第43話 神の国の事情

「ふうん、ここは姫の力の見せ所みたいね」


「いかん、死者が猛烈に出るぞ! ウーサー、殿下に仕事をさせるな!」


 ゴウが物凄く焦った声を出した。

 俺も同感だ。

 絶対、王女様は手加減という言葉を知らない。


 俺は荷馬車から飛び降りながら、魔法の針をまとめて手に取った。

 それを暴徒化しつつある人々の頭上に向けて放り投げる。


「両替! 藁!!」


 一瞬で、魔法の針はその姿を変えた。

 突然、空が真っ暗になる。

 曇ったんじゃない。俺が作り出した大量の藁で、空が見えなくなったんだ。


「な、なんだ!?」「真っ暗に……」「空から何か……」

「「「「「ウグワーッ!?」」」」」 


 降り注いだ大量の藁に、暴徒たちは覆われてしまった。

 みんな身動きもできない。


「あーっ、また藁使ってるじゃない。姫、藁だいっきらい!」


 俺に負けた記憶が蘇るらしく、王女がむくれた。

 ミスティは大喜びで手を叩いている。


「あっはっはっはっは! すっごい! 広場が藁の山になっちゃった! これは動けないねえ!」


 ついさっきまで暴れていた連中が、藁にまみれてもがもがと蠢いているばかり。

 たまにあちこちで藁がポーンと空中に飛ぶのだけど、あれはきっと、彼らが魔法を使ってどうにかしようとしてるんだろう。


「やるもんだな。平和的な能力の活用方法だ」


 ゴウが俺の背中をポンと叩いた。

 おお、褒められた!


 無駄に人を傷つけるのもなんだかな、と思っていたし、これで片付くならいいことだと思う。

 その後すぐに、たくさんの騎士を連れたアンナが戻ってきて、この状況を見て腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「な……なるほど。そちらの少年はスキル能力者だったのですね。しかもこれほどのことを成すだけの力を持っている……。藁の召喚かな……?」


 違うけど黙っていよう。


「ですが、彼が善良であったことは何よりの救いです。信者たちも藁に押し潰されているだけで、命に別状はなさそうです。それで……この藁は回収できますか?」


「あ、はい。両替!」


 俺が宣言すると、広場を埋め尽くしていた藁の山が、一瞬で魔法の針に変わった。

 それは俺に向かって引き寄せられてくる。


 革袋を構えたら、そこに全てが収まった。

 広場はきれいな状態に戻る。


 これには、アンナばかりでなく、騎士や元暴徒たちもポカーンとしている。


「す……凄い力じゃないですか……!」


「でしょ?」


 何故かミスティが得意げなのだった。


 しばらく国内を案内してもらう。

 城壁の中がセブンセンスの首都で、この外側にも耕作地とかが広がっているそうだ。

 だから、首都だけならそこまで広くはない。


 各宗派によって明確に区切られていて、わかりやすい。

 海沿いは海神の場所だ。


「昔は交易神がおられたんですが、今はかの神は独立されまして」


「神様が独立なんかするんですか」


 俺は大変驚く。

 どういうことだ。


「世界に交易の網を広げ、どことでも取引できるようにしよう! という野望をいだき、交易神様は信者を引き連れて国を飛び出したのです。そして自ら国家を作り上げたそうですが……。エルトー商業国というですね」


「あそこ、交易神の国だったんだ!!」


 今明らかになる事実。

 神様のお膝元で俺は暮らしてたんだなあ……。

 道理で、商売が正義でなんでもありな国だったはずだ。


「では皆さん、次は慈愛神が運営する、一夜の愛を売る場所に……」


「ダメ~っ!! ウーサーはだめっ!!」


 ミスティが凄い形相で止めてきた。


「一夜の愛……? それなに? ミスティは知ってるの?」


「し、し、知ってるけどまだ教えない! ウーサーはまだ行かなくていい! ってか、ずっと行かなくていい!」


「は、はあ」


 必死だ!

 これを見て、ゴウがニヤニヤしていた。

 王女様はつまらなそう。


「ねえ! 戦神の闘技場行くんじゃないの!? 姫は退屈で死にそうなんだけど! あー! つまらない! つーまーらーなーいー!!」


 あっ、荷馬車の上で暴れ始めた!

 手加減して暴れてるんだとは思うけど、ガタガタ車が揺れる。


「ほんと、子どもだねえー」


 勝ち誇った顔のミスティ。

 仕方ないなあと振り返り、王女様をこちょこちょくすぐり始めた。


「あきゃーっ」


 くすぐられると、王女様は行動不能になるんだよな……。

 もしかしてミスティ、誰よりも王女様の扱いに長けてきたんじゃないか?


 その後、慈愛神の奥まったところにある大人の繁華街とやらはスルーして、診療所を見て回り、技巧神の工場、戦神の闘技場と回った。


 闘技場では王女様が張り切り、光の刃なしで戦神の信者たちと渡り合っていた。

 圧倒的体格差があるのに、王女様は身体能力そのものが異常に高いらしく、相手をポンポンと放り投げたり、バタバタなぎ倒したりする。


「見ろウーサー。あれが基礎的な運動力が高いってことだ。体重で言うと殿下は軽いが、それでも一点に集中させると大男の顎を蹴り抜いて昏倒させたりできるんだ」


「なるほど……! 確かに凄い!」


 大男を放り投げるのは、相手の勢いを利用しているようだ。

 あ、いや、今力ずくでねじ伏せて放り投げたな?

 あれは参考にならないやつだ。


「どう? 姫の強さを見た? この間のは油断しただけなんだからね! また後で勝負よウーサー! あー、気持ちよかったー! すっきりしたー! じゃ、姫はちょっと寝るから。食事の時間が来たら起こしてよね」


 散々暴れてスッキリした王女様、汗一つかかずに戻ってきて、荷台の後ろで丸くなるとぐうぐう眠ってしまった。

 大物だなあ……。


「とんでもない女ねー」


 ミスティも呆れる。

 確かにこの王女様、森王国最強の一角なんだろう。

 油断してないこの人とやりあうと、今の俺だとかなり危ない気がする。


 精進せねば……!


 そうこうしていたら、騎士のアンナに他の騎士が駆け寄ってきた。


「法王猊下にアポイントが取れました! 森王国のシェリィ殿下が来ているとお伝えしたところ、玉座から滑り落ちるほど驚かれて腰を打ちまして、今回復されたので会うということに……」


「そうですか。腰は大丈夫そうですか?」


「慈愛神の最高司祭がたまたま一緒の部屋から出てきましてすぐに回復の奇跡を」


「たまたま一緒の部屋に……。ま、まあきっと慈愛の一環なのでしょう」


 何か俺の分からない会話がされている。

 ミスティが俺をチラチラ見ているがなんだろうか。


「では皆さん」


 アンナが歩き出す。


「法王猊下の元へ案内します。ことの全容を、猊下がお教えして下さるでしょう」

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