第48話 少年大好きな十頭蛇

 暗がりの中、壁に張り付いている人影がある。

 手足を揃えて、ピッタリと壁の凹凸に寄り添うようにして、そいつはいた。


 体のラインから、女だと分かる。

 頭が下向きになっていて、長い髪が垂れ下がっていた。


『あら、気付かれてしまいましたね。そしてよくよく見れば、美味しそうな少年。わたくし、可愛らしさの残った少年が大好きなんです』


 丁寧な口調だが、なんか背筋がゾゾッとした。

 女はくねくねと身をよじり、壁を伝って地面に降りてきた。


 ゆっくり立ち上がる。

 その間にも、彼女の周りには無数の蛇が集まってきていた。

 俺が倒した過激派たちの懐なんかに潜んでいたみたいだ。


「なんか超気持ち悪い人なんだけど!」


『失礼ですね!』


 あっ、ミスティの言葉に普通に怒った。

 そりゃ、気持ち悪いとか言われたら怒るよなあ。


『わたくしは十頭蛇の九、ニトリア。先程の能力を拝見しますに、そちらの少年は先日、ヒュージを退散させたスキル能力者でしょう?』


 立ち上がった彼女が首を傾げる。

 背が高い。

 ゴウと同じくらいの上背がある。その長身で首を傾げると、長い髪もつられて流れていく。


 なんかもう、怖い人だなあ!

 俺の本能が告げてるぞ。


「う……ウーサーだ! 俺はあの時より強くなっているぞ!」


『ええ、ええ。それはもう、先程拝見いたしました。あの高速の変化と応用能力……。極めてたちが悪いですねえ』


 蛇を思わせるローブを纏った彼女が、ぶるぶる震える。

 恐怖を感じてるのかな、と思ったら、自分の肩を抱いて恍惚としてるんじゃ……!?


『可愛い上に強い少年……! わたくしの性癖にドンピシャなんです……! あの、あの、失礼ですけれどもあなた様はフリーです?』


 うわーっ、背筋がゾゾーっとして来た!

 そんな俺をかばうように、ミスティが前に出た。


「ウーサーはダメ! ダメだからね!! あたしが最初に唾つけて、ずっと育ててて、どんどんいい男になってきてるところなんだから!」


『おやおや、そうでしたか。わたくし、他の女から少年を横取りするのも好きなのですが……』


 十頭蛇のニトリアを囲む蛇たちが、一斉に鎌首をもたげる。

 俺たちを威嚇しているのだ。


 こいつら、爆発する蛇なんだよな。

 まだ、ニトリアの能力が正確に分からない以上、うかつに仕掛けるのは危険だ。


「両替!」


 なので、俺はまず、この建物を破壊して見晴らしを良くすることにした。

 撒き散らした魔法の針が、全て武器に変わる。

 飛翔する武器が、この建物をずたずたに切り裂いていく。


『あーれー』


 ニトリアと蛇たちは、降り注ぐ瓦礫から逃げ惑っている。

 わざとらしい。


 すぐに、建物は崩れ、外と変わらない状態になった。

 日差しが差し込む中、ニトリアの姿があらわになる。


 ローブは体に張り付く作りになっているみたいで、彼女の曲線がよく分かる。

 むむむ……足が長くて、胸とかお尻とか太ももが太い……。

 腰のあたりがキュッとくびれてる……。


「ウーサー!」


「あいた! ごめん!」


 見とれかけて、ミスティにペチッと叩かれた。

 我に還る俺。


 一瞬、視線を完全に持っていかれてた。

 あいつの能力に違いない。


『うふふふふ……。戦場を作り、わたくしをここで仕留めるつもりですね?』


「そうだ! この騒ぎの首謀者め!」


『あ、それは違います。十頭蛇の名誉のためにも申し上げておきますけど』


 ニトリアが真顔になったので、俺もミスティも「「えっ?」」と驚いた。


『わたくしたち、あくまで傭兵集団なんですよ。ですから、雇い主によってスタンスも変わります。今回は戦神教団のタカ派の方々に雇われまして、彼らに暴動の起こし方や戦い方をレクチャーしておりました』


「そうだったの……?」


『そうです。それに彼ら、むさくるしい男女ばかりで、わたくしの趣味ではとてもなくて……。事務的に仕事を終えて、さっさと帰りたかったところなのです』


「だ、だったら」


 ミスティが蛇たちを指差す。


「こいつら何よ! 爆発する効果を持った蛇なんて、危険な爆弾みたいなものじゃない!」


『ああ、この子たち』


 にっこり微笑むニトリア。

 目が細まると、蛇みたいな印象が強まる。

 唇の隙間から、細長い下がちらりと覗いた。


『この子たちは甘い息を吐くんです。その息には、精神を高揚させる成分が含まれていまして。ああ、副次的に爆発する効果もあるんですよ? この子たちの脱ぎ捨てた皮は、ちょっとした衝撃で破裂しますから』


 本体は無事です、と微笑むニトリア。

 ……なんだろう。


 この十頭蛇、ものすごく危ないヤツだというのは分かるんだけど……。

 敵意みたいなものが無い。


「言いたいことはそれだけ? じゃあ、やっつけちゃおうウーサー!」


「お、おう!」


『ちょっと! ちょっと待ってください!!』


 ニトリアが手をぶんぶん振った。


「なによー!」


 ミスティが険悪な声を出す。

 なんか彼女、妙にニトリアを排除したがってるな。


『わたくしの能力は見ての通り、直接的な戦闘に向いていないんです。ですからつまり……ウーサーくんには勝てません』


 肩をすくめて微笑むニトリア。


『先程は自分の性癖に負けて、ウーサーくんを欲しがってしまいましたが、正面からぶつかると負けます。わたくし死にたくないので、見逃していただけませんか?』


「潔い命乞いだなあ……」


 俺はある意味感心してしまった。

 そうこうしていたら、ゴウと王女様も戻ってくる。

 二人は別のところで、過激派たちとやり合ってたらしい。


「へえ! こいつが敵の親玉ね! 姫が一刀両断にしてあげる!」


 話も聞かずに飛び込んでくる王女様。

 ニトリアは慌てて、


『あーれー!? お助けー!』


 とか叫びながら地面に倒れ込んで、猛烈な勢いで這いながら瓦礫の影に隠れる。

 王女様の光の剣がニトリアに到達する前に、近くにいた蛇が脱皮した。


 皮が、パァンッ!と炸裂する。


「きゃっ!? このおっ!!」


 爆発を、光の剣で切り裂く王女様。

 その間に、ニトリアは逃げてしまったようだった。


「ちっ、逃したか」


 降りてきたゴウが、周囲を警戒している。


「向こう、完全にやる気をなくしてたから大丈夫だと思うけど」


 俺はニトリアが、この間のエグゾシーみたいな根っからの悪党とは思えないなあ。

 いや、過激派の一人は爆破されてるんだけど。


 どこからか、声が聞こえてくる。


『それでは皆さん、ごきげんよう。わたくし、ウーサーくんがとても気に入ってしまいました。次はぜひ、味方でお会いしましょう。そしてお姉さんといいことしましょう!』


「うわー」


 背筋がゾゾゾっとした。


「て、敵ー!」


 ミスティは顔を真っ赤にして怒るのだった。

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