19話 土地神様と付喪神 その五
マトイさんとの問答を終えたタイミングで女性陣の話し合いも終わったらしく、早速異変の原因である付喪神のいる場所へと向かうことになった。
今は先頭からマトイさん、フキ、僕、イザ、サラ……そして一番後ろにキリさんという順番で歩いている。前後に怪異への対応可能な二名を配置することで万が一何かが起こってもなんとかなるだろう、とのことである。
「なんかこーやって歩いてるとAttractionみたいで楽しくなってきたネ」
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ。僕みたいに」
「えっ、アタシ今アンタの服持ってんだから転ばないでよ?」
「ワタシともHand in Handだしダイジョーブだヨ」
「なんかそうやって二人にイザクラちゃんが挟まれとると、身長差を余計に感じるというか……」
「「捕まった宇宙人みたいだな」」
「はっ倒すぞ馬鹿共」
全員揃った安心感や休憩したことで心に余裕ができたのか、なんだかいつものようなノリで話が飛び交っている。完全に雑談ムードだ。
これからラスボスの所へ行くようなもんなのにあまりにも緊張感が無い。僕もだけど。
「そういや今更なんだが……あれだけ壁とかぶっ壊してたが、解決した後で影響あったりしねえよな?」
「時空変動っつっても厳密には『柊崎家の構成材料をサンプルに作った別の異次元空間』って感じだからな。そこは特に問題ないだろうよ」
「ドユコト?」
「とりあえず解決すれば全部元に戻るから大丈夫ってこと。仮になんかあったらオレが責任もって直すサ」
……マジでなんかあったら直すんだろうな。本当に色々と頼れる人だ。
「そもそもどーやって解決すんノ?」
「主な手段としては付喪神をボコすか説得するか、かな」
「神様をボコるって大丈夫なのかしら。色んな意味で」
「大丈夫かどうかはともかく暴力で解決できるんならそっちの方が手っ取り早いな」
「そうだね。話し合いよりよっぽど楽だよ」
「なんて血の気が多い野郎共だ」
定期的に僕らへ暴力行為を働くイザに言われたくないな。
「ラクなのはイイケド、その付喪神チャンにも家をこうする理由があるんじゃナイカナ。オハナシ合いでなんとかならナイ?」
「まったくサラの言う通りだね。なあフキ」
「そうだな。誰だ暴力に訴えるなんて野蛮なことを言いだしたのは」
「お前らだよ野蛮人共」
人を蛮族のように言うんじゃないよ。僕らは文化的思考を持った上で暴力を行使する方向に至っただけだ。
「理由を訊く、ねェ。殺されかかってンのに悠長だな」
「やっぱりダメですかね?」
「否定してるわけじゃないよ。むしろアンタらのそういうところが気に入ってるし」
「「へへっ……」」
「率先して照れるな野蛮人」
「ただ、付喪神をぶっ飛ばす方が早いのはその通りでね。オレとキリがいれば十分やれる……が、問題は話が通じるかどうかだな」
あ、やっぱり暴力的解決が最適解なんだ。
……まあ、マトイさんの言う問題も理解できないわけではない。これまでの事から相手側が攻撃的なのは分かり切ったことだし、話し合いなんて手段はかなり甘い考えだと思うだろう。
これから事態を解決するにあたって、どうあってもマトイさんには負担がかかる。それにキリさんを除けば一番状況に詳しいのもこの人だし、できるだけその意見に従うべきなんだろうけど……。
(でも……)
キリさんへと目を向ける。
彼女やコマチさんだけかもしれないが、ここまで会った二人の神様は人間とあまり変わらなかった。だとすればきっと話もできるはず……って考えも楽観的すぎるかな。
「……えっと……」
うーん……なんて言えば説得できるかな。
僕らは助けられる側だし、できればあまり負担になるようなことは避けたいのも事実。本当なら我儘を言うべきではないんだろうなぁ。
「――……ン?」
申し訳ない気持ちになりながら何をどう言おうか迷っていると、マトイさんはどこか虚空を見つめて首を捻った。
「どしたノ?」
「状況が変わった。こりゃ話し合いに持っていけるかもな」
「あ、ほんまじゃ」
よく分からないが、マトイさんとキリさんは突然別々の方向に顔を向けながらお互いに何か納得し始めた。
「状況が変わったって……どういうことなんです?」
「口頭で説明してもいいけど、直接見た方が早いかもね。ってことでサッサと行こうか」
と、よく分からないまま前を歩いていくマトイさんの背中をまたしても追いかけることになった。
〇〇〇
それから僅か数分。さっきイザとキリさんがいた和室のような襖がいくつも立ち並んでいる場所に着いた。
そのうちの一つを前にマトイさんとフキが歩みを止めた。
「ここかな。フキザキサン、どうよ?」
「ああ、ビンビンに感じてるぜ」
フキの下品な言い方はさておき、コイツの勘が確かであればこの先に家をめちゃくちゃにした付喪神がいるらしい。
「……」
……なんだか冷汗が出てきた。
結局このデコボコ道を渡り歩いている間は何ともなかったけど、相手はフキを殺そうと画策していた存在だ。そりゃあ緊張もするし、正直に言えば怖い。
チラリと後ろの様子を伺うと、イザもサラも同じように顔が少し強張っている。
ここは一旦、心の準備をする時間を設けた方が――
「失礼しまーす」(ガラッ)
――いいと思ったんだけど、提案するよりも先にマトイさんが開けて中に入ってしまった。なんという豪胆さとスピード感だ。
僕らもその後を追って中に入ると……そこはかなり広く、奥行きのある畳張りの部屋だった。
なんというか、時代劇なんかで見る殿様が奥で鎮座しているような場所だ。薄暗くて部屋の奥はよく見えないけど……。
――ヒュッ!
