17話 土地神様と付喪神 その三


「じゃ、オレの事は気にせず続けていただいて……」

「イヤイヤイヤ!」

「待て待て待て!」


 そそくさと開けた穴に戻ろうとするマトイさんをサラと一緒に全力で止めた。


「この状況で置いて行こうしないでくださいよ!」

「その状況だから気を遣ったつもりだったんだけど……」


 どういう状況に見えてんだこの人。そもそも前見えてます?


「き、気遣いキヅカイはアリガタイのですケド、今はソーユー時じゃナイから!」

「そうですよ! さっきもキリさんが消えて……ん? マトイさん、フキとコマチさんは?」

「残念ながらコマチとははぐれた。フキザキサンならここに」

「ぐ、おぉぉ……」


 マトイさんが自身の左手へと顔を向けたので僕らもそちらへ視線を向けると、なにやら呻き声らしきものが聞こえた。

 粉塵が揺れる中、マトイさんの左手の中には……アイアンクロ―で顔面を掴まれている親友の姿があった。


「ふ、フキ!? マトイさん、一体何を」

「何回注意してもエロ本トラップに引っ掛かりそうになってその度に助けてたんだけど、流石に危なっかしくてサ。止む無くこのような対処をせざるを得ず」

「うちの馬鹿がすいません……」


 暴力的な形ではあれど、フキのことを助けてくれていたらしい。ホントすいません。

 しかしこの筋肉ダルマを無力化した上、片手で軽く運べひきずってしまうとは……流石トラックを片手で運ぶ怪人だ。絶対敵に回したくない。


「そっちは……キリとイザクラサンか」

「あ、はい。最初にイザがいなくなった後でキリさんから状況説明を受けて……」

「途中で別れたと。じゃ、まずはその二人の探索ってとこだな」

「フキを?」


 だらりと脱力して伸びている親友を指しつつ、首を傾げる。

 三大欲求のステータスを性欲に極振りしたような危なっかしい人間ではあるから色んな意味で警戒する側な気がするけど……守るとはどういうことだろう。


「この状況を仕立て上げた元凶……付喪神の狙いは多分、フキザキサンとコマチみたいなんだよねェ」

「え、俺?」


 うわ復活した。ホントタフだなコイツ。

 しかしこの馬鹿の疑問は最もなものだ。仮に付喪神がこの状況を作り上げたことに狙いがあったとして、どうしてフキとコマチさんなんだろう?


「理由までは分からないけど、あくまで状況からの予測サ。こっちで何が起きてたかは知らないけど、少なくともなんの力も持たない一般人のセキとサラアンタらだけで無事だった。片やオレ達の方はオレがいなかったら一瞬で即死するであろう状況がフキザキサンに向けてひっきりなしに襲い掛かってきてた。こんな風にね」


 ――ヒュッ、バシッ。


 言うや否や、どこからかフキに向かって飛んできた槍を片手で掴んで止めて見せた。

 ……今この人ノールックで掴まなかった?


「なるほどな。どおりで俺が本を拾いに行く度周りに刃物が転がってると思ったぜ」

「流石に気づけヨ」

「つーかその状況でエロ本拾いに行ってんじゃねえよ」


 しかし、なるほど。たしかにこっちはキリさんと別れてから周囲を警戒していたけど、これといって何も起きてはいなかった。

 強いて言うならサラの体調が悪そうだったけど……いつの間にか立ち直ってるみたいだし、特に関係なさそうだ。


「フキの方は分かったケド、コマッチャンはドーシテ?」

「フキザキサンから聞いたンだけど、さっき蔵の中でコマチとは別の妙な気配があったらしくてサ」

「コマチと会う前からなんか視線を感じてたっつーかな。その妙な感じが今はもっと強くキてるんだわ」

「で、フキザキサンの殺害より先にコマチをかどわかした。ってことは謎の付喪神にとってはコマチあっちの方が優先順位が高いってことだ」


 そういや蔵の中でコマチさん(不定形状態)と出会う寸前、フキはどこか別の場所を見てたな。コイツの野生の勘は結構馬鹿にできないし、この異変の中で気配を感じているのも本当のことなのだろう。


