その⑫ 隠された後継者 

 残された妻と娘が不幸にも交通事故によって亡くなり資産家久我家は二人の後継者を一瞬にして失った。御家断絶と騒がれた久我家に残された最後のひとり娘、幸智…

 しかし、交通事故に名を借りた他殺の疑惑が消えない中、もうひとりの娘を久我家に戻し名乗りをあげることには反対する意見が多かった。ここに登場する誰もが反対したに違いない。会社の中も疑心暗鬼で不安定な中、小さな命を守るためにすべてを隠蔽する決断も仕方がなかった。疑わしき叔父だけど、証拠もなく、捜査の手も伸びることもなく、事件は闇の中へ迷い込んだ。

 幸い、幸智は権田家に隠されている。『横澤商会』は当時のもうひとりの社長、大番頭の権田利史によって安泰。ならば、さらなる事故を防ぐため久我家は後継が無いことにして封印され。何の関係も無いように、隣の権田家という体裁を繕って日日の暮らしを守り続けた。

 直之の妻の守江が病弱のために双子のうち長女の咲衣だけ手元に残してもうひとりは、当時、妻守江の世話係だった笑美とその母親の権田明美のもとでひっそりと娘として育てた。屋敷の一部分を分離し権田利史の借地としたのも笑美と幸智を隠すためのカモフラージュだった。

 笑美は、その年佐竹佑一と結婚しその後一子をもうける。姉弟として育ったのが幸智と佐竹一郎だった。横澤商会の現社長。

 横澤商会は久我直之と佐竹祐明、当時の大番頭権田利史の三人によって起こされた会社で三人が出会い青春をともにした横澤高校の名前を冠して社名を付けた。久我直之の意思を継いだ物たちは自分の会社だと邁進せず、預かった会社と思って運営したため独りよがりな会社にならず順調に大きくなり土地も広がった。50年の長きに渡って変化し寝かせたこの土地を新しい後継者がゴーストタウンからどう蘇らせるのか…それが新たな楽しみになった。

「先生…」

 夕香が自分たちの仕事をどう捉えたら良いのか分からなくて不安な顔をして三村を見つめた。上手くいったのかどうなのか。

「全てうまく行きましたよ。僕達の役割は探りを入れて危ないものを炙り出すための囮だったんじゃないかな。50年経ってまだ、亡霊は生きていて災いを齎すんじゃないかと恐れられていたから、出来ればこの日の前にそれを見つけ出しておきたかった。幸い今の所は名乗り出るものもないけどね…」

「あちこち動くだけで良かった仕事なんですか?」

「その通り、それで済んで良かったよ」

 二人のもとに、あのカフェモンドリアのマスターのマドンナが近寄った。

「あの、久我幸智でございます。この度はお世話になりました。皇ちゃんが私に任せろって、腕の良い探偵を知ってるって、引き受けてくれたんです」

 久我皇子が横に並んでで頭を下げた。

「ごめんなさい。嘘ばかりついて、ひとつ話すとみんな話さなきゃならない。それが出来なくて苦労したんです」

「そうでしょうね。皆さん良い人ばかりで、温かい。50年間のチームワークが素晴らしいものでした。幸智さんこれで安心して過ごせると良いですね」

「父も母も失くしましたが権田の祖母が良くしてくれました。母も一郎兄さんもいましたから普通に幸せでしたよ」

「それは良かった」

 思ったほど深刻でもなかったらしい。現実、生活とはそういうものだ。

「それはそうと、あのふたつのお屋敷は、地下で繋がってでもいるんですか?」

「え?何故?どうしてそれを」

「そんな気がしたんですよ。権田さんの家は敷地の割りに小さいのに久我さんの土地に近く、寄り添って建っている。アメリカ柵が可愛らしくて全然別のテイストがあしらわれているから同じ設計者が描いたとは思えない出来栄えですよ。家に比べて異様に大きいガレージは…多分地下駐車場への入口になってるんでしょうね」

「まあ!」

 久我皇子が恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「叔父がクラシックカーが大好きで、当時趣味で集めた車が中に収められています。家の旦那と弟はとにかく叔父さんの影響で車が大好きで、名古屋でディーラーをしています。息子も当然大好きで、お披露目が楽しみでしょうがないと思いますよ」

「おや、皇子さんには子供は居ないんじゃなったですか。弟さんの娘さんしかいなかったと記憶していますよ」

「すみません。息子がいると遺産狙ってるみたいで疑われるんじゃないかと…元気に名古屋で仕事をしています」

「そう、姪っ子さんは?」

「本当に居ますよ。イギリスに。古い車の買付をしています」

 もうひとつの久我家は車マニアの集まりらしい。こちらは叔父さんの趣味を継いで商売にした典型だった。

「あの、後日お披露目の会をしたいと思っています。少し先になりますが…その時はぜひお越しください。招待状を送ります。ほんとに色々ありがとうございました」

 マドンナは食わせ物の久我皇子の横で美しく微笑んだ。

 



 

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