第32話 修行の始まり始まり

「ひゃーっ! 連れて行かれるー! ウーサー助けてー!」


「人聞きの悪い事言うな! お前のための訓練を行うのだ! つべこべ言わずにキリキリ歩け!」


「あひーっ」


 ムキムキした女性たちが現れて、ミスティが連れて行かれてしまった。

 悪意は全くないようだったので、俺は呆然とこれを見送ったのだが。


「あれ、なんなんですか」


「王国の女官たちだ。誰もが魔法や武技を身につけ、そこら辺りの男どもには負けぬ強さを身につけている。ミスティが己の身を守る力を手にするなら、すぐに手助けするような男は遠ざけておくべきであろう?」


 俺の問いに、マナビ三世が答える。

 うーん、ぐうの音も出ない。

 俺がいたら、すぐに助けに行っちゃうもんな。


 それはミスティのためにならない。

 いつまでも彼女は、自分で自分のことを守れないままだ。


 心を鬼にしよう。

 うっ、た、助けに行きたい……。


「女の事ばかり考えている余裕はないぞウーサー。お前にも訓練を与える」


「えっ、やっぱり!? でもどうして、そんなに色々世話をしてくれるんすか」


「誰にでも、ではない。世界を動かしうる、強大な力を持った者にだけ力を貸すのだ。それが建国王が定めた国是故な。その中でも、最も善良であろうお前たちを選んだ」


「は、はあ」


「世界には、異世界召喚者の血を受け継いだ者たちがゴロゴロいる。お前に匹敵する強大な力を持つ者、そうなるまで力を磨いた者たちもだ。その多くは、人智を超えた力に溺れ、怪物となる」


 怪物……!

 十頭蛇の二人を思い浮かべる。


 エグゾシーは人間ではなかったが、それ故に凄まじい力を持っていた。

 ああなれるなら、おかしくなる人間はたくさんいるかもしれない。


 十頭蛇のヒュージはどうだっただろう。

 あいつは力に呑まれている感じはしなかったけど……。


 そう言えば、俺のことを後輩って言ってたな。

 あの孤児院出身なんだろうなきっと。

 悪いやつだが、ちょっと話を聞いてみたい。


「どうやら思うところがあるようだな。だが、お前には、己の能力を利用して世界に復讐しようだとか、これを使って大儲けしようとか、そういう欲がない。異常に清廉潔白だ。故に、余はお前に目をつけた」


「そ、そうっすか。どもっす」


 どう答えたらいいか分からない。

 これ、誉めてるんだよな……?


「お前の教育役は、引き続きゴウに任せる。あれも薄いとは言え、強力な異世界召喚者の血を受け継ぐ男だ。弱い力であろうと、使い方によっては強力なものになる。それを教わるがいい」


「うっす!」


 ゴウだったら顔見知りだし、安心だ。


「よし、行くぞウーサー。訓練所に案内してやる」


 ずっと控えていたゴウがやって来て、俺を連れて王の前から去っていくのだった。

 マナビ三世は、ずっと面白そうに俺のことを眺めていた。


「そう言えば王様、ゴウの事を弱いって言ってたけど。俺はゴウは強いと思うんだよなあ」


 訓練所とやらに向かいながら、俺がつぶやくと、ゴウが「わっはっは」と笑った。


「個人としては強い。だが、スキル能力者としては弱い。俺の能力は、攻撃を当てた後、相手に回避させずにもう一発攻撃を当てられるだけの力だ。妹のマオの方がまだ強いな。あいつは相手を浮かせたら、そこから連続攻撃ができる能力だ」


「よく分からない……!」


「だろうな。俺も原理が分からない。だが、俺とマオには兄がいてな。そいつが先祖のスキル能力を多く受け継いでいるそうだ。それどころか、高祖母の力も持っている。バルガイヤー森王国最強戦力と言われているぞ」


「なんだそれ」


 ゴウの高祖母と言われる人は年をとらず、今もずっと生きているのだそうだ。

 氷を操るその力を、ゴウの兄は持っているらしい。


 その他、森王国でこの人が強い! というのを教えてもらった。


 ゴウの兄のガウ。

 マナビ王の娘、シェリィ姫。

 最近目覚めたハイエルフ、ウーナギ。


「最後の奴はなに?」


「古代のハイエルフらしい。魔導王に封印されていて、そいつが倒された後、二百年掛けて封印を破って戻ってきた。強いぞ」


 とにかく、この三人が強いと。

 なお、ゴウの高祖母も恐ろしく強いのだが、高祖父が亡くなってからは隠居状態らしい。

『また強い奴が現れないものか』とか言って畑を耕して暮らしているそうだ。


 凄い人たちがいる国だな……。


 そんな話をしているうちに、訓練所に到着した。

 そこは、とにかくだだっ広い空間だ。


 どうやら地下洞窟を利用して作られた場所らしく、天井に穴が空いていて、そこから陽の光が差し込んできていた。


「ここなら、外に被害も出ない。お前の力をなんでも試すといいぞ。まずはオレと手合わせして、力を確かめさせてくれ」


「うっす!」


 ゴウに言われて、俺は魔法の針を何本か掴みだした。


「両替!」


 まずは、針を銅貨の山に変える。

 山というか、もう川だ。

 ざらざらと崩れながら、ゴウに向かって押し寄せる。


 ゴウはこれに向かって、無造作に蹴りを繰り出した。

 すると……。

 ゴウの体に残像みたいなのが宿って、彼が足を引っ込めても残像が攻撃を続けているじゃないか。


 そこに、ゴウは再び蹴りを放った。

 銅貨の川が、そこだけ爆ぜる。


 硬貨が撒き散らされて、川に一直線の亀裂が生まれた。


「うおーっ!? なんだそれ、すげえー!」


「オレ程度の力でも、磨いていけばこれくらいのことはできる。つまり、スキル能力とは磨くことでより強くなるということだ。お前はまだまだ伸びる余地があるぞ」


「うす!」


 なんか、やれることが分かってきた。

 この両替の力を、とにかく鍛えまくれってことだろう。


「じゃあ、銅貨、全部藁束になれ!」


「うおっ、そ、それは……!」


 ゴウの周囲にあった銅貨が、次々藁の山に変化していく。

 訓練所を埋め尽くすほどの藁の山だ!


「なるほど、俺の打撃を殺しに来たか! いいぞいいぞ!」


 ここでなら、色々な事を試せそうだ。

 俺の胸は高鳴った。


 そんな感じで、訓練に全意識を割いていた俺だったから、背後で見つめてくる視線には気付かなかった。


 後でゴウから聞いたのだが……。


「姫様がじーっとお前を見ててな、『ふぅん、ざぁーこ。まだまだ弱っちいじゃない』って言ってたぞ」


「ゴウの声で真似してほしく無かったなあ……」

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