18話 土地神様と付喪神 その四


 ~少し時を戻して、セキ視点~


「うおっ、とと……」

「わっ、ダイジョブ?」

「あ、ありがとう」


 躓いてこけそうになったところをサラに支えられ、体勢を戻す。

 穴の先はさっきまでの和風なものとは異なり、塗装も何もない石を組み合わせただけのような簡素な造りの空間だった。

 ただ、辺りは相変わらず薄暗い上に足元はデコボコ。さらに道そのものもグネグネとして歩きづらい。視覚効果もあって歩いているだけですげえ酔いそうだ。


「ここは舞台裏というか、例えるなら工事現場の足場みたいなモンでね。表の廊下なんかより雑に作られてて歩きづらいから気ィ付けてな」

「は、はぁ。てか、サラとフキはよく躓かないな。流石は運動神経良い組……」

「セッチャンも運動ウンドーできるホーだと思うますケド」

「ま、お前も丹田に力を入れりゃ耐えられるさ」


 武術家みたいなアドバイスしやがって。まあ試してみるけどさ。


「にしても、舞台裏こっちだとフキに刃物飛んでこないんですね」

「監視カメラが無い部分を通ってるようなモンだからな。色々歪んでる以外は安全だよ」

「フーン……ところでマトチャン、どーやってこんなRouteを見つけたノ?」

「そりゃ歪んだ時空ごと壁ぶっ壊して外に出たらあったのサ」


 時空ごとぶっ壊すって何?


「??? エット……セッチャン、翻訳頼んでもイイ?」

「いや、翻訳とか関係なしに僕も意味が分からない……」

「とりあえずコイツがとんでもねえ奴だってことだろ」

「お褒め頂きどォも」


 はたしてコレは褒めているうちに入るのだろうか。


「……ていうか、そのままアンタに付いていってるけど、俺らは今どこに向かってんだ?」

「そりゃァキリ達ンところだよ。一旦あの神サン迎えに行かないと話にならないからな」

「どこにいるのか分かるんですか?」

「ここまでの道程で概ね構造は理解したし、大体の検討はつくサね。ま、そのまま皆サン付いてきてー」


 それから旅行ガイドのように軽いノリで進んでいくマトイさんを僕らは慌てて追いかけたのだった。


 それから間もなくして、襖のようなものを発見した。

 開いてみると……


 キリさんがイザを組み伏せ、押し倒していたのだった。




「無事でホントに良かったヨー!」

「心配かけたわねー胸押し付けんなもぐぞ」


 二人が無事だったことに安堵したサラがイザに抱きついた。

 対するイザは物騒な台詞を吐きつつも、宥めるように赤い頭を撫でている。言葉とは裏腹に彼女も安心したような顔つきだ。


「怪我もないみたいで何よりだなチビ助」

「アンタもねデカ太郎」

「再会したばっかで毒づき合うなって……キリさんと一緒にいたんだな。状況は聞いてる?」

「一応、軽くは。そこまで慌てる状況じゃないって言ってたけど」


 相変わらずいがみ合うフキとイザの間に挟まりつつ訊ねると、妙なことを言われた。

 慌てる状況じゃない? 家の中がめちゃくちゃになっていて、フキも命を狙われているこの状況が?


「……もしやキリさん、フキの事が相当嫌いなのでは?」

「マジで? あんな美人に嫌われるとかすげえ興奮するじゃん」

「「うわぁ」」


 フキの発言にドン引きの女子二人のことは置いておくとして……命が狙われている状況を危険視していないというのは妙だ。

 キリさんは抜けている所はあるけれど、彼女とて神様。フキが狙われていることを把握していないとは思えないが……いやでも、キリさんだしな。分かってなくてもおかしくはない。


