第21話 襲撃の予感
壁には無数の魔剣らしいものが立てかけられている。
「これが炎の魔剣な。上から下に向って格が下がっていく。一番上のは白金貨十枚の値段で小国の国家予算だな。まあ街を一つ焼き尽くせるから仕方ない。なお、値付けは俺が適当にやった」
「とんでもないこと言ってる! それに白金貨十枚って、ええと、ええと」
「金貨千枚だね……!!」
さすがにミスティもちょっと引いてる。
「炎の魔剣+5と名付けた」
「名前はもうちょっと、こう……」
カトーはとにかく、魔剣の名前に無頓着らしい。
炎、氷、雷、風、光、闇の六つの+5魔剣に、ひたすら威力だけを追求した+8魔剣というのが一本あり、この七本が最高価格らしい。
「覚えたか?」
「頭がパンクしそうっす」
『カトーさん、いきなり世界に存在する最高レベルの魔剣を七本見せても参考にならないのではないでしょうか』
「それもそうか」
なんだこの人たち。
それに、世界に存在する最高レベルの魔剣って言った?
それが無造作にここに立てかけられてるの?
「魔法文明時代にはもっと強い武器もあったようだがな。俺が当時の文献を読み解いて、こいつらを再現した。+5の属性剣と+8の剣は運も影響するな」
難しすぎる。
「俺はもらったこのちっちゃい針が身の丈に合ってる気がする……」
これでも一本につき金貨五枚するんだけどな……。
魔剣ってなんなんだよ。高すぎない……?
ちなみにここで一番安いのがこの針らしい。
最初は面倒な客を寄せ付けないために、この針で金貨五枚だよって言って値付けしたが、それがむしろ金持ちたちのハートを刺激したらしく、今では世界中からここに魔剣を買付にやってくるんだとか。
そりゃあ、魔剣鍛冶の里ができあがるよ。
お金持ちが集まるんじゃ、お金がどんどん周辺で落ちるもの。
「あ、里といえば……。森の中を歩いてるフードの奴がいたんすけど」
「徒歩でか? 珍しい。それに力が弱いとは言え、周辺の森にも迷いの魔法を掛けてあるはずだが」
ふむ、とカトーが唸った。
「スミス、ちょっと見てきてくれるか?」
『了解です。たまには外の空気を吸いましょう』
アビサルワンズのスミスがついてきてくれることになった。
この人はこう見えて、凄い料理人だからな。
俺はもう尊敬している。
彼はむにゃむにゃと呪文を唱える。
すると、カエルのようだった顔が人間のものになった。
「あっ、凄い」
「何したの!?」
驚く俺とミスティに、スミスが微笑んだ。
『幻術です。わたくしの顔は変わっていませんが、あなたがたから見ると同じ人間の顔に見えるようにしたというわけです』
なるほどなあ。
顔立ちも余り目立たない、ごく普通な印象だ。
カトーだと、やたら整った容姿が目立ちすぎてしまうだろう。
スミスに先導されて、俺たちは結界の森を抜けることにした。
『本来はこうして、ただしい手順で術式を解除せねばならないのです。ああ、直視すると正気が削られますから目を閉じて下さい』
言われて目を瞑る寸前、世界がどろりと溶けて、何もかも闇色の水底に沈んでいく光景が見えた気がした。
やばいやばい。
なんか自分が引っ張り込まれるようだった。
「なあにこれ」
『あなたは平気なんですね。さすが異世界召喚者。今までにも一人、全くオクタゴン様の力が通用しない方がいたのですが、この方も異世界召喚者でした』
「ほへー」
ミスティの間抜けな声が聞こえるなあ。
結局、目を開いたままだった彼女に手を引っ張られて、俺は森を抜けたのだった。
振り返ると、普通の森だ。
「なんだったんだろう」
『異界をくぐり抜けたようなものです。ですから本来、この森をわたくしたちの許しなしに抜けることはできないのですよ』
あれを抜けたのが、ミスティの力の一つってわけか。
なるほど、そういう意味でも、彼女を欲しがる奴があちこちにいるっていうのは納得できる。
「やっぱミスティは俺が守らなくては」
「んっ、なんかキュンキュンくるわ」
ミスティがちょっと赤くなりながらもじもじしている。
これを、スミスは目を細めて微笑ましげに見つめていた。
あっ、まぶたが下から持ち上がって細めている!