「コマッチャンは無事カナ……?」

「フキザキサンみたくその場で殺害を試みなかったところを見るに、そこは大丈夫でしょ。とりあえずここで話してても仕方ないし、サッサと移動しようか」

「え、あ、はい」


 それから飛びかかってくる物体を叩き落とすマトイさんに先導され、先程ぶち抜いてきた穴へと一緒に入るのだった。




         〇〇〇




 〜一方その頃、イザとキリ〜



 皆さんどうも。井櫻イザクラです。

 カスみたいな幼馴染、フキの家にお邪魔し、友達と一緒に廊下を歩いていたら『なんか長くね?』とか思ったところでいつの間にか周りにいた友達の姿が消え、気が付けば一人で薄暗い和室に移動していました。

 突然の出来事に驚きつつ、どうにか皆と合流しようとこの部屋を出ようとしたけれど、どういうわけか襖は開かないし強く叩いても破れることもない。そんな不思議部屋です。



 そんなアタシは今、何故かその和室で土地神様に押し倒されています。



「はぁ、はっ……捕まえた」

「き、キリさん。どいてくださいってば」


 途切れ途切れの吐息、捕らえた獣のように高揚した眼光。それらが白い前髪と一緒にアタシの顔に垂れてきている。


 ……どうしてこのような状況に陥ったか。それを説明するには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。



「――はっ!? い、今読もうとしていた衆道本は!?」

「え、キリさん!?」


 まず、皆とはぐれてから少し経った頃、アタシがこの部屋を調べている途中で突然キリさんが現れた。

 それからこの家に起きている異変について説明を受け、セキやサラ達と合流すべくキリさんの神通力でこの部屋から脱出するように促そうと思ったのだが……


「あの、イザクラさん」

「なんですか?」

「ええっとぉ…………お、お話しませんか!?」


 キリさんがそんなことを提案してきたのだ。


 詳しい話を聞いてみると、どうやらキリさんはアタシと仲良くなりたいのだという。

 勿論、最初は『この状況で何を能天気な』と思ったけれど……キリさんの分析によれば、この異常事態はらしく、焦ってこの部屋から出ていく必要はないとのことだった。

 とはいえ、仲良くなりたい……かぁ。


「アタシとしては既に割と仲良くなれてるつもりだったんですけど。ほら、先月の一件でも色々お話してましたし」


 先月うちの部活の後輩がお世話になった時にキリさんから彼女自身の話を少し聞いたりして、結構仲良くなれたと思ってたんだけどなぁ。

 そういえばあの時は本当に神様然としていて、流石に認識を改めざるを得なかったんだよね。まあそれ以前に身体が溶けたりしてたから人間とは思わなくなってたけど。


「そ、それはそうなんじゃけど……私の話だけじゃのうて、イザクラさんのこともお聞きしたいというかじゃね」


 む、そう言われるとたしかに。

 あの時はキリさんのことを色々聞いたけれど、アタシ達側の話をする機会はなかったんだっけ。


「そういうことなら、まあ」

「ありがとう! じゃあ早速セキさんとのご関係についてお聞きしたいんじゃけどどこに行くんイザクラさん!?」


 キリさんの言葉を最後まで聞くことなくアタシは即座に逃げ出した。

 クソッ、そういう方面のお話かよ!



 ――と、そういうわけでアタシ達はこの部屋の中で追いかけっこを始め、悲しいかな運動不足が祟った結果キリさんに確保されたというわけである。


「はぁ、ふぅ……さぁ! セキさんとの話を聞かせて!!」

「うおおお!! 離せェ――ッ!?」

「話すのはそっちじゃァ――っ!!」


 言葉遊びのような叫び合いをしながらジタバタと抵抗するも、薄く発光している彼女の細腕を振りほどくことはできなかった。

 くっ、この神様、ここぞとばかりに神通力を使ってやがる!