 疑問が募る一方で、キリさんとマトイさんはというと……



「この非常時に何やってたんだいコラ」

「ぐわあぁぁ―――っっ!?」



 マトイさんの片手がキリさんの白い頭を鷲摑み、悲痛な叫びが薄暗い和室に木霊している。

 うむ、見事なアイアンクローだ。そのまま持ち上げられているせいでキリさんの足が床についていない。


「イザ、実際あの神様と二人で何してたの?」

「思い出話というか恋バナというか……色々あってね。まあ最後にアタシの話も聞きたいとか言われて全力抵抗してたんだけど」


 それで押し倒されてたのかよ。本当に何やってんだ。


「へェ、随分と呑気なことですのねェ土地神サマは」

「ぐぅおおぉぉ―――っっ!?」

「ま、マトイさんその辺で! そのままだとキリさんの頭がトックリ形状になります!」

「カミサマだから関係ナイんじゃナイ?」

「あ、そっか」

「いや納得してないで止め、ぬあぁぁ―――っっ!!」


 止める者がいないこともあり、少しだけ折檻は長引いた。


 その後、解放されたキリさんが自分の頭を押さえながらイザとのんびりしていた理由について話すと、マトイさんは考え込むように自分の口元に手を当てた。


「キリからすると危険性は無いと判断した、と。理由は?」

「痛つつ……あ、うん。理由って言ってもそう感じたとしか言えないんじゃけど。まさかフキザキさんの命が狙われとったとは露知らず……」

「頭上げて下さいって。マトイのお陰で無事っすから」

「むしろくたばってない事を残念に思うくらいで丁度いいと思うわ」

「もー、イザクラちゃんはまたそうやって邪険にする」

「いいのよコイツはコレで喜ぶから」


 相変わらず幼馴染に辛辣だなこの女。

 ところで、気になった事が一つある。


「イザ、もしかしてキリさんと仲良くなった?」

「え、そう見える?」

「うん。なんというか、前より遠慮がない気がする」

「まあ、そうね。アンタ達と離れてる間にちょっと親睦を深めたというか、そんな感じよ」

「エッ、イイなー。キリチャン、ワタシとも深淵を深めようゾ!」

「親睦な」


 ま、仲良きことはいいことだ……なんて知らないうちにイザとキリさんの仲が進展している事に密かに感動を覚えていると、マトイさんがパン、と手を打った。


「親睦を深めるのはいいけど、一旦出るぞ。ここだとまたフキザキサンに色々飛んでくるからな……っとォ」


 ――ヒュッ、バシッ。


「うわ危ねっ」


 僕らに注意喚起をしながらマトイさんはまたしてもどこからか飛来してきた物騒な得物(今回は鉈)を叩き落とした。

 叩き落としてる人も狙われてる本人も慣れたのか分からないが、落ち着き過ぎて緊張感の欠片もねえなホント。




         〇〇〇




 イザとキリさんと合流出来たところで、デコボコの床が跋扈する舞台裏エリアに移動した。

 それから「歩き通しで疲れただろ」というマトイさんの気遣いにより、少し休憩を挟むことになったのだが……。


「ホゥ、ソンナお話が……」

「ええ。だからキリさんとマトイさんの……」

「OKOK。ならそのうち……」

「いや、そんな気を遣わんでも……」


 少し離れたところで赤白チビの三人娘(?)がコソコソと話し合っている。

 よく分からないが、僕らには聞かれたくない話なのだろう。しかしちょっと気になるな……。


「何話してんだろうね」

「さあな。聞きに行くか?」

「女性の密談を詮索するのは感心しねェな。まァ向こうの話が一段落したら下手人の所に向かうとしますか」


 三人の会話内容を気にする僕とフキをたしなめつつ、マトイさんはこれからの指針を示した。

 この布巻怪人によれば「事件解決には当然、犯人をとっちめるのが最適解だろ」とのことで、この状況を作り上げた付喪神をどうにかすれば柊崎家も元に戻るのだという。


「コマチさんはどうするんです? それにその付喪神の場所は……」

「構造は理解したから大体の場所は掴めてるよ。それにフキザキサンが気配を辿れば正確な位置は分かるだろうサ。コマチは……別の所に飛ばされてる可能性もあるけど、多分主犯の所にいるんじゃねェかな」

「根拠は?」

「勘」


 堂々と曖昧な事を言うなぁ。

 しかし何故だろう。あまりに毅然とした態度で言うものだから当たってそうな気がしてくるし、むしろその姿に格好良さすら感じてくる。

 なんやかんやで蔵の時から今までずっと頼りになってるし……アレ? 冷静に考えたらこの人、顔が見えなかったり色々と規格外で謎が多いこと以外はめちゃくちゃまともでカッコイイ人だったりしないか?


