第56話 南の凍土へ
『いやあ……生きた心地がしませんでしたね……』
オクタゴンと別れて今日の宿を紹介された俺たち。
そんな中で、ニトリアが汗をぬぐう仕草をした。
全然汗なんかかいてないじゃないか。
『身についた生来の動作でしょうか。わたくし、相手を幻惑する効果のある赤い汗をかいたりするのですが』
「こわいこわい」
ミスティドン引き。
ニトリア、魔族とエルフの血が混じっているそうだから、どこにも人間の要素ないんだもんな。
「ニトリアでも怖いんだ?」
『あれが怖くないというのは異常ですよ。スキル能力者ではないわたくしでも怖いんですから、同じスキル能力者であるウーサーくんはもっと怖いと思っていたのに。そしてお姉さんが慰めてあげるつもりでしたが』
「ダメ!! それ、あたしのやることだから! あんた引っ込んでて!」
『独り占めはよくないですよ』
「後から来ておいて何よー!」
ミスティ、頭二つくらい背が高いニトリア相手にも全然負けてないな。
うちの女子たちはとても元気だ。
その様子を見ていると、小さい骨の蛇になっているエグゾシーが、ニトリアの肩からぴょーんとジャンプしてきた。
俺の頭に着地する。
『何をしておる。チェックインするぞ。わしも気疲れしているから、ひとまず休みたい。部屋割りはどうする? わしは男でも女でも無いが、貴様らは違うだろう』
「エグゾシーが真面目なこと言ってる」
『貴様らがいつまでもわいわいしてて、話が進まないからじゃ! それ、行くぞ。ウーサー歩け歩け。お前が先導せんでどうする。女どもはいつまでもああやってじゃれあっておるぞ』
「あっ、はいはい」
まさかあのエグゾシーを頭に乗せて行動することになるとは。
結局その日、部屋割りは男女部屋で分かれることになった。
ミスティとニトリアからブーイングが凄かったけど、これは仕方ない。
俺はエグゾシーと一緒の部屋だ。
『やれやれ、ようやく静かになった』
エグゾシーが、こてんと広いベッドの上に転がった。
ここのベッド、見た目はシンプルなのに他で見たこと無いくらい豪華に思える。
手触りとかサラサラだし、藁を積めている様子もないし……。
二つベッドがあるので、もう一つを俺が使うことにする。
『まさかリーダーも、魔王との戦いにお前を使うことにするとはなあ。これも運命の導きというやつか』
「俺はあんたがそういう使命を負ってるって言う方がびっくりだよ。てっきり悪いやつだと思ってた」
『何気にわしは不要な殺しはせんからな。後々の商売に差し支える……。ゾンビはな、死体を操っているではなくて、ああいう姿のモンスターなのだ』
「そうだったの!?」
『そう。わしが骨を軸にして作り上げるモンスターだ。死んだ人間がいれば、そいつの肉を素材にするのでそっくりな外見になる。土を使って生き物っぽい見た目にもできる』
「意外な事実だ……」
『それがわしの、魔将としての能力だからな。わしの他に四人、魔将が降りてきた。だが、四人ともやられた。わしは頭が柔らかいから、ごめんなさいして生き残ったのだ』
あまりかっこよくないカミングアウトだ。
だけど、お陰でエグゾシーはずっとこうして生き残っているんだものな。
『次は南方の凍土か。あそこで一体の魔将が討ち取られたが、それがバーバリアンどもがあの地を完全に放棄する理由になっておる。なぜだか分かるか?』
「……どうして?」
『魔将が残した置き土産があるからよ。規則を失った氷の化け物どもがうろついておる。見つけたもの全てを食い殺し、凍てつかせる連中がな。わしのゾンビでは大変分が悪い。凍るからな……』
「そっか。じゃあそこで俺がなんとかすればいいわけだな」
『そういうことだ。魔王ってどんなやつかと知る、いい機会にもなるだろう。リーダーも毒が抜ける前は恐ろしい化け物だったが、今はああしてすっかり覇気が無くなっている』
恐ろしいウーナギ。
想像もできないな。
そんな話をしていたら、女子部屋がわあきゃあと騒がしくなってきた。
この宿、俺たち以外に泊まっている人がいないので、大きい声がすぐに聞こえてしまうのだ。
争っているのか、仲がいいのか……。
『ニトリアもせいぜい二十年程度しか生きていない小娘ゆえな。優れた才があったために十頭蛇となったが、まだ遊びたい盛りであろう』
「そんな若かったんだ」
意外過ぎる。
シクスゼクスに出張した十頭蛇の一人が、魔族の民間人からスカウトしたらしい。
スキル能力者の姉がいるとか。
『お前に執着しているようだが、それはそれとして、年頃の近い女が仲間になって楽しいのだろう。好きにさせておくと良い』
それだけ言うと、エグゾシーはすやすや眠り始めた。
魔神でも寝るんだなあ……。
俺は両替の練習をしばらくやった後、満足してから床についた。
翌朝。
オクタゴンの眷属、カエルに似ているアビサルワンズの人たちがワイワイとやって来た。
みんな、手に手に高そうな物品を持っている。
宝石がついた剣とか、王冠とか、ネックレスとか。
「こ、これなんですか?」
『我々が海から引き上げてきた財宝ですよ』
『イースマスは海に面しているでしょう。よく、我々は素潜りで漁に出るんです』
『ひと泳ぎで数キロ先まで行きますけどね』
わっはっは、と無表情で盛り上がるアビサルワンズの人たち。
表情が動かないだけで、感情表現豊かなんだって、俺はスミスで知ってる。
「これを、俺に? どうして?」
『オクタゴン様が、あなたの能力はお金になるものが必要だからって仰ったんですよ』
『我々も、こんなもの持っていても玄関の飾りにしかなりませんしね』
『持って行って下さい。世界を救う足しにしてください』
「ありがとうございます!」
その他、いつも使っている荷馬車をチューンナップしてもらった。
幌付きになり、車輪の回転効率が上がる。
ロバのライズはより少ない力で荷馬車を引っ張れるのだ。
「ウーサーの人徳だねえ」
「ミスティが神様と仲良くしてくれたお礼じゃない?」
「そうかな? そうかも? でもウーサもなかなか」
「いやいや」
『何をやっとるんだこいつら』
『う、羨ましいです、ぐぎぎ』
もらった物品を魔法の針に変え、一部を革袋にする。
それを仲間たちに分散して持ってもらって、両替のための材料はたっぷりだ。
俺たちはシクスゼクスの向こうの、南の凍土を目指すのだった。
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