第35話 どっちがザコか

 俺が次々に硬貨を投げて、それを武器に変える。

 だけど、それでは王女様が止まらない。


 光の刃で武器を破壊するだけではなくて、光の翼を生やして悠々と回避しながらぐんと近づいてくる。


「これで終わりなの? ふーん、なっさけなぁーい! ザーコザーコ!」


「あんまりザコザコ言われても腹が立たないタイプの人だなあ……」


 俺と同い年くらいっぽいし。

 ちなみにゴウいわく、年上の戦士ほど王女様にザコ呼ばわりされると青筋を立ててピキピキするらしい。

 それでも王女様には絶対勝てないらしいんだけど。


 さて、俺はと言うと……。


「ここで負けてもいいんだけど……俺だっていいとこ見せたい子がいるから! 両替!」


 破壊された武器が、全て、俺に向かって戻ってくる。


「なにっ!? そんなこともできるわけ!?」


 王女様が慌てて跳び上がった。

 戻ってきた武器は、俺の手の上で魔法の針に変わる。


 今度はこれを地面にばらばらと撒き散らした。


「じゃあ姫は上から攻撃しちゃおうかな! どう? どう? 対抗できる? 無理そうなんだけど♪」


 なんか観戦している戦士たちから、「ぬぎぎぎぎ」「こ、このガキぃ……」とかうめき声が聞こえてくる。

 戦士たちの心を揺さぶるものがあるのかも知れない。


「対抗できるよ。行くぞ! 両替!」


 魔法の針が形を変える。

 それは、エルトー王国で城壁の修復に使われた資材の山。

 これがぐんと盛り上がり、さらに中心から見張り塔が飛び出してきた。


 俺は、塔の屋根の上。

 ぐんぐん王女が近づく。


「うっそ!! なにそれ!? やばーい!!」


 王女様は心底驚いた顔をして、一瞬だけその動きが鈍る。


「今だ!」


 俺は手の中の物を弾く。

 彼女に向けて飛ばした魔法の針は、一瞬でたくさんの銀貨になり、無数の銅貨になり、さらに大量の鉄貨になり……。


「質量攻撃!? だけど、こんなもの切り裂いてしまえば……!! ふん、姫には効かないんだから!」


「両替! 藁!!」


「へ?」


 王女様が目を丸くした。

 舞い上がった鉄貨が、ものすごい量の藁に変化する。

 それはもう、天蓋部分を覆い尽くすくらいの量だ。


「あひー」


 王女様が情けない悲鳴をあげた。

 藁でぎゅうぎゅうに固められてしまったのだ。


 天蓋に引っかかって降りてこられなくなる。


 これを観戦していた戦士たちが、うわーっ!!と物凄い盛り上がりを見せた。


「マジかよあの坊主! 姫様をやっつけちまったぜ!」「ざまあ見やがれ!!」「わからせ完了だな!」「やっぱガキにはガキをぶつけるのが最適解なんだなあ」


 妙な納得の仕方をしている!

 そして、自分の娘をガキとか呼ばれているのに、マナビ三世王はニヤニヤと笑っているではないか。


「なかなかの仕上がりではないか。いいぞいいぞ。あと少しの力があれば、運命の女を守ることができよう」


 何か訳知り顔で言っている。

 何を知っているんだろう……。


「うはー! うちのウーサーは本当にやればできる子! やったねウーサー! あとでいいこいいこしたげる!!」


 ミスティは跳び上がって喜んでいる。

 これは、あとでギューッとか抱きしめられそうだ。

 最近のミスティ、凄く欲求不満だもんな。ちょっと楽しみかも……!!


