その⑨ 社員からの証言 

「先生お客様です。先日駐車場の近くで少しお話をお伺いした…こちら」

「槇村覚と言います」

「槇村さんです。あの…今日は…」

「なんとなくなんですがね。伝えたいことがあって、あの、あの日は懐かしすぎて驚いてしまって…

 私、今から35年くらい前に横澤商会に努めていましてね。その頃立ち退きの問題が起こってあの駐車場のそばに引っ越したんです」

「あの近くにお住まいだったんですか?」

「はい。まあ当時は車で通勤なんて洒落たもんはなくて、自転車で行ける範囲が生活圏でしたから、私もあの辺りの社宅に住んで自転車で通っていたんです」

「なるほど、ではあの辺りにお詳しい」

 三村は席を作って老人を座らせた。

「詳しいわけじゃないけれど、社長が良い人でね。移転しなくちゃならなくなって、通えなくなる社員には申し訳ないって…」

「社長はその当時どなたがやっておられたんですか」

「佐竹佑一社長です。良い社長でした。前の社長が長患いで体痛めながら仕事してましてね。佐竹社長ともうひとり大番頭の権田さんが楽しそうに働いてましたよ。事務所も工場の敷地内にあってみんな顔見知りでした」

「何処へ移転したんですか?」

「横浜の山の方だったと思います。社員全員に声がかかったんです。私にも移動の話はあったんですけど、親の家があの近くで離れたくなくてそんな話をしました。そしたら駐車場を運営して欲しいって頼まれたんです。悪い話じゃなかったし、先代から頼まれたら断れません。お引き受けしました」

「それであの駐車場が残ったんですか」

「どんどん引っ越して寂しくなちゃったんだけど、呑気に仕事できてるから良かったかな。今じゃ街になってしまった」

「当時のことで印象に残っていることはありますか」

「印象に残っている…佐竹社長はとても気さくな方で、社長という感じがしませんでした。常に先代からこの会社を預かってると言って、丁寧に仕事をしていました。あそこを離れるのをとても残念がっていました。思い入れがあったんでしょうか。最初に看板上げた場所だって常々言ってて、ほんとに謙虚な方でした」

 近所からのちょっとヘイトな評判とこの社員っだった人物からの評判が違うのも合点がいった。ここを移転する佐竹社長は残念だったに違いない。

「なるほどそれでぽっかり街に穴が空いてしまったんですね」

「穴…面白いことをおっしゃる。廃虚みたいなところですが、時々集まって酒のんだりすると懐かしくてね〜なんかお知らせしたくなってしまったんです」

「いやあ、貴重なお話をありがとうございました。なかなか社員の方にはお目にかかれなくてそうですか膠工場は35年前に移転したんですね」

 不穏な動きがあるとしたらこの場所に古く住んでいた地域住人だろうか…それも今となっては考えにくい気がした。


「仮想敵が居るとしたら…誰なんだろう…」

「交通事故に遭われたって言いましたよね。相手の方はどなただったんでしょう。こっちも二人亡くなってるほどの事故ならお相手の方も重症だったんでしょうか」

「調べてみようか、45年前、当時の記録が残っているのかな」

「額田法律事務所に記録ありませんかね。相手の方への保証とか、一方的に向こうが悪ければ無いかもしれないけど…こっちにも非があれば何らかの保証に応じてて無いですか」

 それもそうかと三村が腰を上げた。

「もう一度額田法律事務所に行ってみようか」

「はい」

 二人は微かな希望に望みを繋いで、話を聞こうと腰を上げた。


「お電話頂いて、35年前の交通事故について、ですね。調べておきました。こちらが詳細です」

「すみません。どうしても気になってしまって」

「良いですよ。ある資料はお見せできます。無いものは無理ですけどね」

 1977年4月9日午前8時24分 場所世田谷赤堤交差点、久我守江、咲衣死亡事故 バイクの飛び出しを避けるためにハンドル操作を誤り中央分離帯に衝突。出血性ショックにより両名死亡。運転は久我守江。目撃者の証言により逃げたバイクはそのまま逃走、見つからずじまいだった。 

「また、これは…謎ですね」

「憶測が飛び交ったわけも分かるな〜」

「目撃者を探すのも難しい案件です。この事故に関しては父も何度か究明をトライしていましたよ。久我家の問題は我が法律事務所の重要案件ですからね」

「う〜ん。そうか…」

「でもこの場合、バイクに乗ってた者を探し出すことが出来たとして、それが刺客だと立件するのは難しい。罪に問えるかどうか…」

「罪に問う前に…このバイクの運転手を探すのが非常に難しい」

「確かに、難しいですね。探す方法も見つかりそうにないですね。忘れてしまいそうですけどこの案件35年前ですからね」

「う〜ん」

 三村が頭を抱えた。煙のように消えてしまった二人の命。今更あの時のバイクを運転していたものですと名乗り出る者など無い。誰かが故意に事故を起こしたとしても捜査は困難だろう。

「すみませんお忙しいのに。お手間を取らせました」

 二人で事務所を後にした。

「彼言ってたね。久我家の問題は我が法律事務所の重要案件だって」

「はい。そう言ってました」

「あんな職業法務家の彼にまでそういう考えが浸透している。深い結び付きなんだな」

 感慨深げに三村がそう言った。


 

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