16話 土地神様と付喪神 その二
~一方その頃のフキ御一行~
「――良し、こんなモンでいいだろ」
適当な空き部屋に案内し、マトイが作業を始めて十分も立たない短い時間が経った頃。布だらけの顔からそんな呟きが聞こえた。
「は? もう終わったのか?」
「作ったり直したりするのは得意って言ったろ? ホラ」
マトイが立ち上がって横に避けると、その陰から先程見たばかりの木像が見えた。
いや、よく見るとさっきとは様子が違う。細かい溝の埃が落ちているし、なんだか輝いているような……仏様ということもあるせいか、後光が差して見えた。
「マジで終わってるし。片付けの方は――」
「終わったぞ」
あまりに作業が早くて驚いている隙に、マトイは作業道具を片付け終えていた。
……掃除の時も思ったが、手際が良すぎるだろ。コイツの周りだけ時空が歪んでんのか?
「きれいになったわ、ね。布のあなた、すごい、わ」
「どォも。そういやフキザキサン、御家族は? 像の手入れについて報告するついでにコマチの事も説明しておきたいンだけど……」
「ああ、それは後で大丈夫だ。今んとこ俺以外の家族も使用人も出払ってっから」
「そっか。じゃァ四人の所に戻るか」
「おう。……あ、一旦俺の部屋寄ってもいいか? 蔵の整理の礼ってわけでもねえが、この後セキ達とテス勉する約束でな。色々取りに行かなきゃならん」
「ほいほい」
というわけでマトイの適当な返事の後、そのまま俺の部屋へと向かうことになった。
「――ふむ、先月そんな事がねェ」
「楽しそうなお話だった、わ」
部屋へと向かうついでに、雑談がてら先月俺たち(というか主にセキ)の周りで起こったことについて軽く話すと、そんなリアクションが返ってきた。
土地神様との出会い、俺達との交流、そして呪い騒動……。どれを取っても超常現象オンパレードな話だったわけだが、思ったよりも反応が淡白だ。まあ、マトイもコマチも超常的な存在だからそこまで驚くようなことでもないのかもしれないが。
「俺もほとんど聞いた話でしかねえけど、色々大変だったみたいだな。ま、キリさんが大活躍したおかげでなんとかなったらしいけど」
「まァ、キリは腐っても土地神だからな。その辺は軽く解決できるでしょ」
「あの神様のこと、信頼してんだな」
「信頼っていうか、神の力ってのを信用してるだけだよ。別にキリに限った話じゃないサ」
そう言ってマトイはコマチの頭を撫でた。照れ隠しというわけではなく、事実を言ってるだけのようだ。
うーむ……キリさんの方が明らかにコイツの事を意識してるっぽいから探りを入れてみたいところなんだが、いまいち読めねえ。顔が見えないのがネックだな。
「しっかしキリのヤツ、ちゃんと役目を果たしてるみたいだな。まァ真面目だからその辺は心配してなかったけどサ」
キリさんの役目か。
たしか、セキから聞いた話だと……。
「災害なんかから管轄地域の住民を護ったりするのが土地神の役目、だったか? 呪いをどうこうすんのは少し違わねえか?」
「あァ、そう聞いてるのか。間違ってはいないけど、正確には『管轄地域内の人間を怪異なんかの異変によって引き起こされる災害から護ること』なんだよね」
なるほど。つまり、呪いなんかの怪異を解決してるってことはその役目を正しく全うしているということになるのか。
「ん? 怪異ってことならさっきの蔵の件って」
「
逆に言えばマトイがいなければさっきの話の通り、不審死連チャン呪いの蔵が出来上がっていたのか。ゾッとする話だなオイ。
先週サラの家で神社に代替を置き忘れたとかいう話が出た時も思ったが、キリさんってもしやかなりポンコ……いや、これ以上は止そう。
「わたしのせいかし、ら? ごめんなさ、い」
「いや、アンタが謝る事じゃないサ。まァあんな状態になった理由は気になるけどね」
「ま、それはそうなんだが……それより、コマチは昔っからあの蔵にいたんだよな? ちょっとその辺について詳しく――」
「――ッフキザキサン!」
――ドスッ!!
