第15話 社会勉強
十頭蛇を退けたことで、戦争は一旦終わりになったようだ。
エムス王国の軍は、エルトー商業国を遠巻きに眺めるような状態になっている。
俺たちが帰って、アキサクからライズを受け取り、宿に戻って寝て起きても、その状態だった。
これは長引きそうな気がする。
「でさ、ミスティ。あのおっさんなんだったの?」
俺が尋ねたのは、城壁の外側でミスティをわしのものだーって言ってたおっさんのこと。
「あれね、エムス王国の大臣なの。あいつ、自分が力を得て王様になって、世界を手に入れるんだーって。それで鼻息荒くあたしに迫って来たから」
「な、な、なにーっ」
「ちょちょちょ、ウーサー! 二人きりの部屋で鼻息荒く迫ってこないでー!? ま、間違いおきるっしょー!」
間違いとはなんだろう。
ミスティが赤くなって、手をバタバタさせている。
俺は慌ててちょっと離れた。
「それに、手を出されてないから! あたし、近くにあった豪華なお皿で大臣の頭をガツーンと叩いちゃった。お皿が割れて、大臣が目を回して、慌てて駆けつけてきたお城のメイドさんに混じって、逃げ出したんだよねー」
「そうやって逃げてきたのか……」
「なんか超運がよくって! たまたまみんな同じ方向から来るから、それを避けたら上手く城を出られちゃった」
彼女のスキルの力なんだろうとは思う。
ただ、ミスティ曰く……。
「運命の女、どうもあたし自身には作用しないみたいなんだよねえ。なんつーか、相手に効果をもたらすみたいに書いてて」
「ふんふん。じゃあ、大臣が宿命を与えられたから皿で殴られたんでは」
「そっか! あはははははは! ありうる!」
ミスティがめちゃくちゃ受けていた。
その後、朝食を済ませ、いつもの職場に出る俺たちなのだ。
街の人通りは以前と同じように戻っている。
商業都市の人々はたくましい。
店は一つも閉じておらず、元気に営業中。
「んでは! あたしは今日も生活費を稼ぐために働いてくるからね! ウーサーも頑張れ!」
「うっす!」
お互い、へんてこな敬礼みたいなポーズをして別れた。
しかし、いつまでこういう生活ができるだろうなあ。
夜に出歩かなければ安全だし、飯はうまいし、ミスティは一緒にいてくれるし……。
いつまでもこういう暮らしが続けばいい……。
「おお、来たなウーサー!」
アキサクが手を振っている。
横には、大柄な男が立っていて、ニヤニヤしているではないか。
バーバリアンのゴウだ。
「ウーサー、今日からな、鍛冶屋を巡ってきてくれ」
「えっ、店内じゃなく!?」
「そうだ。これからしばらく、うちとエムス王国は戦争状態になる。武器が必要になるってこった。鍛冶屋連中が、こぞって武器の生産を始めた。そこでな、今後も安定して武器を仕入れられるように、営業周りをだな」
「俺が……?」
「そういうこった。お前は直接武器を見られるし、鍛冶屋から得られる知識や経験も多くなるだろ。ゴウから聞いたぞ。お前さん、戦場でどんどん進化してたってな」
「俺が……?」
「俺がしか言わなくなったなこいつ」
ゴウが俺を小突いた。
いやいやいや、動揺してるんだって。
「ということでだな。オレがお前を預かり、鍛冶屋周りをして鍛えることにした!」
「なんでだよ!」
「お前な、あの化け物みたいなスキル能力者と渡り合えるガキなんだぞ? そんなもん、あいつらが真っ先に消しに来るに決まってるだろうが。お前の連れの娘は、妹が守る。だからお前はその間に、せっせと強くならねえとな。善良なスキル能力者は貴重なんだぞ」
背中をバンバン叩かれて、外に連れ出されてしまった。
アキサクからは、鍛冶屋に届けるお菓子を買えと金をもらう。
余りは小遣いにしていいらしい。
それは嬉しいけど、そこまで細かい金のやりくりできるかなあ……!
