第52話 意外なその名は

 俺たちは、森王国に連絡を入れてから旅立つことにした。

 善は急げ。

 すぐにミスティのスキル能力をなくしてあげたい。


「本当にこいつと行くの? うえー」


『失敬な小娘ですね。わたくしはあなたの倍は生きているのに』


「おばさんじゃん!」


『わたくしはエルフと魔族の混血なので人間の二倍くらいの寿命があるので問題ありません』


 ふふーんと勝ち誇るニトリア。

 森王国をちょっと離れたところで、一休みすることにした。


 見渡す限りの大平原。


『ここにはかつて、フォーホース帝国という謎に包まれた国が存在していたと言われています。ですが、その国は自らを解体してしまいました。存在理由であった魔導王の打倒を果たしたからと言われています』


「物知りだなあ……」


『わたくし、武力に自信がないぶん頭脳で勝負していますからね。ウーサーくんもっと褒めて下さい』


 得意げなニトリア。

 座っていると、俺の横までスーッと移動してきて、ぎゅうぎゅうくっついてくる。

 うわーっ! や、やわらかい!!


「ちょっとー!! ウーサーに手を出さないでよー!」


『十頭蛇たるもの、手を先に出すのはイメージが違いますから。わたくしはこうやって体で攻めます』


「もっとダメでしょ!! ってかあんた、蛇の鱗みたいにピカピカ反射する、体の線がくっきり出る童貞を殺す服みたいな格好はめっちゃ目立つじゃん!」


『不思議な表現が飛び出してきましたねえ……。それに、これはわたくしの仕事着。表面に小さな鱗のパーツを埋め込むことで、這いずりながら高速移動ができる装備なのですが』


「もうちょっと目立たないようにして!」


『うるさい小娘ですねえ……』


 ニトリアがちょっと不服そうに唇を尖らせた。

 結局、上に一枚羽織ることで決着したようだ。


「じゃあ両替」


『ウーサーくんが用意してくれるのですか!? これは嬉しい展開です。喜んで着ます』


「うわーっ! こ、こいつぅー」


 ミスティがじたばたしている。

 ニトリアが着てから、動作が面白いなあ。

 一体どうしたんだ。


 こうして、三人での移動を行うことになった。


『そうは言っても、わたくしたちのリーダーは連絡が取れる場所に行けばどこにでも現れますから、そう待たせることは無いと思います。この近くですと……シクスゼクス帝国の外れの村でしょうか』


 あちこちに拠点があるらしい。

 草原の土地から、シクスゼクス帝国へ移動することになった。


 そこって、森王国とずっと争ってる国じゃ無かったっけ?


『お互いに意図して緊張状態を作り出しているところはありますね。お陰でわたくしたち傭兵も食いっぱぐれません。恐らく彼らはこうして戦力を維持することで、他国に侵略を許さないようにしているのでしょう。武力を見せて、結果的に周辺地域を平和にする活動です』


 そんなものがあるのか!

 世の中は複雑にできている。


 確かに、森王国の周りにある小国は、どれも戦争を起こしていなかった。

 すぐ近くに強大な武力を持つ国があると、小国同士で争うのがまずいと思えるのかも知れない。


『まあ、それでも溢れ出してくるシクスゼクスの魔族があちこちで悪さをするわけで、これもまたわたくしたち傭兵が鎮圧の仕事を請け負うことになっているのですが』


 道すがら話を聞いていたら、十頭蛇はかなり自由な組織らしい。

 依頼料の半分を組織に収めたら、あとは自分で好きに使っていい。

 仲間は自由に動員していい。ただし死者が出たら、後始末はちゃんとすること。


 能力が高い……これは戦闘力だけではなくて、応用力とか工作とか作戦能力も含まれるらしい……人は、十頭蛇の十人の幹部になれる。

 幹部の選択は、リーダーである十頭蛇の一が行う。


 後は、何か目的があって、この強力な組織を維持しているらしい。

 メンバーをスカウトするために、俺がいたスキル能力者孤児院を活用してるとか、色々聞いた。


「あたし、十頭蛇って分かりやすい悪の組織だと思ってたわ」


『見た目と印象が悪いですからね、よく言われますねー。ですが十頭蛇の六のサイフォンさんは普通に奥さんとお子さんがおられて、表向きは行商人として暮らしていらっしゃいますし、儲けの一割はその土地で慈善事業を行ったりされてます』


「人格者がいるなあ!」


 俺たち、最初に出会ったのがヒュージだったんで十頭蛇の印象はかなり悪かったけど、あれはヒュージの素行が悪かっただけっぽい。


『ヒュージは若いですからね。多少イキるのは仕方有りません。ねえ?』


「なんであたしに同意を求めるわけ!?」


 なるほどなるほど。


 シクスゼクスに入って、魔族の国だということで俺はちょっと緊張した。

 だけど、ニトリアが先に立って魔族の人々に挨拶すると、反応は和やかなものになった。


「ここは人狼の村なんですが、昔は迷い込んだ人族の旅人を計略にはめてなぶり殺すようなことをしていたものです」


「今村長さんが恐ろしいこと言ったんだけど」


 ミスティが俺の後ろに隠れる。


「はっはっは。今はもうやっていません。ある時泊めた旅人が化け物でしてな。計略にはめたと思ったら逆に計略に引っかかり、村はあわや全滅という目に遭いました。大人たちが皆殺しに遭うのを見た子どもたちは、このゲームは本当にリスク高いからやめとこうと言う話になりまして」


 凄い伝承があったものだなあ……。

 だけど、確かに村が全滅しかけたんなら、再開しようなんて思わないだろう。


 村長の家を提供してもらい、その一室でニトリアから連絡を取ってもらうことにした。

 相手は十頭蛇の一。

 リーダーと呼ばれている存在だ。


 十頭蛇の二である魔神、エグゾシーよりも古い構成員というか、この組織を始めた人物だそうだから人間じゃないのは確かかな……?


『リーダー、リーダー、応答を願います』


 ニトリアはどこからか蛇を取り出すと、呼びかけ始めた。

 蛇を通じて連絡を取り合うんだろうか?


 すぐに、返答が来る。


『やあやあ、ニトリア。状況はよく把握しているよ。僕からそっちに行くからちょっとまっててくれ。まあ、二人ともめちゃくちゃびっくりするだろうけど』


 ……ん?

 蛇から聞こえてきた、ややのんびりとした男性の声。

 それに聞き覚えがある。


 ニトリアが振り返り、フフフ、と笑った。


『すぐにリーダーがお越しになりますよ……。最近は森王国に潜入し、エルフの仲間みたいな顔をして活動されていますから』


「エルフの……仲間みたいな顔!?」


 なんとなく思い浮かぶ、掴みどころのないエルフの顔。


「ウーナギ……!」


 ミスティがその名前を呼んだ。

 そうだ、それだ!

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