第8話 戻したかった想い

「バーカー王子」

「凄いね、もはやただの悪口だよ、名前ですらないよ」

「もし訳ございません、喉の調子が今朝から悪くて」

「喉かな、絶対に悪いのは態度だと思うよ」


普通であれば即斬首されても文句言えない様な不遜な態度だったが、

国王陛下直属の部下である侍女とアーサーはソフィアが退室した後に

今後についての話しをする為に部屋に二人残った。


「アーサー様が先ほどソフィア嬢に渡したペンダントは国宝と言うほどでもありませんが、

あれを急に用意するのにどれだけ私が苦労したか分かりますか?

散々今の王政に文句を言う枢機卿に下げたくもない頭を下げてやっと貰ってきたんですよ。

あまりに腹立たしかったので帰り際に女子トイレに赤いペンキで呪詛の言を書きなぐってしまいましたよ。」


「あれ君だったの?止めて、朝イチで私が見た書類が教会本部の女子トイレの呪いについてだったんだけど」


「それはいいとして同じものを用意するのに今回は時間がかかりますので、

アーサー様こそそれまでの間はおとなしくしていて下さい」

「何かあった時のために君がいるんだろ」

「そんな簡単に王族の首を跳ねさせようとさせないでください跳ねますよ。」

「簡単にはねようとしてるじゃないか!!」

「そんなに彼女の事が大事なのですか?」


「ああ」


アーサーがそう答えると侍女は諦めたのか、

静かに部屋を出て教会本部に向かった。


一人残った部屋の中であの日の事を思い出す。


私の目の前に転げて来る彼女の頭部、最後に私を貫いた瞳により、

まるで全ての靄が晴れたように私は正気をとりもどした。


長い間苦しめた弟、私を最後まで想い悩んで倒れていく父親、そして誰よりも何よりも大切なソフィアの死。


殺してやる。


私から全てを奪った者を見つけ出して必ず殺してやる。


ベロニカに全ての罪を擦り付けて拷問をかけて裏で操っていた奴の名前をつきとめた。

近隣国の第二王子エリックが主犯だった、王位争いの手柄にしたかったらしい。

だがエリックは私が手を下す前に何者かの手によって殺された。


概ね国内で悪事が露見して戦争の火種になる事を恐れて他の王族が処分したのだろう。

それを決断させる位には、私は誰からも狂王と恐れられていた。


ベロニカも拷問の際に使った薬物で気が狂った挙句に死んでいった。

これで残ったのは、狂王と恐れられている私だけだ。


目の前に散乱する空の酒瓶と薬物。

寝ようとすると闇の奥に浮かぶ彼女の蒼い瞳。

私もそう長く正気を保っていられないだろう・・・


「おや何か思い悩んでいるみたいだね」


気がつくと部屋の中には薄汚れたローブを着た老婆がいた。

暗殺者か幻覚かどちらでもいい、久々に人と話しをするのも悪くない。


「何か用か?」

「あんたにゃ用が無いが探しものがあってね、

あんたもそんな感じに見えるがあってるかい?」


「ああ、探しものではないが取り戻したい物があってな」

「戻してあげようか、対価は安くないけどね」

「殺し屋かと思ってたら詐欺師か、狂王相手に感心するよ」

「詐欺師とは失礼だね、対価はそうさねあんたの寿命を20年分でどうだい?」

「本当に久しぶりに愉快だよ、ああ良いぞ20年分だろうと持っていけ」

「契約成立だね」


老婆がそう言うと眩い光が部屋の中で輝いた。


「そうそう戻してはやれるが、取り戻せるかはアンタしだいだよ」


その老婆の声を聞いて私は意識を手放した。


目を覚まして全てを悟って喜んだ私は再び絶望した。


戻したのは時で、取り戻せるかは彼女の私への思いか。

壊れた壺を直したいと願ったら壺の破片渡された気分だよ。


だが良い、破片であれ残っているのなら。

この破片は私のものだ誰にも奪わせない。

いくら破片に傷付けられても手放さない。

この両手が血に染まったとしても。


人によって環境が変わるように、環境によって人もまたかわる。


彼が変えた運命のうねりは、何処に想いを運ぶのだろう。

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