「よし、行くぞウーサー! オレについてこい! 屋根の上を走るぞ!」
「なんで!?」
「訓練になるだろうが!」
「なんで!?」
率先して屋根の上に跳び上がったゴウ。
俺も慌てて、壁をよじ登った。
なんか好意でやってくれてるようだし、それはありがたいことだもんな。
スラムにいた頃、俺は人の好意で生きてたようなもんだ。
こういうのは素直に受け取って感謝するのが最強なんだ。
俺はひいひい言いながら、ゴウの後を追って屋根を走っていく。
「見ろ、ウーサー! 戦争があっても、人が行き交う。人間の生活は止まらない! 多くの金と物が行き交い、やり取りされる! 横目ででもいいから、それをしっかり見ろ。そして足元に気をつけろ! バランスを崩したら落ちるぞ!」
「どっ、同時にやらせるなよー!」
「お前、あの戦場では同時にやってただろ。もっと高いレベルで同時にやれるようにするんだよ! なに、ウーサーは若い! すぐできるようになる!」
「ひーっ! 好意はありがたいけど、買いかぶりはやめてくれえ」
悲鳴をあげつつ、ゴウにあちこち連れ回される俺なのだった。
鍛冶屋に入って、お菓子を手渡し、アキサクの武器屋から来たと挨拶する。
鍛冶屋のおっさんは顔中煤で真っ黒にしていて、目だけが白くてギョロリと俺を睨む。
「うむ! また武器が打てる時代が来るとは思わんかったぞ! 大いに売ってもらわんと困る! どこぞの兵士どもに、わしが打ってない武器が大量に納品されたようだしな!」
ちょっとドキッとする。
どこから聞いたんだこの人。
「抜け駆けした鍛冶屋がおるのだろう! 好きにさせてはおけんからな! わしもガンガン打つぞ! 若いの、他の鍛冶屋にも発破を掛けて回れ!」
そう言って、俺の肩をバシバシ叩くのだ。
うおおお、馬鹿力!!
ゴウと言い、鍛冶屋と言い、力の加減分からないやつしかいないのかー!!
俺がぶつぶつ言ってたら、ゴウが笑った。
「鍛冶屋は力の加減が得意に決まってるだろう。あいつらが本気になったら、金貨一枚分くらいの凄い武器が作られるんだぞ」
「だったらどうして俺を叩く時は凄い力なんだよ!?」
「力のぶんだけ、期待と好意が詰まってるんだ。男ってのはそういう生き物なんだぞ」
「そ……そうなのか!?」
俺は、ミスティには優しくしよう……。
そう誓うのだった。
その後に回った鍛冶屋では、どこでも同じような反応をされた。
うおお、叩かれまくって全身が痛い。
「大したもんだな!」
「何が!? ゴウに連れ回されて足はパンパンだし、叩かれまくって全身パンパンなんだが!?」
「それ、そこよ。鍛冶屋ってのはこだわりが強い……言うなれば偏屈な奴が多いんだ。そいつらがお前を気に入ったんだ。お前、人から好かれるタイプだな?」
「そ、その自覚はちょっとはある」
スラムでは、好意を得られなかった奴はどんどん死んでいったからな。
生き残るためには愛想良くなるしかなかった。
そうしたら、愛想が身についた気がする。
「それに、どうだ? 武器を見たろ」
「見た」
「触らせてもらったろ」
「触った」
「再現したらすぐに金に戻せよ? 流通させたら営業妨害で、あの鍛冶屋がみんな敵になるからな」
「わわわ、分かった」
これ、もしかして俺の能力に釘を刺す意味もあったな!?
あの鍛冶屋たちを敵に回したくはない。
ちゃんと注意して能力を使おう。
そして、武器のレパートリーがとにかく増えた。
俺のスキル能力も強化されたことだし、あの武器を新しい形で再現したりできるようになってる気がするのだ。
後でミスティと確認してみよう。
できることが増えてて、試したくて仕方がない。
体はクタクタなのに、気分だけが高揚している。
「おうおう、いい顔だ。よし、戻るか。店の中なら存分に試せるだろ!」
「うす!」
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