第42話 広場の暴徒と謎の女
「で? 姫をこのまま外で待たせておくわけ? はー、セブンセンス法国ってところも身の程知らずねー。大変なことにならなければいいんだけどー?」
聞こえよがしに王女様が言ったら、近くを歩いていた法国の兵士らしい人がギョッとした。
ピンクの髪をして、たまにチラチラっとピンク色の光の翼を見せる女の子なんてめちゃくちゃ目立つもんな。
「シ、シェリィ王女殿下!! 少々お待ちください!!」
兵士の人は裏返った声で叫ぶと、凄い勢いで門へと戻っていった。
「いいのかなあ……」
俺が呟いたら、以外にもゴウが「いいんだ。姫様は仮にも王族だからな。貴き地位にある者は優先されなければならない」
あ、正しいんだ。
まあ確かに、王女様が暴れ出したら誰も止められないしな……。
「気の毒なくらい慌ててたねえ……。王女様はあれかな? 我慢とか教わんなかったのー?」
「はあ? いらない我慢ってのもあるんですけどー。お父様からのお説教はしなきゃいけない我慢だけど、姫はお父様以外には我慢しないし」
お父さんっ子だ。
ミスティと王女様がわあわあ言い合っている。
本当に仲がいいなあ……。
これをのんびり眺めていたら、法国側からキラキラ光る鎧を着た女の人が走ってきた。
「おっ、遅くなりました! 至高神の騎士、アンナと申します! 王女殿下と皆さまを案内します!」
「それでいいのよ」
ふふーんとふんぞり返る王女様。
その脇腹を、ミスティが突っついた。
「アキャーッ」
王女様が変な声を上げて丸くなった。
「ちょ、ちょっとあんたやめぇ……」
「あんたくすぐったがりね! 弱点見つけたり!」
「あきゃきゃきゃーっ!?」
おお、シェリィ王女がミスティにめちゃくちゃにくすぐられている。
くすぐられて笑っている間は、彼女は安心安全なようだ。
騎士のアンナはホッとした様子で、
「ではこちらへ。特別なルートを用意してあります」
と俺たちを連れて行った。
「私はいつも、案内役を承っている者です。六つの教団は表向き均衡を保っていますが、手綱を握っているのは至高神アクシスですので」
至高神、戦神、技巧神、知識神、慈愛神、海神という六つの教団が、セブンセンスには存在しているらしい。
一番規模が小さいのが海神らしいけど、これはどうやら、この教団の本部がシクスゼクスにあるイースマスだからなんだとか。
つまり、セブンセンスの海神教団は出張所なんだと。
真っ白な城壁の脇に、扉が開く。
何もなかったところが急に、扉に変わったのだ。
「なんだこれ!」
「神の奇跡です」
ふふん、と得意げな騎士アンナ。
被っている兜についた房も、なんだか上向きで誇らしげに見える。
「そりゃあ、バルガイヤー神なら偉大な奇跡を起こしてくださるだろう。同意しか無い」
「ですよね!」
ゴウとアンナが頷き合っているではないか。
アクシス神とバルガイヤー神は同一の存在なので、この二人も同じ神を掲げる仲間だということなんだろう。
ちなみに名前が違っても解釈違いが起こらないのは、二百年前とかに、本当にバルガイヤー神が降臨して、アクシス神と同一だよって自ら証明したかららしい。
なので、それらが同じ神だというのは当然の事実だということだった。
世界は広い。
知らないことばかりある。
巡礼者たちは、堂々と奇跡の門をくぐっていく俺たちを、ポカーンと眺めていた。
ロバが引く荷馬車に乗った、俺やミスティや王女様みたいな若いのが特別扱いされてるの、意味が分からないのかも知れないな。
そして門を抜けたところで、アンナが「ふう疲れました!」と兜を脱いだ。
金髪がふわっと広がる。
「いきなりなので、アポイントも何も取っていないのですが、使いの者を法王猊下へ向かわせました。こちらもそれを追いましょう。ギリギリで間に合うはずです」
「おお、ノープラン」
このアンナという騎士、行き当たりばったりだ。
とりあえず、セブンセンスにいる俺たちのことを、騎士アンナが担当することになるようだ。
「これで安心だねえ。観光しながら行こうよウーサー!」
「それもいいなー」
ミスティに誘われてその気になる俺。
「ふむ、元々、皆さんを案内するのは私の役割でしたから、観光案内も用意してきましたよ。王女殿下がいらっしゃることだけが想定外でしたから、庶民的なところばかり回りますけれど」
「姫は構わないけど? そもそも庶民的な所に縁が無いから、姫は新鮮な気持ちかもー?」
「嫌味は無いんだろうけどねー」
ミスティが肩をすくめた。
こうして、アンナに連れられてセブンセンスの広場へ。
ここは、かつてセブンセンスを混乱に陥れた魔族とか魔導王の陰謀があったとき、バルガイヤーでありアクシスである至高の神が姿を現し、混乱を鎮めた場所。
聖地というやつだ。
巡礼者たちがここで、ありがたそうにお祈りを……。
「神に序列をつけるべきだ! 至高神こそ至高! 技巧神なんか昔世界を混乱させた側ではないか!」
「それは違う! 神々は皆平等だ! 指導者的な役割は聖なるじゃんけんで決まっている!」
なんか、わあわあ争う声が聞こえてきたぞ……!?
広場を二分して、『神聖至高神絶対派』と『神格平等穏健派』とかのぼりを掲げた人々の集まりが言い争っている。
これを見て、アンナがため息をついた。
「まずお見せしたかったのはこれです。ここ最近、妙な過激派が出てきまして……。セブンセンスはただでさえ、複数の神々を祀るとても複雑な環境にある国。神の序列なんか明確に定めたら、それこそ戦争……内戦になってしまいます」
「なるほど、そういうものなんだ」
俺はふんふんと頷く。
確かに、自分が信じてる神様が、下位の神だぞって言われていい気分な奴はいないだろう。
みんな平等に偉いんだ、となってるから、安心して信仰していられる。
「ふぅん。なんかみんな大変ねえ、神様一人に絞れないんでしょ?」
興味なさそうだけど、実際は気にしてるらしい王女様だ。
「これって、なんで神様がたくさんいる国になったの?」
ミスティの質問に、アンナがにっこり微笑んだ。
模範的ないい質問だったらしい。
「かつて魔法帝国時代には、信仰は軽んじられ、神を信じる人々は辺境へ追いやられたのです。そんな人々が集まって作り上げたのが、このセブンセス法国というわけです。魔法帝国は全て滅びましたが、セブンセンス法国だけは今もこうして残っているというわけです」
なるほど、確かに誇らしい話かも。
もっと詳しい話を聞きたいな。
続きを聞こうとした俺だったが、その瞬間、争っている人々がうおおおーっと怒号をあげた。
ついに、ぶつかり合いが始まる。
「もう許せねえ! ぶっ殺せー!」「ウグワー!? 棒で叩かれた!」「こっちも棒で叩け!」「ウグワー!」
これはやばい。
「あーっ、なんということでしょう! 各神殿騎士団に連絡! 鎮圧! 鎮圧の準備ー!」
アンナが走って行ってしまった。
そして、俺は争う集団の中で、じっとこちらを見つめる視線に気づく。
それは、もみくちゃになった人々の中で、そこだけ嘘みたいに人の流れが無くて……。
一人の、ひょろっとした女が立っていた。
青い髪に青い服を纏っていて、柄がまるで蛇の鱗のような……。
そいつはすぐに、人混みの中に消えてしまったのだった。
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