「こんなひ弱な人間相手に神通力まで使って恥ずかしくないんですか!」

「使えるもんを使って恥ずかしいことはないよ! へっへっへ、どうせ逃げられんのじゃけえ、さっさと吐けば楽になれるものを」

「なんなんですかその三下ムーブは!?」

「サラさんの貸してくれた漫画にこんな感じの台詞があったんじゃけど……こういう時に使うんじゃないん? 違った?」


 読んだ漫画に変な影響しか受けないなこの神様。


「つーかなんでそんなに聞きたがってるんですか! アタシらの話なんてどうでもいいでしょ!?」

「よくなーい! お友達とそういう色恋のお話しするの、憧れとったんじゃけえ!」

「この状態、憧れてた形と絶対違うと思いますけどぉ!?」


 片方を縛り付けて行う恋バナに憧れを持っていたとすれば半分危険思想だわ!

 し、しかし実際逃げられないのも事実。仮に拘束から逃れられたとしても、どちらにしろキリさんの協力がない限りアタシにこの部屋から出る手段を持たないわけだし。

 こ、こうなれば……一か八かの賭けだ!


「分かりました、話します! けど、その前に二つ条件があります!」

「条件?」


「まずアタシの拘束を解くこと。それと――話すんなら先にキリさんからです!」




「――それでその時にマトイは色んな事教えてくれて……」

「へえそうなんですか」

「マトイは色々知っとって、博識ってこういう人のこと言うんじゃって思ったり……」

「へえそうなんですか」

「それからマトイがマトイでマトイのマトイな……」

「へえそうなんですか」


 アタシの出した条件をあっさりと呑んだキリさんはマトイさんとの思い出について饒舌に語り始めた。

 先にキリさんに話させて有耶無耶にしてしまおうという目論見だったけど、思った以上に上手く事が運びそうで何よりだ。

 ……しかし心底嬉しそうな顔で思い出を語るキリさんの頬は赤く染まっていて、恋する乙女にしか見えない。これでなんとも思ってないはマジで無理あると思うわ。


「それで、綺麗な髪飾りもその時買ってくれて……あ、でも今は壊してしもうたんじゃけどね」

「ん? その髪飾りって前に言ってた壊した貰い物ですか?」

「あ、うん。綺麗な薔薇の髪飾りじゃったよ」

「へぇ……ある意味ピッタリですね」

「へへ、そうかね……ん? ある意味?」

「大した意味じゃないんで気にしないでください」


 薔薇BL本が好きなキリさんに薔薇の髪飾りとはなかなかの偶然だわ。時系列的にはソッチに目覚める前に貰ったみたいだけど。

 さておき、あの布怪人マトイさんについて話している時のキリさんは本当に良い笑顔をする。それはもうこっちが照れそうくらいに可愛らしい表情だ。

 恋心について無自覚なのかと思ったけど、多分そういう感じでもない。本神ほんにんが否定しているわけだし、その辺に突っ込むのは野暮なのかもしれないけれど……。


「あの、しつこいようで申し訳ないんですが、キリさんって確実にマトイさんに恋愛感情を持ってますよね?」

「じゃ、じゃけえそんなんじゃないって。マトイのことは好きじゃけど、そういうのじゃ……」

「……何か、否定しないといけない理由でも?」

「っ!」


 アタシが指摘すると、キリさんの表情が固まった。


「何かあるんですね? 否定しないといけない理由が」

「ひ、否定とかじゃないんじゃけど、えっとぉ……」


 言い淀んでいたところに追い打ちをかけると、キリさんはより目を泳がせ始めた。

 そんな彼女の顔をジッと見つめ続けていると、少し落ち込んだような表情になり、話し始めた。


「その……宇迦之御魂大神様が、違うって言っとったけえ」

「ウカノミタマっていうと、たしか土地神様キリさんの上司的な感じの……お稲荷様でしたっけ? なんでその神様が出てくるんですか」

「上司っていうか親に近いんじゃけどね。実はその、前に相談したことがあって……」

「その時に否定された、と」

「……うん」

「それ、キリさんは納得できてるんですか?」


 相談して答えを貰うのはまだ分かる。けど、問題はキリさんの抱く感情なのだ。

 親に言われたからといって、否定されてすぐに受け入れるなんてできないものだと思うんだけど……。


「納得も何も、宇迦之御魂様あのかたの言うことは絶対じゃし、間違ってないんよ。それに……そもそも、私は人間に対してそういう感情を持っちゃいけんし」

「それは、どうして」

「宇迦之御魂様からの言いつけでね。破ったらいけんのんよ」


 キリさんは悲しそうにするでもなく、ただ当然の事のように渇いた笑みを浮かべて呟いた。

 これは……キリさんがその神様のことを信頼しているとか、そういう問題ではない。きっと彼女にとってそのウカノミタマ様とやらは、『絶対』の存在で、その言葉を否定することができないのだろう。