「おっと危ない」
目を凝らして部屋の様子を伺っていると、風切り音がした。
反応できなかったけど、どうやらまたフキに向かって何か飛んできたらしい。しかし、マトイさんがまた難なく叩き落としてみせた。
カラン、と床を転がる金属音に目を向けると、そこにはバターナイフが落ちている。
(……ん? バターナイフ?)
そう、落ちていたのはバターナイフ。ナイフの名を冠していても刃のないへらに近いアレである。
なんだろう、今まで飛んできた物とは違って殺傷力が低い気がする。
そんな疑問を浮かべつつ床に落ちた刃物(?)に意識を向けていると、部屋がぼんやりと明るさを増してきた。
『……あっ』
明るくなった部屋の奥へと目線を向けて、誰か……あるいは全員が声を漏らした。
目線の先、部屋の奥には……コマチさんの姿があった。
何かボロ布のようなものを上に羽織っているが、特に外傷らしいものは見当たらず、棒立ちでこちらをジッと見つめている。
「……コマチさ――」
「待った」
安心して近付こうとする僕らをマトイさんが腕で制止してきた。
理由を訊こうとするより先に無言でコマチさんの方を指す。
「付喪神だ」
「え? そりゃコマチさんは付喪神ですけど」
「っ! セキ、違え!」
「コマチさんが着とる方!」
フキとキリさんが叫んだ瞬間、コマチさんの着ているボロ布……いや、汚れたボロい着物が薄っすらと発光し始めた。
あの光、もしかして……。
「……神通力!?」
「正解。アレが今回の
「コマチさんに憑りついとるみたいじゃね。厄介な……っと!」
「っ!」
話の途中で付喪神の中から何かが飛ばされてきたのが見えて、思わずサラとイザを庇うように身体を動かし、目を瞑った。
コツン。
「……?」
予想に反し、なんだか大したことのない衝撃音が聞こえた。
目を開けてみると、フキの足元に黒い何かが落ちている。
「……何だこりゃ?」
「
「え゙……フキに当たってなかった?」
歪な形のソレを見たサラと僕の言葉によって、マトイさん以外の全員が一斉にフキから距離を取った。
その瞬間、とんでもない量のソレがフキへと降り掛かってきた。
「うおおおなんだなんだ!?」
「うわ絵面ヤッバ」
雨のように撃たれる姿はまるで堆肥散布機に巻き込まれたかの如し。茶色の散弾が足元に散らばり、大きな体躯が埋もれていく様はなんというか色々と直視し難い。……うわこっちまで転がってきやがった。
「くっ、アブノーマルなのは嫌いじゃねえがここまでのものは想定外……ん?」
「どうしたウンコマン。絶対にこっちに来んなよ」
「小学生センスのあだ名を付けるな。いやコレ犬のフンとかじゃねえぞ」
「え?」
フキに言われ、足元に落ちている黒光りしたソレの臭いを恐る恐る嗅いでみる。
……特に臭くはないな。というか、臭いがあんまりしないような。
「大丈夫、カリントウだよ」
薬品臭を嗅ぐように手で扇いだりしていると、その横でマトイさんがフキの足元に散らばっている一つをつまみ上げて呟いた。
「Karinto?」
「和菓子の、ですか?」
「そうソレ。食う?」
「やめときます……」
散々ウンコウンコと言っておいて食べるのはちょっと……しかも落ちてた物だし。
って、こんな悠長に話してて大丈夫なのか? 一応付喪神はすぐ目の前にいるのに……あれ?
