第20話 金の持ち腐れ

 ハンバーガーにフライドポテトにコーラという、この世のものとは思えない美味さのアビサルワンズ料理をごちそうになりながら聞いた。

 どうやらカトーは人間じゃなく、エルフという種族らしい。


「エルフなんだ! 鼻輪物語とかに出てくるあれっしょ!?」


「知ってるのかミスティ! 物知りだなあ……」


「本物は初めてだけどねー。へー。あれ、役者さんの顔がいいわけじゃなくて、ちゃんと再現してたんだー」


 そして魔剣鍛冶は、エルフとアビサルワンズという人ではない二人がやっている仕事なのだと言う。


「元は俺たちが地元から離れて、好きな鍛冶仕事を楽しむための庵だったんだけどな。いつからか魔剣が欲しい連中が集まってきて、俺に剣を打ってくれとせがむようになった」


『あまりにしつこいので、わたくしが金貨百枚からですよ、と伝えたら本当にそんなお金が出てきまして。いや、お金はあるところにはあるものです』


「だなあ。とは言っても俺たちは金なんかいくらあっても意味がないんだが。ほれ」


 カトーが指し示した先には、小さな小屋がある。

 飯を食ったら中を見せてくれるらしい。


 今の俺は、アビサルワンズ料理に夢中だ。

 異常に美味い。


 なんだこのハンバーガーっての。しょっぱさと酸味と肉と柔らかいパンが一緒に食える!

 フライドポテトというやつ、芋料理らしいんだけど、どうやったら芋がこんなカリカリで中身ほっくり、塩味でいくらでも食べられるようになるんだ?

 そしてコーラのシュワシュワしてて、甘くて冷たくて、ハンバーガーとポテトの油っこさを一気に洗い流す爽快な味!


 止まらねえ!


「めちゃくちゃ食べるねえ! ハンバーガーセット懐かしいなー。あたしも元の世界でよく食べたよー。でもここのは結構ウマイかも」


『本場の味をご存知な方にお褒めいただくと、嬉しいものですね』


 表情は変わらないが、スミスは体を揺らしてご機嫌な様子だ。

 結局、ハンバーガーとポテトとコーラをお代わりして、動けなくなる寸前までお腹に詰め込んでしまった。

 ううう、苦しい。だけど満足だ。


「男の子ってそういうとこあるよねー。お姉さんは好きだぞー」


「ううっ、またお姉さんぶって……。年ほとんど変わんないじゃん……」


「あっはっは、ウーサーは気にしぃだなあー」


 俺のハンバーガーセットで満たされたお腹をぽんぽんするミスティ。

 や、やめろー。


 しばらくして、ようやく動けるようになった。

 すっかり夕方だ。


 カトーとスミスに連れられて小屋を覗いてみたら、その中に金貨が山になって積まれていた。


「う、うわーっ」


 俺は腰を抜かす。

 なんて光景だ……。

 この世のものじゃない。


「使えん金貨ばかりあって困っていたところだ。場所も取るし、重いしかさばるし」


『それにこれだけの金貨が集まっていたら、世の中は金の流通量が減ってしまうでしょう。きっと金貨の価値高騰が起こっているはずです。困ったものです』


 本気で困っている二人なのだった。

 確かに、ここにいると金の使い道なんか無いもんな。


 っていうか、あのハンバーガーの材料はどこから来たんだ?


『時々、イースマスにいる友人が材料を届けに来てくれるのです。その時に金貨は掴み取りで持ち帰ってもらっているのですが。とても間に合いません。どうしたものか』


「だったら……ちょうどいい能力を持った男の子がいるんだよねー!」


 突然、得意げにミスティが告げた。

 な、なんだってー!?

 金貨をどうこうするなんて、そんな奴といつ知り合ったんだ!