目の動きはカエルなんだな。
すっかり夕方になった里の宿場町。
ここを、スミスと一緒に歩き回ることにする。
里の人々は、スミスを見ると皆、親しげに会釈してくる。
「こりゃあどうもスミスさん! 出てこられるなんて珍しい! お陰様で稼がせてもらってます」
「スミスさん、カトー様にもうちょっと魔剣を放出して下さるように言ってくれませんかね……。きっとお客もドバドバ来て大儲けだと思うんですよ」
「いっそ、迷いの森を解放しませんか? 観光地にして客を呼び寄せましょうよ!」
みんな生臭い事を言ってる!!
だけど、スミスはニコニコしながら『そうですか』『そうなんですね』『そうかもしれませんね』と曖昧な相槌を打って、全てスルーした。
「すっごい受け流し方だったねえ」
「慣れてるよな……」
『いつものことですから』
スミスも大変なのだ。
その後、彼と一緒に一通り里を見て回り、異常はなしということ……。
「あ、野良犬」
ミスティが何かに気付いた。
指さした方向を見ると、確かに首輪のついていない犬が一匹いる。
中型犬くらいの大きさか。
そいつはじーっと俺たちを見ていた。
だが、おかしい。
目が真っ白に濁っている。
それに……体のあちこちが崩れて、骨がむき出しになっているような。
『ウルルルル』
濁ったような唸り声が聞こえてきた。
犬がゆっくり、こちらに近づいてくる。
「やば」
ミスティが反射的に、俺の腕に抱きついた。
彼女の感触を堪能する余裕はない。
俺は針を一本つまみ出していた。
『アンデッドですね。ゾンビドッグとでも言いましょうか。異常発見です』
落ち着いてるなあスミス!
俺はそれどころじゃないぞ。
針をピンと弾いて、犬の近くに放った。
『ウルルルロアアアアアア!!』
ゾンビドッグが大きく吠えた。
口が裂け、黄色く変色した牙がむき出しになる。
その喉の奥に、骨で作られた蛇みたいなやつが見えた。
なんだ、こいつ!
ゾンビドッグが駆け出してくる!
向かうのは、俺たち。
「両替!」
俺は叫んだ。
ゾンビドッグが乗り越えた、金の針。
そいつが一瞬で、金貨に分かれる。金貨が銀貨になる。
それぞれが、武器になって跳び上がった。
「来い!!」
武器にした硬貨を、俺は呼び寄せられる。
飛来する武器は、そのついでにゾンビドッグをずたずたに切り裂いた。
そして俺の手に収まる時には、また金の針に戻っている。
「あぶねー……!」
「いやいやいや、あたしはウーサーがやったことにびっくりだよ! 何あれ!? すっごい能力じゃん!?」
「必死だったんでなんか、とっさにやってしまった。自分でも意味が分からない」
俺、目を白黒させる他ない。
そんな俺たちの横を、スミスが抜けていった。
そしてゾンビドッグの残骸の前に立つ。
すると、原型を留めていないようなゾンビドッグが、『ウルルアアアアッ!!』と頭を持ち上げてスミスに噛みつこうとした。
まだ生きてるのか!?
『アンデッドは死んでいますから、ただの武器ではとどめを刺せないのです。魔法か、魔法の掛かった武器か、銀の武器で、このように』
スミスの懐から、ナイフが出てきた。
魔法の輝きを持つそいつが、ゾンビドッグの頭を貫く。
すると……ゾンビドッグは『ウロロロロ………』と鳴きながら、ぼろぼろと崩れ落ちていった。
アンデッド、厄介だなあ……。
それにしても、どうしてここに?
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