「……何もしてきませんね」
コマチさんはかりんとう攻撃を止めたかと思えば、またしても棒立ちの状態になっている。発光していることもあって異様な雰囲気を纏っているのはそのままだけど……。
「あの付喪神さん、もうあんまり力が残っとらんみたい。かりんとうしか出してこんかったところを見るに、もう刃物どころか物を出す元気もあんましないんじゃと思う」
「? 疲れてるってこと?」
「……そんな感じかね」
なんだかあやふやな物言いだけど、ともかくあの付喪神の力も無尽蔵というわけではないらしい。さっき言っていた『状況が変わった』というのもこの事だったのだろう。
それに気が付いた辺りでコマチさんの身体は突然へたり込み、眠るように横たわったのだった。
「これまたボロボロだなァ」
マトイさんが手元の着物の付喪神を見ながら呟いた。
あれから弱まった着物の付喪神を回収し、眠っているコマチさんを保護。キリさんとマトイさんが付喪神を捕縛して無力化……となったのだが、ボロボロになっている着物を見かねたマトイさんが修繕を始めたのだ。
「それ、直して大丈夫なのか? また色々飛ばしてこねえ?」
「ちゃんと掴んでるし、そうそう神通力は使えないし使わせないよ」
「いざとなったら私も止めるけんね。でもマトイも疲れとるじゃろうし、無理せんで私にまかせていいよ」
「無理はしてないから大丈夫だって。まァ全員守るためなら多少の無理くらいはなんでもないサ」
なんとまあ涼しい声でかっこいいことを言いなさるじゃないのこの人。
ちょっとキリさんが惚れる理由が分かった気がする。
「そそそそれならいいんよ! でも蔵の時みたいな無茶はいけんけえね!?」
「キリチャン顔真っ赤だわヨ」
「それはともかく、ここからどうする? 流石に布と話はできねえし……アンタできそうだな」
「できねェよ。オレを何だと思ってンの」
「布の擬人化」
言い得て妙である。
しかしフキの疑問はもっともだ。まさか異変を起こした付喪神の姿が無機物の姿だったなんて思っていなかったから、てっきり普通に話せるものだと思っていたしな。
……いや、むしろ『付喪神』としてはこれが自然な姿なのか。元々イメージしていた付喪神は物体に意思が宿ったもの。コマチさんが人間の姿だったから自然とそういう姿を想像していたけど、こっちの方がきっと普通なんだ。
「着物と意思疎通なんて普通はできないし、どうしようか。……あ、神通力で文字を書いてもらうっていうのは?」
「お、それいいんじゃない?」
「いや、この付喪神さん私どころかコマチさんよりも年上みたいじゃけえ、書けたとしてもかなり古い文章になると思う。解読に時間が掛かるんじゃないかね?」
「キリチャン解読できないノ?」
「私もそんなに古い言葉は分からんけんねぇ」
そういえばキリさんって僕らからすれば割と歳食ってるけど、神様としては若い方なんだっけ。となると文字での意思疎通は難しいか。
「はい、施術完了っと。どうですかお客サン」
皆で頭を悩ませていると、マトイさんがそう呟いた。
目を向けると着物の修繕が終わっていて、あっという間に穴が塞がっている……どころか、端切れで作られた装飾なんかが追加されて最初よりも綺麗になっていた。すごい職人技だ。
そして鏡を取り出し、美容師のように着物を写して感想を訊ねるマトイさん。すると付喪神は礼を言うように自分の袖口を合わせて縦に振り始めた。
なんだこのシュールな光景。ていうか仮にも刃物を向けてきた相手にどうしてそんなフレンドリーな対応ができるんだろう。
《対話を試みようとしとるセキさん達が言えんと思うんじゃけど》
キリさん、心臓に悪いのでテレパシーで突っ込むのやめてください。
「キレイになったネ。触ってもイイ?」
「え、危なくない……?」
「もう敵意はないみたいだから大丈夫。はい」
「俺もちょっとよく見せてほしいんだが――あ痛っ」
綺麗になった着物がサラの手元へ渡り、フキがそれに手を伸ばすと袖ではたかれた。袖にするとは文字通りこのことか。
マトイさんの修繕技術のお陰で絆されたのか、さっきまでの危険性はなくなったみたいだけど……フキに対しては心を許していないままのようだ。
「くっ、なぜだ!?」
「何故っていうか……むしろ殺されそうになっておきながらよく触ろうと思ったな」
「全自動で動く衣類とか色々できそうだし興味を持たない方がおかしいだろ」
「イロイロって?」
「そりゃもう……女子の前では、ねえ?」
「僕に同意を求めんじゃねえよぶん殴るぞ」
自分を殺そうとしてきた付喪神をどういう目で見てんだコイツ。蔵の時でも思った事だけど、ここまでくると呆れるどころかもはや恐い。今後の付き合い方を考えるべきだろうか。
「てかアンタ、この着物とどういう関係なのよ。殺されそうなくらい恨まれてるなら何かしら関わってるんでしょ?」
「ところがどっこいマジで見覚えがないんだよなーこれが。そもそもホントにうちにあったっけかこんなもん……痛え!」
あ、今度は頬を叩かれた。痛そう。
フキですら知らないとなるといよいよ何も分からないな。反応からして付喪神の方はフキの事を知ってるみたいだけど……うーん、どうにか会話できないものだろうか。
「Hey, セッチャン。ドーヨ?」
「ん、何……おお」
いいアイデアも出ず悩んでいると、サラに肩を叩かれた。振り向いてみると、艶やかな着物に袖を通してご満悦な彼女の姿があった。
軽く羽織っているだけだが、スタイルの良さもあって赤髪の見返り美人が完成している。……やっぱ可愛いなコイツ。
「あら、似合うじゃない……って待ってそれ付喪神よね。着て大丈夫なの?」
「いやァ大丈夫じゃねェかも」
『えっ』
――カッ!
マトイさんの言葉に全員で振り返った瞬間、サラの身が一瞬だけ光に包まれた。
そして……
「……思った通り、憑りつきやすい」
虚ろな目をして、彼女はそう呟いた。
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