第12話 これはデートなのか?

 武器の山をこしらえて、兵の詰め所に運んでいくことにする。

 幸い、俺たちにはロバのライズがいた。


「馬を借りなくて済むのはありがたいな! じゃあ頼む」


「頼まれたっす」


 アキサクに任せられた仕事だ。

 ライズはブフーっと鼻息も荒く、やる気満々。


 宿の宿泊費を銀貨で払ったから、おばちゃんがライズにせっせと餌やりをしてくれたのだ。

 ありがたい。


 そしてライズの横で、なんだかむくれて不満げにブフーっと鼻息を吹くミスティ。


「なんで膨れてるの」


「デートかと思ったら、仕事じゃーん!」


「仕事だよ……?」


 これを見て、アキサクがアチャーと天を仰いだ。


「おいウーサー。お前なー、女にこういう顔をさせたらいかんぞ。よし、武器を収めてきたら、これでお嬢ちゃんと飯でも食ってこい。お洒落な店は東地区だ。そっちに行け。いいな?」


「お、おう! なんか凄く気を遣ってくれるじゃないっすか」


「こういうところで失敗すると、後々大変なんだよ! 経験談だからな!」


「うす」


 好意をありがたく受け取っておくことにする。

 荷馬車を連れて、商業国の入り口にある詰め所へ。


 そこには、見覚えのある顔がいた。

 兵士のルーンだ。


「おーう! お疲れお疲れ!」


 手を振ってくる。


「どもども、これ、武器っす」


「おう、あんがとね。おおー。武器って品薄だって聞いてたけど、ちゃんと揃えてくるじゃん……。優秀な武器屋だな。お前、そこで仕事してるの? ……もしかして、これってお前の能力だったりしない?」


 鋭い。

 ルーンは、俺が貨幣を両替した能力を見ている。

 そこから、どうやって俺が貨幣から武器を両替したのを察したのか。


「ねえねえお兄さん、それで、戦争とかどうなってる? エムス王国と戦争になりそうなんでしょ?」


 ミスティ、どこからか戦争の噂を聞きつけているらしい。

 食堂で働いているから、色々な話を聞く機会があるんだろうな。


「ああ、それはな。秘密だ。だって分かっちまったら大騒ぎになるだろ? 国としては、そうなると経済が乱れてよろしくない。だから情報が確定するまでは流さないことにしてる。……ま、武器をこうやって大慌ててかき集めてるところから想像してくれるとありがたいね」


 ルーン、それはもう言ってるのと一緒だ。

 戦争起こるのかー。

 しかもこれは多分、エムス王国がミスティを手に入れるための戦争だ。


「戦いはいやだなあ……」


 ミスティがちょっと青い顔になった。

 この間、矢を射掛けられてかなりショックだったらしいもんな。


「大丈夫だよ、ミスティは俺が守るし」


「えっ、なんか今、キュンって来たんだけど。今日のマイナスぶんは取り返した感じだし!」


「ウグワーッ!? やめろやめろー! 俺の前でイチャイチャするな!! くっそー、若いカップルはこれだから困るぜ!!」


 ルーンがいきなり怒ったぞ!

 ざわつく俺とミスティ。


「今日はこれで帰ってくれ。このままでは俺は若者たちに嫌なことを言うクソみたいな大人になってしまう……!」


「わ、分かった!」


 慌てて退散する、俺とミスティなのだった。

 荷馬車はここに預けて、後日兵士が店に返してくれるそうだ。


「ミスティ、あのさ」


 俺が彼女に話しかけたら、あとを付いてきているロバのライズが「ぶもー」と鳴いた。

 むむっ、二人きりじゃない。

 まあいいか。


「えっと、ちょっとお金持ってきてるから、二人でちょっとご飯食べていこう」


「えっ、マジで!? ヤバ、ちょっとテンション上がるんだけど」


 ミスティがさらにご機嫌になった。

 お洒落な店、お洒落な店……。


 俺は視線だけを巡らせて必死に探す。

 スラム街で育った俺に、お洒落な店を理解して探せと?

 無理では!?


「くっ……!!」


 あまりの無理さ加減に、頭が沸騰しそうになる。

 そんな俺を、ミスティが横目でチラチラしているのが分かった。


「あー、なんかあたし、喉乾いちゃったなー」


「喉乾いた……? えっと、じゃあ飲み物!」


 目についた、手近な店に飛び込む。

 果実を絞って、生のジュースを飲ませてくれる店だ。


 なんと魔法使いがいるらしくて、遠くで採れた果物を冷凍させて運んでいるそうだ。


「一杯銅貨三枚です」


「銅貨、三枚!?」


 俺は目が飛び出るかと思った。

 とんでもない値段だ。

 ジュース一杯が、テーブルいっぱいの食事と同じ値段なのか!


 あ、でも、魔法を使って、果物の鮮度を保ちながらここまで持ってきてるから、そのお金でもあるんだろう。

 店には、ちょっとお金がありそうな人たちがたくさんいた。


 ここでジュースを飲むことは、ステータスなのかもしれない。


 銅貨六枚が飛んだ。

 うわーっ。


 なんて硬貨な……いや高価なジュースだ。

 柑橘類の爽やかな味だったらしいが、俺が震える手で飲んだジュースは味が分からなかった。


 俺はまだ、高いものを飲み食いするのは無理だ……!!


「な、なんだかごめんね?」


「あ、謝らなくていいぞ! なんか謝られるとちょっとアレな気分だし!」


 そんな俺たちを、店の客たちが微笑ましげに見ているのだった。

 ええい、見るな見るな、見世物じゃないぞ!


 くそー、高い金を払っても落ち着いていられるくらい、貫禄が欲しい……!


 唸っていると、外が騒がしくなってきた。

 このあたりは東地区。

 落ち着いた雰囲気の、いわゆるちょっとお高くてお洒落な店が多い場所だ。


 そこが騒がしくなるというのは珍しいようで、店の中もざわついている。


 俺とミスティは、この騒がしさが何を意味しているのか、なんとなく察する。


「戦争だ! エムス王国が戦争を仕掛けてきた!! いきなり、戦争が始まったぞー!!」


 突然、城壁に大きな物がぶつかる轟音が響き渡った。

 オープンになった店の入口からは、壁の一部が崩れていくのが見えた。


 巨大な何かが、ずるりと動く。

 ……なんだあれ?


 それはまるで、物凄く大きな蛇の頭に見えた。

 そいつが城壁に体当りし、崩してきたのだ。


 国の外からは、ワーッと言う叫び声が聞こえる。

 いつの間にか、エムス王国の軍隊が押し寄せてきていたらしい。


 誰も気付かなかったのか?

 気付けなかったのか。


 状況は普通じゃない。


「ミスティ!」


「う、うん! 分かった!」


「ぶもー!」


 ミスティとライズを連れ、お勘定を済ませて店を飛び出す俺。

 どうする?


 まだそれは決めていないのだ!

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