「んもうー!! 姫が全力出す前に封じられちゃったじゃないー!! 侍女ー! 侍従ー! 姫を助けなさーい! こんなのいやー!! 早くたーすーけーてー!!」


 王女様がじたばた暴れている。

 でも、流石に高いところなので、お付きの人たちもどうしたもんかと考えているらしい。

 よし、じゃあ両替で藁束を硬貨に戻せば……。


 と思ったら、突然凄い突風が天蓋の穴から吹き込んできて、藁束を散り散りにしてしまった。


「あひー」


 王女様が落っこちてくる。

 慌てて侍女や侍従、戦士たちが王女をキャッチするために集まった。


 だけど、王女は光の翼がある。

 ふわっと羽を広げて、自力で軟着陸した。


「ウーナギ!!」


 王女様が天蓋に向かって叫んだ。


「助け方が荒っぽすぎ!」


「ハハハ、助かったからいいのでは」


 そう答えて、天蓋から悠然と、何もない虚空を歩いてくる奴がいる。

 エルフの男だ。

 カトーと同じような年頃に見えるけど、もう少し顔立ちは地味な感じで、あまり特徴がない。


 ウーナギ……?

 ということは、あの男がバルガイヤー森王国最強の一人。


 彼が何か呟くと、空で渦巻いていた藁束が、まとめて外に放り出されていった。


「あーっ、困る困る! それ、俺のお金!! 両替!!」


 俺は慌てて藁束を、魔法の針まで戻した。

 針は天蓋付近に吹き荒れていた風を突っ切ると、俺の手の中に戻る。


「おや。僕の精霊魔法を突破するとは大した能力だ。さすがは、じゃじゃ馬王女をやり込めるだけはあるね」


 ウーナギが目を丸くした。


「はあー? やられてませんけどー? 姫はまだまだこれからなんですけどー? そんなことも分からないのー? ウーナギってば長い間封印されてて頭がプーになっちゃったんじゃない?」


「ハハハ、負け惜しみは若者の特権だねえ」


「負け惜しみしてないしー!」


 王女様とウーナギがワイワイとやり始めてしまった。

 どうやらいつもの事らしく。訓練場には緩い空気が流れ始める。


 マナビ王が手を叩いた。


「よし、勝者はウーサー! 見事であった! シェリィは油断をする癖を改めるよう! では解散!」


 観客たちが、ワーッと盛り上がった。

 みんなが拍手をする。

 そして、バラバラと訓練場を出ていくのだった。


 残ったのは、俺とミスティとゴウ、マナビ王に王女様にウーナギ。


「悪くない仕上がりだ。だが、シェリィが油断していなければ負けていた。勝負に二度目はないものだがな」


 マナビ王が、すぐ横に展開した光る画面みたいなのを見ながら告げる。


「どういうことなんだ? 俺が負けてた?」


「そうとも。お前が持つ全ての力を使ったとしても、現状ではシェリィはおろか、ウーナギにも届かん。総合力で劣っているからな。だが、判断力は流石だ。シェリィを傷つけぬよう気を遣ったのだろう? そこは一人の親として感謝をしよう」


「はあ!? お父様が感謝するいわれなんか無いんですけどー! 次やったら絶対シェリィが勝つしー!」


 王女様が鼻息を荒くする。

 これに対して、ミスティがふふーんと得意げになった。


「でもでも、ウーサーのことをザコザコ言ってたのに負けちゃったから、王女様がザコってことじゃない?」


「キッ、キィーッ!!」


 王女様が地団駄を踏んで暴れた。

 これを見て、ウーナギがゲラゲラ笑っている。


「あっはっはっはっは。ま、僕から君に言うことはあれだね。君って応用ができるし、そっち方面が凄いから、初見ならいい勝負できると思うよ。ただ、一点突破してくる化け物たち相手だと分が悪いね」


「分かりやすい……」


「長く生きてるからね。なお、僕の精霊魔法は応用力という点で君の上を行く。君が目指す応用力の頂点に僕がいると思ってくれ。じゃあね」


 それだけ言うと、ウーナギはまたふわりと舞い上がった。

 天蓋の穴から飛び去っていく。


「ウーナギがあれだけアドバイスするってのは、ウーサーを認めたってことだな」


 ゴウが感心した。

 そうなのか……?


 それにしても、バルガイヤー森王国。

 これだけ凄い戦力を揃えてて、何をしようとしているんだろう。

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