 神様の上下関係だとか、そういう込み入った事情はよく分からない。

 ただ、痛々しく微笑む姿を見て、軽々しくそれ以上追及することはできなくて……アタシは頭を下げた。


「……ごめんなさい。ぶしつけに辛い事を聞いてしまって」

「だ、大丈夫よ! 言いつけなんて昔っから決められたことじゃし、今更じゃって!」


 アタシが頭を下げると、キリさんは慌ててフォローしてくれた。

 踏み入ったのはこっちなんだし、少しくらい怒ってもいいのに。ほんと優しい神様なんだから。

 それにしても……


「そのウカノミタマ様、だっけ? なんか腹立ってきたわね」

「えっ」

「人の恋路を横から勝手にどうこう言ってんじゃねえよって話よね。機会があれば一発叩き込みたいわ」


 あー、なんか言ってて余計腹が立ってきた。

 神様には神様の事情ってのがあるんだろうけど、頭ごなしに否定した上に禁止しているってのが気にくわない。キリさんより偉い神様だかなんだか知らないけど、会うことがあったら絶対直談判してやろう。


「あ、あのーイザクラさん? 流石にそれは不敬というか、私としては注意せんにゃいけんというか……」

「キリさん」

「あ、はっ、はい」


 なんだかキリさんがゴニョゴニョ言ってる気がするけど、それは一旦無視だ。

 それより先に、一旦確認しておかないと。


「キリさん自身は、どう思ってるの?」

「え?」

「その気持ちはキリさん自身のものよ。まずはキリさんがどう思ってるか、聞かせてくれない?」

「えっ、と……その……」


 アタシが質問すると、キリさんは戸惑ったように言い淀んでから「分からん」とだけ呟いた。


「分からない?」

「その、好……なのはそうなんかもしれん。けど、恋とかそういうのは分からんし、本当にこれがそういう感情なんか……分からんのんよ」


 困ったように答えるキリさん。その言葉の意味を少し考えて、すぐに理解した。

 キリさんは神様で、人との関わりが少ない。そのせいで分からないことも多いのだ。

 好意であることは分かっていても、友なのか恋愛なのか、はたまた別の好意的感情なのかの区別がつかない。それは人間の間でも起こり得る迷いだし、キリさんならなおさら仕方のない事だろう。

 でもそういうことなら……アタシはアタシで、勝手に言わせてもらおう。



「キリさんは恋をしてる。アタシは勝手にそう思うことにするわ」



 真っ白な土地神様の真っ白な手を握り、目を合わせて、言った。

 唐突な宣言に目を丸くしているキリさんを他所にアタシは続ける。


「どれだけ偉い神様が否定しても、アタシは勝手にそう考える。違う? 恋じゃない? ……それはウカノミタマだかお稲荷様だかが言ってるだけ。だからアタシも『違わない』って勝手に言ってやるんだから」


 言いながら自然と手に力が入り、キリさんの手をギュッと握りしめてしまった。

 しまった、痛くなかったかな。なんて思いながら慌てて手を離す。


「アタシはきっとそうなんだと思うし、応援したい。……でも、迷惑とか余計なお世話なら言ってくださいね? 勿論キリさんの考えが一番ですし、マトイさんに対する気持ちが違うって言うのなら何も言いませんから」


