第31話 マナビ三世王

「ここからが、バルガイヤー森王国だ」


 ゴウがそう宣言したものの、俺は呆然とする他無かった。

 だってそこは、ただの森だったからだ。


 魔剣鍛冶の里にあった、迷いの森とは規模が違う。

 見渡す限りの木々。

 果てのない森。


「なんだ、これ……」


「この森の全てが森王国なんだよ。魔剣鍛冶の里に行ったらしいな? カトーもまた、バルガイヤー森王国から来たエルフだ。この国は、エルフとバーバリアンの国なのだ」


「ほえー! 森林浴、体に良さそう」


 ミスティが呑気な感想を漏らした。


 さて、ここからは招かれた者しか入れないということで、武装荷馬車は帰ることになった。

 モヒカンとヒゲとスキンヘッドが手を振る。


「じゃあな、ウーサー、ミスティ! またな!」


「三人とも、ここまでありがとう!」


「またねー!」


 武装荷馬車は賑やかに去っていった。

 あの人たちには、本当に世話になるなあ。


 ゴウに連れられて森に踏み込むと、鬱蒼としたはずのそこが別物に変化した。


 そこは、道だった。

 木々が俺たちの左右に分かれ、真っ直ぐな道がどこまでも続いている。

 緑の回廊が出現していた。


「うわーっ! 凄いでしょこれ! ちょっと感動もんだわ! あーっ、スマホがない! 記録を残しておけない! ファンタジー世界ってそこが不便だよねえ……」


「オレたちの王は記録を残すスキルを持っておられるがな。後は、古い時代の魔法でも使えればやれるだろう」


「マジ? じゃああたし、魔法を習っちゃおうかな」


 ミスティがやる気だ。

 娯楽方面からやる気を見せる辺り、彼女らしいとも言える。


「俺は……全体的に鍛えたい! なんか、どこを鍛えたいとかじゃなくて、全部……! 今って十頭蛇が出てきたら、みんなに助けてもらわないと手も足も出ないし」

 

「おう。お前はまだまだ未熟だからな」


 ゴウがなんだか嬉しそうだな。

 なぜだろう?


「これからオレがバンバン鍛えてやる! 伸びしろしかない若いやつを鍛えるの、本当に楽しいんだよなあ」


 趣味だった!

 こうして、俺たちは森王国へと入っていった。


 そこは、都市というにはちょっと不思議な場所だった。


 エルフや、肌をあらわにしたバーバリアンが闊歩している。

 この中では、黒髪に白い肌でほっそりしたミスティが目立つ目立つ。


「あんた細いねえ! ちゃんと食べてるかい?」


「日に当たらなきゃだめだぞ!」


 とか、声を掛けられまくってるじゃないか。

 ミスティはそのたびに、


「食べてる食べてる! 消化が早いの!」とか、「ご忠告感謝っす!」とか受け流している。


 さすがだ。


「人間的にはすぐにでも森王国でやっていけそうだな……」


 ゴウもすっかり感心していた。

 なお、俺は別に声を掛けられなかった。

 普通に森王国の住人になじんでいるらしい。


「ウーサーはもともと、ちょっとワイルドな見た目だもんねえ」


「スラムのガキだからなー」


 ミスティに言われて我ながら納得。

 かと言って、森王国がスラムのような見た目というわけではない。


 木造の家があちこちに立ち並び、都市の中だというのに、大きな樹木がそこ、ここに点在している。

 街と森が一体になった場所。

 それがバルガイヤー森王国だった。


 突然、甲高い音がした。


「おっと、姫様の散歩だな」


 ゴウが空を見上げる。

 散歩なのに、空?


 俺も顔を上げた。

 すると、光の翼を広げたピンク髪の美少女が、腕組みしながら仏頂面で飛んでいく。

 飛んでる……!!


「な……なんだあれ? スキル能力?」


「いや、姫様の場合は先祖返りだな。建国王は四人の妻がいたが、その第二夫人の血を色濃く受け継いでいる。なんだかんだでこの二百年で、四人の夫人の子孫の血も混じり合ってな。そういうとんでもないのがちょこちょこ生まれるんだ、この国は」


 スキルなしに光の翼で飛ぶってどういうことだ。


「今、この世界はまた物騒になり始めている。あちこちで戦争を企む連中がいて、我こそ魔法王国の再来、次なる統一帝国を作り上げると息巻いてるんだ」


「そうだったのか……」


「エルトー商業国が例外中の例外だよ。あそこは金の力で、各国の間を取り持ってる。逆に言うと、エルトー商業国がどうにかなっちまうと、中央平原に戦乱が起きる。バカでかい、二百年ぶりの大戦争だ」


「うおおお」


 つまりこの国の王は、俺にその戦争を止めさせるために呼んだとか……?

 責任重大……!!


 ドキドキしてきた。


 すぐに通される、森王国の宮殿。

 木造の巨大な建物で、その一番奥に王がいた。


 黒い髪に青い瞳をした、よく年の分からない男だ。


「おう、かしこまるな」


 王はそう言った。


「ヘルプ機能」


『はい。展開します』


 王の横に、なんだかモヤモヤした光が灯る。

 王はこれをちらりと見て頷いた。


「ウーサー。両替能力第七段階。能力の進化が近いな。先祖となった異世界召喚者では辿り着けなかった領域に、既に至っているが、まだまだ強くなる」


「……!? な、なんでそれを!?」


「余の能力だ」


 ニヤリと王が笑った。


「余の名はマナビ三世。ヘルプ機能を所有できる、三人目の王だ。気軽に陛下と呼べ」


 気軽に呼べねえよ。


「そこの娘」


「あっはい!」


 さすがにミスティも緊張しているか。

 マナビ三世は彼女を見て、頷いた。


「運命の女。ミスティよ。お前の力は極めて強大だが、漠然としている。主体的にこのスキル能力を発揮することはできまい。だが、お前がウーサーと関わることで世界の情勢が大きく変化する。お前はそれまでに、自らの力で自分を守れるようにせよ。お前、全然力を鍛えてこなかっただろう」


「えーっ!? そんなところまで分かるの!?」


「余のヘルプ機能は全知の力だ。知るべきことさえ分かれば、全てを理解できる」


 とんでもない……。

 とんでもない男が目の前にいる。


 世界は本当に広いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る