8話 土地神様と出処調査 その三
僕が華麗なる土下座を土地神様へと奉納した後、所は変わって榎園家の前。
僕らは揃って門扉を通り、玄関前にまで来ていた。
「ドーゾドーゾ! ゴエンリョナサラズー」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「お、お邪魔し、ます……」
慣れた挨拶をしながら玄関をくぐる僕とイザ。そして最後にキリさん。
そう、今回はキリさん……土地神様も一緒なのである。
帰るついでに僕とイザが榎園家に立ち寄るという話になり、その時サラが『キリチャンも行こーゼ』とお誘いしてそのまま流れで連れてきてしまったわけなのだが……。
「……ここまで来ても特に変化はなさそう、ですかね?」
「た、多分?」
僕の質問に曖昧な返事をするキリさん。
なぜこんな問答をしているのかと言えば……なんとこの方、神社から出たことがほとんどないらしいのだ。
たしかに祀っている神社の境内から御神体(というか神様そのもの)がいなくなる、というのはどうなるか予想がつかない。が、一度だけ外に出たことがあるという本
「違和感あったら言ってくださいね。速攻で神社まで担いでいくんで。セキが」
「僕かよ。いいけど」
「あ、ありがとう。でも特に問題なさそうじゃし、大丈夫だと思う……多分」
やだ曖昧。その言い方だとちょっと不安が残るんですけど。
「あらいらっしゃい。今日は大勢ね」
「あ、こんにちは」
玄関で話していると、アザミさんが現れた。僕が挨拶すると同時に、イザとキリさんは僕とサラの後ろに隠れるように移動した。
こんな優しげな老婆に何をビビッているのか……ってそういえば二人とも人見知りだったっけ。
「井櫻ちゃんも久しぶりねえ」
「ど、ども……」
「そっちの子は初めましてよね? 祖母のアザミです」
「榎園サラデス」
「相引セキです」
「アンタらはいいのよ」
自己紹介くらい何度したっていいじゃないか。頭のお堅いことね。
「……え、アザミちゃん?」
僕とサラが少しふざけてイザに突っ込まれたりしていると、キリさんが何やら驚いた顔をしていた。
「え、お知り合いなんですか?」
「あら、そうなの? ごめんなさいねえ、年を取ると忘れっぽくなってて……」
「あ、いや、こっちが一方的に知っとるだけで……」
なんか初対面の時にも同じような台詞を聞いた気がする。
まあアザミさんは神社の管理人でもあるわけだし、彼女が見知っていてもおかしくないか。
「ええっと……セキさん、イザクラさん、ちょっと……」
「あ、はい」
「なんです?」
キリさんに控えめに呼ばれた僕らは、彼女の手が招くままにアザミさんに背を向ける形で頭を突き合わせた。
「どど、どうしよう、どうしたらいいかね……」
「あー、そうね。どう説明すればいいのかしら……」
「え、普通に自己紹介すればいいんじゃないの?」
「『貴女が管理してる社の神様、ひいてはここら一帯の土地神様ですよー』なんて普通は信じんって……」
「アザミさんなら大丈夫だと思いますけど……いや待ってください。僕とサラが普通じゃないと?」
「「純然たる事実
馬鹿な。我々は昨今の社会性に応じているだけの模範的一般市民だというのに。
「どうしたのかしら?」
「さぁネー? アッ、そォだオバァチャン、この子がこの前言テタ土地神様だヨ」
「えっ」
僕がイザとキリさんに異を唱えようとしていると、サラがシレッとキリさんのことを紹介した。
『そんな普通に言っちゃう?』みたいな神様の視線も気にせず、「キレイな髪だよねー」とか言って撫でている。
「ああ、貴女がそうだったのねえ。いつもありがとうございます」
「えっ。あ、いや、そんな……えっと、はい。こ、こちらこそ……?」
お孫さんによる割と衝撃的なカミングアウトにも関わらず、アザミさんはいつもと変わらない調子で喋りながらお礼とともに手を合わせて頭を下げた。
「土地神様に会えるなんて長生きするもんですねぇ。あたし、何か失礼なこととかしてないかしら?」
「い、いえ……むしろその、いつも神域を管理してくださって感謝していますというか……」
「あらあら、神様にお礼を言われちゃったわ」
アザミさんの独特な雰囲気に飲まれてか、キリさんも戸惑いながら普通に会話している。
いつも通りの和やかな笑みからは真意は読み取れない……が、孫の与太話を信じていない、という感じでもない。本当にいつも通りのテンションで話しかけている。
「色々お話もしたいけれど……あたしの愛車がアスファルトを切りつけたがっていてねぇ。サラちゃん、今から軽く飛ばしてくるから後はよろしくね」
「OK! オバァチャンもTraffic 事故しないよーにネ!」
サラの頭を優しく撫でたアザミさんは、僕らと入れ替わるように玄関を抜けて外出していった。
そんな優しい声の老婆の背中を見送りながら唖然とする白髪美人に『大丈夫だったでしょ?』と視線を送ると何故か納得していないような顔をされた。誠に遺憾である。