 自分で言っておいて恥ずかしくなりつつ、補足するように付け加えておいた。

 後付けで保身に走る。我ながら姑息とは思うけど、人間ってそういうものよ。

 内心で自分を正当化していると、キリさんは少しだけ呆けた顔をしてから、


「っく、はは。あはははは!」


 突然吹き出して笑い始めた。


「……なんで笑ってるんですか」

「い、いや予想外すぎて……サラさんもセキさんもそうじゃけど、ほんまに神に対して不敬な子ばっかりじゃね、あははは!」


 ……なんだかよく分からないけど大ウケしている。

 普段セキとサラはどういう応対してんだろう。まあなんとなく予想は付くけどさ。


「あー笑った笑った。……あの、イザクラさん」

「なんですか?」

「ありがとう。そう言ってくれて、すごく嬉しい」

「……どういたしまして」


 素直に礼を言われて、なんだか急に自分の発言が恥ずかしくなってきたので目線を外してぶっきらぼうに返した。

 あー顔があっつい。ま、本心だから後悔とかはないけどさ。


「ねえ、イザクラちゃんって呼んでもいい? 私のことも呼び捨てでええけ」


 自分の顔を手で扇いでいると、キリさんはそんな提案をしてきた。


「え? い、いや流石に呼び捨てはちょっと……」

「ふふ、神様に啖呵は切れるのにそこは律儀なんじゃね。じゃあ、せめて敬語は無しにせん?」


 キリさんは心底嬉しそうに、人懐っこい笑顔でアタシへお願いしてきた。

 ……そんなにキラキラとした目で見つめられると、断れないじゃない、もう。


「……分かったわ。後でやっぱりやめてって言っても遅いからね?」

「ありがとう、イザクラちゃん!」


 ぶっきらぼうなアタシの態度に反して、キリさんの眩しい笑顔がはじけた。

 そうして薄暗い和室の中、人知れずアタシは土地神様と仲良くなれたのだった。



 ……と、親睦を深めたのは良かったのだが、問題はその後である。



「で、これからどうするんです?」

「これからって?」

「マトイさんにどうアプローチすんのかって話よ。もうスパッと告白しちゃう?」

「い、いやいやいや、それはちょっと急すぎるって」

「そうかしら。……まあ、脈アリかどうかもよく分かってないし、そりゃそうか」


 前にサラの家でマトイさん側がキリさんをどう思っているのか確認したくてくっついてもらったけど……反応がいまいちだったのよね。

 グレーな状況で勝負を仕掛けるのは愚の骨頂。しばらくは様子見かな。


 そんな感じで土地神様の恋の行方については今後も見守らせてもらう方針を定めたところで、キリさんが何か思い出したように「そういえば」と手を打った。


「私の方は話したんじゃし、約束通り今度はイザクラちゃんとセキさんの話を聞かせてほしいんじゃけど……はい今度は逃がさんけえねー」

「クソォ覚えてやがった!」


 なんとこの神様、提示した条件を覚えていやがった。

 畜生、良い雰囲気のまま誤魔化せるかと思ったのに! しかも今回は対応が早い!


「私だけ話してそっちは言わんとか無しよ! さっさと観念して話すことじゃね!」

「ぐぬぬぬ、たしかに約束を反故にするのは良くない……けど、そこまで面白い話もないわよ? さっき話したセキとフキの乱闘騒ぎの原因がアタシのためだったりとかその程度だし」

「いやものすごい面白そうじゃんか!? 詳しく話して欲しいんじゃけど!」


 あ、しまった。興味をそそらせてしまったようだ。


「いやあの、ホント自分の事話すの得意じゃないんだって。とりあえずまずは離して?」

「話すのはそっちじゃって……あれ? さっき同じような話した?」


 したわね。さっきよりは比較的落ち着いてるけど。


「……っ!!」


 押し倒されたまま焼き増しのようなやり取りを繰り広げていると、突然キリさんの動きがピタリと止まり、顔中から冷汗を流し始めた。それと同時に、何か威圧感のようなものがキリさんの背後から感じられ、アタシの方も思わず息が詰まった。

 恐る恐る、といった体で振り返るキリさんと一緒に身体をよじってそちらへ目を向けると――




「――やっほゥ、キリ。……元気そうだなァ?」




 ――台詞は平凡な挨拶。だけどその実、怒りと呆れを混ぜ込んでいるような……布越しの底冷えする声が聞こえてきた。




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