「うおっ、キリチャン目つき怖っ!」

「うわホントだ。仮にも神様がする顔じゃないわよ」

「なんか身内から敵が増えそうな気がしただけじゃけえ大丈夫よフフフフフ」


 ……なんか向こうから凄まじいプレッシャーを感じる。理由は分からないが冷汗が止まらないぜ。


「そうだ、フキザキサン。その主犯のトコに辿り着くまでに一つ訊いておきたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「コマチのこと、怖くはない?」


 マトイさんは突然、よく分からない質問を投げかけた。


「……どういう意味だ?」


 その意図が読み取れず、質問を返すフキ。僕らも同様に疑問符を浮かべている。

 それに対し、落ち着いた声でマトイさんは話し始めた。


「いや何、蔵での一件もあったし、家がこんな事になってるし……特にフキザキサンに関しては命まで狙われてるからな。付喪神自体に悪い印象を持ってないかと思ってサ。一応、この異変が解決した後でアンタらと関わらないようにもできなくはないけど、どう?」


 ……そう言われるとたしかに、結構恐ろしい目に遭わされてばかりだな。今日何度も危ない状況に陥っている原因は全て付喪神が発端だし、普通は悪印象しか植え付けられないだろう。

 けどまあ、コイツなら――



「必要無いな」



 ――ま、そう言うよな。



「即答だな」

「当たり前だろ。多少のことで俺が美人を諦めるようなヤワな野郎に見えんのか」

「殺されそうになってンのは多少の事ではないと思うけど……一応、理由を訊いても?」

「理由も何も、知り合ったばっかなのに怖いもクソもあるかよ。ちょっと厄介なことが起きた程度でよく知りもしねえうちに遠ざけるのはなんか違うだろ」


 ……自分の家の蔵を人死にが出るスポットにされかけたり自分に刃物が飛んできたりするのをちょっとした厄介事くらいにしか考えていない辺り、メンタルが強いとかいうレベルじゃねえな。

 まあそれはともかくとして、冗談めかした言い方はしているけど、コイツは飄々としているようで案外情に厚い奴だ。知り合って間もないとはいえ、コマチさんを遠ざける選択はしないだろうさ。


「その厄介事の発端が全部付喪神の仕業でも?」

「それはそうなんだが……コマチの件は解決してるし、そもそも悪気は無かったわけだろ? それに同じ付喪神でもコマチとこの騒動を起こしてる奴は別モンってんならコマチを恐れる理由にはならねえだろ」


 そう言ってフキが鼻を鳴らすと同時に、僕も軽く頷いた。


「コイツは勿論、僕もですけど……『付喪神』じゃなくて『コマチさん』を見てますからね。人間だって色んな考えの人がいますし、きっと神様だって同じでしょう?」

「ま、そういうことだ。付き合い方はもうちっとアイツを知ってから考えるさ」


 マトイさんへ向けて端的にまとめた答えを言い合い、二人で笑みを浮かべる。

 僕らは実害を被る前に助けてもらった側だし、神様について詳しいわけではないから、楽観的だと言われても仕方がない。けど、僕らとしてはコマチさんと異変を起こした付喪神は別。そして彼女のことをもっと知ってから判断したいというのが結局の答えだ。


 そんな結論を語る僕らを見て、マトイさんは組んだ腕を解いて腰に手を当てると、



「アンタらがそう言える人達で良かったよ」



 安心したような声でそう言った。

 巻かれた布で顔は見えないけれど、その表情は笑っているような気がした。





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