話の途中で突然マトイに腕を引っ張られた。と、同時に何かが壁に突き刺さったような音が聞こえてきた。
「……矢か、コレ?」
つんのめって倒れ込みそうになった状態で壁を確認すると、弓につがえて飛ばす矢が壁に深々と突き刺さっていた。刺さっている位置からして、マトイが引っ張ってくれていなければ壁よりも先に俺の頭に当たっていただろう。
「なんで……あ、いや助かった。ありが――」
突然のことで驚きと困惑が入り混じりつつ、礼を言おうとした途中で俺は周囲の異変に気が付いて言葉を失った。
廊下の先が見えない。
いや、正確には……先が見えない程、長くなっている。こ、これは……
「いつの間に我が家はここまで増築を!?」
「だったらまだ良かったンだけどねェ。立てる?」
「ん? ああ、悪い」
冗談めかして驚いていると、マトイに腕を引っ張られて立ち上がった。
だだっ広い我が家とはいえ、ここまでの長距離建築ができるほどの敷地は有していない。超高速弩級増築の線は無いと考えていいだろう。
「フム。こりゃ時空が歪んで引っ付けられて……簡単に言や廊下がループ状態だな」
「文字通りの無限回廊か。マトイ、コレまさか……」
「あァ、蔵ン時と同じ。怪異案件だ」
「マジかよ」
コマチの一件で既に腹一杯だってのに、まだあんのかよ……ん? ちょっと待て。
「コマチはどこいった?」
辺りを見回すも、さっきまでマトイと手を繋いでいたこけしのような付喪神少女が見当たらない。
「……チッ、今の一瞬で連れて行かれたか。これだから神ってのは面倒くせェ」
焦る俺とは違い、マトイは冷静な口調で悪態をついた。
連れて行かれた? 神? クソ、色々唐突で理解が追いつかねえ。
「おい、これ今どういう状況なんだ!?」
「説明してやりたいとこだけど、ちょっとその余裕は無さそうだなァ。とりあえず今はオレの傍から離れないように――」
――ドサッ。
マトイが廊下の先を警戒しながら話している途中、後ろの方から音がした。つられてそちらを確認すると――
――際どい水着のお姉さんが表紙のグラビア雑誌が落ちていた。
〇〇〇
~視点は戻ってセキ御一行~
『――もう一体付喪神がいる?』
キリさんから聞いた言葉に驚き、彼女以外の三人でそのまま復唱した。
長すぎる廊下に違和感を持った僕らは一旦立ち止まり、この中でこういった事象に一番詳しいキリさんにこの状況について訊いてみると、
『今、この廊下は始点と終点がくっつけられて延々と続いている状態にある』
『この家にコマチさん以外の付喪神がおり、そちらが何か仕掛けている』
といった答えが返ってきたのだ。
「私も今気がついたくらいじゃけえ、気配を隠しとったんじゃろうね。少なくとも今起きとる異変はさっきのコマチさんと
「目的は?」
「それは分からんけど……危険かもしれんし、今は下手に動かん方が――」
「――アレ? イザは?」
キリさんが話している途中で呟いたサラの疑問に、僕とキリさんは同時に辺りを見回した。
……本当にいない。もしや……。
「トイレか」
「ヒトコト言えばイイのにネー」
「恥ずかしかったんだろ。察しておやりなさい」
「違う違う。付喪神がイザクラさんをどこかにやったんじゃって」
「「な、何ぃ!?」」
い、いつの間に!?
いや、このおかしな状況を作り上げているのは謎の付喪神。神様なら唐突に連れ去ることが出来てもおかしくはないか。
「突然姿を消した時点でおかしいと考えようや。直前の話でなんとなく分かるじゃろ」
「トイレに行くなら突然姿くらい消すでしょう」
「
「なんで厠へ行くことにそこまでの信頼感が……それはともかく、二人とも服でもええけ私に触れて離れんようにしてね。触れてさえいれば別れて飛ばされることはないじゃろうけえ」
「イザは無事なんですか?」
「今は大丈夫。でも元凶の目的が分からん以上、どうなるか分からんし、どうにか見つけて助けるよ。でもその前に、まずはここから出る方法を――」
――カラン。
キリさんが話している途中、今度は後ろから何か物音がした。
そちらに顔を向けると、少し離れた場所に何かが落ちている。あれは……日本刀?
