面は人の形になり、エグゾシーはその中に飲み込まれた。


 起き上がってくる、岩の色をした人影。

 やがてその体がローブで覆われた。


 出会ったばかりの頃のエグゾシーだ。


『アンデッドホースを呼び出したいところじゃが、媒介があったほうがより馬らしい挙動になる。遊牧民を見つけて、毛の先をもらえるよう交渉するぞ』


「平和的だ」


『金が掛かっていないところで、余計な諍いを起こすほどバカバカしい事は無いからのう』


 魔神なのに、なんて現実的なんだろう。

 でも、十頭蛇は本来、組織された理由が世界を守るためみたいなものなので、当たり前なのかもな。


「じゃああたしたちは馬車で運ばれまーす」


『わたくしも長時間歩くと疲れますからねー』


『ニトリア、お前は仮にも十頭蛇のトップに名を連ねておるのに……。楽をしおって』


 エグゾシーが嘆いた。

 こうして俺たちは、遊牧民を探して背の低い草原地帯、ステップへ入っていった。

 見渡す限り、草原だ。

 地平線が見える。


「すげえ……。本当に、何もない」


 ライズが時折立ち止まり、草をもりもり食べている。

 辺り一面が、草の食べ放題状態だ。


 少し進んだところで、馬の姿が見えてきた。

 何頭かいて、近くに人もいる。


「こんにちはー!」


 俺が声を掛けたら、彼らは振り返った。

 こちらの様子を観察されている気配がある。


 そして、俺たちが武装していないと分かると、馬に乗って駆け寄ってきた。


「ステップの外から来た者だな? まさか歩いて来るとは……。どれだけの距離を歩いたのだ」


 遊牧民の男の人だ。

 髭面だけど、肌がつやつやしてて目尻にシワがない。

 多分若い。


「船で来たんですよ」


「船で……? なるほどな」


 彼は頷いた。


「何か交易できそうなものは? え、ない? では残念だが……」


 うわー、去っていこうとする。

 分かりやすい人だなあ。


『まあ待て。おいニトリア。何か持っているだろう。蛇どもから抽出した薬だ。それをよこせ』


『ええー。わたくしの専売特許なんですけど』


 ぶうぶう言いながらも、小瓶を差し出すニトリア。

 エグゾシーは、これを遊牧民の若者に差し出した。


『惚れ薬だ』


「なにっ!? しょ、証拠はあるのか」


『わしらは十頭蛇だ。故あって貴様の助力を得たくてな。十頭蛇を名乗ることがどれだけのリスクを持っているか知らぬわけではあるまい』


「ぬっ!」


 遊牧民の人が、すぐさま指笛を吹いた。

 周囲から、馬に乗った人たちが集まってくる。


 みんな武器を携えているな。


「オーバス王国が十頭蛇の力を使って、ピークワイ草原を手に入れようとした。我らは追い払ったが、それよりオーバスと十頭蛇は敵だ!」


『やはりな。わしら、各国の紛争に介入しとるからな。で、その十頭蛇どういう能力じゃった? 草原で多数を相手にするなら、巨大化かわしのような部下を作るスタイルじゃが』


「巨大な金属の蛇が猛威を振るった!」


『あー、ヒュージか! あやつは血の気が多いからのう! すまんかったな』


 エグゾシーが気軽に謝ったので、遊牧民たちはポカーンとしたらしい。

 そしてすぐに、カッと頭に血が上ったらしい。


「バカにするつもりか! 許さん! 攻撃だ!」


「ひえー」


 ミスティが悲鳴をあげた。

 そして俺に目配せしてくる。


 仕方ないなあ。


「俺たち、戦うつもりはないです! 一応力を示しますね。両替!」


 弓が射掛けられてくる。

 それと同時に、俺は魔法の針を総動員して、そいつを呼んだ。


 猛烈な風が吹き荒れる。

 矢が飛翔できず、てんでデタラメに吹き散らされ、あるいは空中でへし折れる。


『我は天羽々斬』


 俺の手の中で、そう告げたのは魔剣だ。

 風の魔剣のオリジナル。


 風と嵐と雷を自在に操る魔剣。


 遊牧民たちはとても立っていられず、馬は次々に伏せ、彼らも地面に転げ落ちた。

 馬たちが怯えている。


 俺が掲げた一本の剣が放つ威容が、彼らの心を折ったのだ。

 空がかき曇り、雷鳴が轟く。


「な……な……なんだ、それは……! その力は……!!」


 遊牧民の若者が戦いた。


「俺は戦うつもりはありません。っていうか、最終的には皆さんの力を借りたいと思ってます」


「借りるだと……!? どういうことだ!」


「難しいことは言いません」


 俺が告げるであろう取引の内容を想像して、遊牧民たちが青い顔になった。


 そして俺は言葉を発するのだ。


「とりあえず、乗馬を覚えたいんで手を貸してもらえませんか」


「……は?」


 遊牧民たちがみんな、唖然としたのだった。

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