「なんかもう、私の常識の方が間違っとる気がしてきた……」
「いやコイツらが特殊なだけなんで。諦めないでください」
しまいにはイザがフォローを入れる始末。
……本当に遺憾である。
アザミさんと入れ替わりで榎園家へとお邪魔した僕らは四人揃って客間のソファでくつろぎつつ、のんびりと雑談に花を咲かせることとなった。
「ところでさっきアザミちゃんが言っとった『飛ばしてくる』って何のことなん?」
「あの人、サイクリングが趣味なんで。時々自転車で山の方走ってるんですよ」
「そういえばこの前そんなこと言ってたわね」
「その辺のCarくらいなら追い越せるヨ」
「この前スピード違反の車追い越してたねあの婆さん」
「化物じゃねえか」
ちなみに近所ではアザミさんこそが妖怪ターボババアの正体ではないかと専らの噂である。
「あ、それと他のご家族は……?」
「
「えっ。……ご、ごめん!」
「いや、共働きなだけですよ」
「この子の両親多忙なんで。今は二人とも海外よね?」
「ウン。オジィチャンはFishing」
「あ、そうなん?」
「HAHA, ハヤチリトリだナーキリチャン」
早とちりも何もお前がややこしい言い方をしたせいだと思うんだけど。
「まーMy familyのコトはオイトイテ……キリチャン!」
「あ、はい?」
「イロイロ質問したいんだケド、イイカナ?」
家族の話をそこそこに打ち切ったサラはずいっとキリさんとの距離を詰めた。
なるほど。彼女をここに呼んだ目的はそれか。
「あーアタシもいいですか? 神様の話とか聞いてみたいし」
「僕も気になる……っとその前に」
サラの話にイザと一緒になって乗っかりつつ、思い出したように立ち上がった。
そんな僕を見たサラは小首を傾げている。
「どシタノセッチャン。Toilet?」
「違う。話が込みそうだしちょっとお茶でも持ってこようかと思って」
「え、なんでアンタが?」
「掃除のついでによく来るから飲み物置かせてもらってるんだよね。皆麦茶でいいかな?」
「お構いナクー」
「アンタの家でしょ……」
「あはは」
客人の前でだらけるサラに呆れるイザ。そんなやり取りを見て笑顔を溢すキリさん。
三人娘の様子を尻目に、僕は客間を後にした。
綺麗に片付いたキッチンの冷蔵庫から『せっちゃん用』と張り紙を施されている2リットルペットボトルを出し、食器棚から人数分のコップとお盆を一つ取り出す。
それからそれぞれのコップへと均一に麦茶を注いだところで、ため息をついた。
「はー……緊張した」
誰もいないキッチンで一人、呟く。
いや、無駄に緊張したな。ホントに。
だってアレよ? 僕以外全員女子。サラとイザだけならまだしも、男女比1:3は肩身が狭いというものだ。
しかも全員もれなく見た目が良い。全方位美少女動物園は嬉しい反面、同時に緊張もするってもんですよ。
「ついでだしフキも呼ぼうかな……」
スマホを取り出して独り言ちた。
男女比云々もあるがいつもの面子のうち一人だけがこの場にいない、というのは意図した状況でないにしても仲間外れにしているようで少し心苦しい部分がある。
とりあえずメッセージだけでも送ってみるか……。
「フキなら今日用事があるって言ってたわよ」
「うおっ」
アプリを開こうと指を動かしたところで、突然聞こえた背後からの声に驚いて飛び跳ねてしまった。
「猫みたいな反応するわねアンタ」
「なんだイザか。大きめの淡色野菜が突然生えてきたのかと思ったよ」
「誰がでかいキュウリだコラ」
猫って後ろにキュウリ置くと驚いて飛び跳ねるらしいからね。まあ人間サイズのキュウリとか猫じゃなくてもビビると思うけど。
「冗談はさておき……どうしたのさ。心配しなくてもお茶に何か盛ったりしないよ?」
「いやそんな発想すらなかったけど。あの本についてちょっとね」
あの本……ああ、キリさんのアレか。
なんの話だろう……はっ。まさか事故とはいえ趣味でないブツを見せられたことによる憤りをここで秘密裏に晴らそうという魂胆か?
「い、命だけは何卒……」
「実はあの本の……って何言ってんのアンタ?」
「安心してくれ。命乞いのシミュレーションはしてきてる」
「待て。アタシをどういう人間だと思ってる」
「暴と力の小さき化身」
真顔で返答すると脇腹に横薙ぎのチョップを喰らった。地味に痛え!
「安心なさい。キリさんもアンタも悪気はなかったのは分かってるし別に怒ってないから」
「怒ってないなら今の暴力は何だったんだい?」
「あの本のことなんだけど」
おい無視すんな。
……まあいいや。怒ってないのなら何の話―――
「アタシ、あの本の絵柄どっかで見た気がすんのよねー」
「えっ」
―――なんですと?
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