「Wow!! Japanese Sword, KATANA!!」
「ちょ、待て待て待て!!」
目を輝かせながら拾いに行こうとするサラを引っ捕まえて止めた。
「セッチャン、なぜ止めるますノ!?」
「止めるわ! 急にあんな物が出てくんの明らかにおかしいだろ!」
キリさんが『離れるな』と言った傍からサラが好きそうな日本刀が急に出てくるなんてタイミングが良すぎる。絶対に罠だろアレ。
――カシャン。
僕が必死にサラを引き止めていると、刀の隣に追加で何か降ってきた。
あれは……――ッ!!
「伝説のC級映画、『フライング笠地蔵VSブースター天狗 ~エリア51上空のデッドヒート~』の初回盤DVDだとぉ!?」
「ダメだセッチャン! Trapだ!!」
サラに羽交い絞めにされ、ハッと正気に戻る。
な、なんという恐ろしいトラップだ。我々の好みが完全に把握されてしまっているではないか。この状況を引き起こした謎の付喪神とやら、なかなかの策士と見た。
「私たちの気を引いて分断させようとしとるみたいじゃね。引っ掛からんように気を付けて――」
――ドサッ。(←BL本が落ちた音)
ビュンッ。(←無言でキリさんが取りに走った風切り音)
パッ。(←目の前で消えた土地神様)
……まるで三コマオチのような形で土地神様の姿は一瞬で掻き消えてしまった。
「キリチャ――ンっ!!」
凄まじい早さで罠に引っかかって消えていったキリさんに向け、サラの悲しい叫びが廊下に響いた。
僕らよりあっさり引っ掛かってんじゃねえよ神様。
「……って、マズくないかこの状況」
ふざけた経緯とはいえ、頼みの綱であるキリさんと引き離された。つまり、仮に今から何か妙な力で襲われたりした場合、一般人である僕とサラでは太刀打ちできない可能性が高いということだ。
……どうにか、サラだけは守らないと。
ここからどう行動するべきかは分からない。でもとりあえず、コイツを守るのが最優先だ。
別れて飛ばされないようにサラの手をギュッと握り、壁を背にして周囲を警戒する。
「……サラ? なんか顔赤くない?」
「そそそソンナコトはゴザイマセンコトヨ?」
そうは言うものの、明らかに顔が赤い。
もしや体調不良……いや、まさか付喪神に何かされたのか!?
「サラ、壁の方に来とけ。しんどかったら横になっててもいいから」
「え? いやアノ」
「いいから無理すんなって」
半ば強制的にサラを壁に追いやり、盾になるようにして周囲への警戒を強める。
しかしここからどうする? こうして警戒し続けているだけだとこっちの気力が削られていくだけだ。
となればもう移動するしかないわけだが……体調を崩したサラに無理はさせたくない。どうしたものか……。
「アノ、セッチャン」
「どうした? あ、無理すんなよ?」
「た、体調は悪くナイから。それより……何か音がする、ような……」
そう言われて耳を澄ませると、
……ミシッ……ミシッ、ミシッ……。
と、たしかに何か軋むような音が聞こえてきた。
音はどんどん近くなってきており、大きさを増している。なのでさらに廊下の警戒を強めて――いや、違う!
「この音、壁の方からだ!」
「エ? うわっ!?」
サラを抱き寄せ、反対の壁際へ飛ぶように逃げる。
その瞬間、壁はミシミシと音を立ててひび割れていき……轟音と共に瓦解した。
バラバラになった壁の破片が床に散らばり、辺りが煙のような粉塵に包まれる。
それから、ゆらりと空いた穴の奥から人影のような何かが出てくるのが見えた。
その影を警戒しつつサラを守るように抱きしめ、睨めつけたところで――突風が舞い、粉塵が一気に晴れた。
「――ン? お邪魔だったかな?」
壊された壁の奥から現れたのは、布に包まれた顔面……マトイさんの姿だった。
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