「本当か? ここを空けてもらえるなら助かる。気晴らしに打った魔剣を仕舞う場所がそろそろ無くてな……」


「うんうん。そんなお困りに対応できるのは、こちらのウーサーです!」


 じゃじゃーん、と俺を指し示すミスティなのだった。


「な、なんだってー!!」


『本人が驚いていますが』


「あー、まだ成長途中の能力なんで……。でも、金貨五枚の魔剣を金貨にしたり、金貨五枚を魔剣にしたりさせてくれればすぐ成長するよ」


「なんと、そんな能力が!? 初めて聞くパターンだな……」


 あっさりと受け入れられてしまった。

 俺の能力、使いようによっては金稼ぎもできそうなんだけど、カトーもスミスも、金に全く興味がない。


 俺が見本にするために必要だということで、一番安い魔剣を持ってきてくれた。


「これが、最低限の魔力しか込めてない魔剣だ」


「針じゃん!」


 俺、突っ込む。 

 だってそれは、どう見ても縫い物をするための針でしかなかったからだ。


「そう言うことだ。縫い針+1と呼んでいる。これならギリギリ金貨五枚だ」


「こ……こんな針が、金貨五枚!!」


 俺はクラクラした。

 今まで見てきた世界と、あまりにもスケールが違う。

 この針一本で、一生分の黒パンが買えるんじゃないか。


「ほらほらウーサー、やってみせて! この金貨、全部針にしちゃえばいいじゃん!」


 ミスティが後ろからくっついてきて、耳元で囁いた。

 おお、背中が柔らかい!

 耳元がくすぐったくて気持ちいい。


 俺はやる気になった。


「よっし、行きます」


「おお、見せてくれ!」


『これは楽しみです』


 カトーとスミスが、コーラを片手にその場に座って見物モードだ。


「うおお、両替!!」


 針を片手に持ち、もう片手に金貨を握りしめ。

 金貨、ずっしり重いなあ!

 だけど、あっという間に重さが消え失せる。


 手を開いたら、握りしめていた金貨五枚が針の魔剣になっている。

 ちょっと……もったいない……!

 だけどすぐに戻せるもんな。


 こうして、小屋を埋め尽くしていた金貨を、全て針の魔剣に変えた。


「あっ、ウーサー、レベルアップしてるよ!」


「ほんとか!? どれどれ……」


 ミスティと二人で、俺のスキルを見てみる。


《スキル》

 両替(六段階目)

 ・視界内に存在する金貨二十枚以下の物品の再現が可能。物品相当の貨幣が必要。

 ・再現した物品を手元へ引き寄せることが可能。物品の質量が大きい場合、使用者が引き寄せられる。

 ・手にした貨幣を視界内の任意の箇所に移動させることが出来る。障害物があった場合移動できない。


※レベルアップ条件

 ・金貨二十枚の物品を五個、貨幣へ両替。もしくは金貨二十枚から五個の同価格の物品を再現する。


「金貨二十枚からは、大金貨だって。で、大金貨五枚で白金貨になるって」


「ひええ」


 あまりにも大きな金の単位の話を聞いて、俺の脳はパンク寸前だ!

 それに新しい能力の、金貨を任意の箇所に移動って。

 金を放り出してどうするんだよ!?


 意味の分からない力だなあ。


「よし、じゃあこれは報酬だ。持っていけ」


 カトーは魔剣針の山を無造作につまむと、革袋にざらざら入れた。

 それを俺に差し出す。


「う、うわーっ! これ幾らぶんになるんだ!?」


「た、多分金貨百枚以上……? 大金持ちになっちゃった」


 ぶるぶる震える、俺とミスティなのだった。

 これを見て、カトーがわっはっは、と笑う。


「何を言っている。お前。ウーサーだったな? その力は金を消費して発揮される。だったら、お前は常に金を持ってなきゃダメだ。そしてそこの娘、ミスティ。お前は因果を操る、かつての強大な異世界召喚者と同類の能力者だ。誰もがお前を狙うだろう。つまりだな」


 カトーは俺とミスティを交互に指さした。


「ウーサー、お前がこいつを守れ。俺が見たところ、お前は善良だ。お前のところにミスティがいれば、世の中は悪くならん。だが他の誰かの手にミスティが落ちれば、世は乱れるだろう」


「お、おう!!」


 俺は決意を込めて頷いた。


「それとな、ウーサー。俺が見たところ……。お前の能力は武器限定じゃないだろ」


「あ、ああ。錠前を作ったりもできた」


「やっぱりな。恐らくお前、金に換算できる全ての物を再現できるぞ。これからは、ありとあらゆるものに触れて、値段を聞いておけ。お前の世界が広がるほど、恐らくその力は強くなる」


「うす!」


 俺は感謝を込めて、カトーに頭を下げた。

 カトーは目を丸くする。


「こんな殊勝な態度をとる能力者は初めてだ。みんな能力で人が変わっちまうからな。傲慢なバカばかりだったが、お前みたいなのがいるなら捨てたもんでもないな」


『カトーさんが認めるのも珍しいですね。さてウーサーさん。よろしければ魔剣も一通り触っていかれますか? 再現できるようになるのは当分先だと思いますが、必ずあなたの糧になるでしょう。これがもう一つの報酬です』


 スミスに連れられ、俺は魔剣が並ぶ工房に足を踏み入れることになるのだった。

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