第6話 私の願い

「紅茶と菓子でも用意させるよ、まずは座ってくれないか」


アーサーの部屋に入り次第そう言われたので、

素直にアーサーの前に座る事にした。


「お菓子は結構です、お陰様で今日ドレスを着るのに少し苦労しましたので」

「まああれだけ一度にバターたっぷりのクッキーを食べれば・・・

いや何でもない」


私が怨嗟のこもった目で睨みつけるとアーサーは瞳を逸らして言葉を濁した。


「わざわざ弟の見舞いに来てくれてありがとう」

「いえ、レオン君は私にとっても弟みたいなものですから」

「そうか」


「何故ですか?」

「何故とは?」


私の質問の意図は分かっているだろうに、

本来なら私から陛下にお伝えして今後の失脚の材料にしたかった。


だけどここまで先手をうたれたらその望みも絶たれた。

それであれば一歩踏み出すしか無い。


「レオン君に薬を止めるように言ったのがアーサー様だと聞きましたので」

「ああ、あれは薬では無いよ、即効性は無いが毒だ。

手に入れて指示した私が言うのだから間違いない。」

「っく」


私は部屋に付き従っている侍女を見た。


「彼女なら心配ないよ、何せ私が一連の話を陛下にした後、

今後同じ様な事が起きない様に私からお願いしてつけて貰った陛下直属の部下だからね。

勿論この話も知っている。」


「陛下は何と?」

「そうかと一言だけ言ったきりかな、

今後私がどうなるか分かるまではレオンには黙っていて欲しい。

疑うなら陛下に君が確認取れる様に予定を空けてもらうよ」


もしかして廃嫡の可能性すらあると言うのに

アーサーはまるで熱の籠っていない目で淡々と語った。


「何故ですか、何故自分で傷つけておいて自分で救う様な真似をするのですか」


私はあまりに理解出来ないアーサーの行動に憤りを感じて、

つい大声で問い詰めてしまった。


「何故か、本当に何故なんだろうな」

「答えになっていません」


「昔父上の大切な壺が飾ってあったんだ。

父上の若い頃からの付き合いの友人から貰った壺らしくてね。

既にその友人は死んでしまっていたらしいが。


懐かしむ様にその壺を大切にする父上を見ると少し苛立ってしまってね。

ほんのイタズラ心でその壺を隠そうと思ったんだけどね、

当時子供の私には、その壺はいささか重すぎた、落として割ってしまったよ。


顔から血が引くというのを痛感した。

使用人が止めるのも振り解いて、割れた破片で手が血だらけになっても、

必死に私は壺のかけらを拾い集めたんだ。


一度壊してしまったら二度と戻らないのにね」


アーサーは表情を変えず、自分の過去の過ちを淡々と語った。


「それが答えですか?」

「ああそうさ、愚鈍で愚かな男は何度も同じ過ちを繰り返すのさ。

その後に泣きながら拾い集める事も知らずにね」


「私はアーサー様が愚鈍だとも愚かだとも思った事はありますせんよ、

 思慮深い事を愚鈍だとは言いませんし、愚かな人は過ちにすら気づきません。

ただ少し結果を焦り過ぎて長所が生きていないのですよ。

ああでも、お股が緩いオッパイ星人だとは思ってます。」


「君は最初に貶すか、最後に落とすかしないと気がすまないのかな」

「アーサー様にお願いがございます。」

「凄いね、この流れで良くお願い出来るね。

因みに毒の入手先は教えないし調べるのも不許可だ」


「入手先は検討がついてます、私の妹ですよね。

でも妹ごときが私や母親の目を逃れて、

王家を欺けられる位の毒を入手出来る訳がありません。

辺境伯の娘に近づけたとしたら隣国の人間が裏にいると考えるのが自然です。」


「そこまで理解しているのなら分かると思うが、

裏にいる人間は王家を影で操ろうと目論んでいるくらいだ。

たかが辺境伯の娘の命なんて何とも思っていない。

君が危険だ、許可は出来ない。」

「私がどうなろうとアーサー様には関係ないじゃ無いですか!!」

「関係ないわけあるか!!」


二人は最後には怒鳴り声をあげて睨みあった。


「お願いしますアーサー様、もう自分の運命を人任せにして待っているだけは嫌なのです。」

「くっ、三つ条件がある。

一つは私が今つけているネックレスを付けて外さない事。

二つ目は、王家が用意する護衛の監視下で動く事。

最後に、危なくなったら何をしてでも逃げる事。

以上を守るなら母上の秘書として接触する事を許可する」

「分かりました、その条件で良いです。」


色々制約があるが他国の要人に小娘が接触するには一番確実なので渋々条件を飲んだ。


「ただ軽く考えないで欲しい、もしこの条件を破って勝手に動いたら罰として、

君を王城に軟禁して、いつでも私が目の届く範囲にいて貰う。」

「・・・・後付けでアーサー様の特殊性癖を強要するなんて卑劣ですね」


「誰の特殊性癖だ・・・

最後に私からの質問も良いかな」

「このドスケベ!!」


「なんでだ!!

いやもういい、聞きたい事は一つ。

君は私を好いていないどころか憎んですらいる様に見える。

何故婚約に応じてくれたんだ?

何を望んでいる?」


「何をですか・・・」


私は改めて自分の想いを見つめ直した。

私は何を望んでいるのだろう。


恨みをはらす?恨みとは?

きっと愚かな私はあの時にアーサー1人で牢獄に来て、

俺の為に死んでくれと言われたら喜んで命を差し出したろう。


あの女に取られたから?

少し違うはね、私の思いを一切歯牙にもかけずに私を捨てたから。

だからあの時の私の絶望を、あの時の憎しみを味合わせてあげたい、それが私の願いね。


「そうですね、私の想いを知って欲しかったからって事だと思います。」


そう最後に言って私はアーサーの部屋から退室した。


今壺を壊そうとしているのは誰だろう。

泣きながら拾い集める人はいるのだろうか。


先の事などどうでも良い。

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