9話 土地神様と出処調査 その四

【注意】

かなりマイルドですが嘔吐の表現があります!

気になる方はお気を付けください。


◆◆◆



「アタシ、あの本の絵柄どっかで見た気がすんのよねー」



 二人きりの静かなキッチンの一端。

 目の前の小さき友人からそんな言葉が出てきた。


「えっ……マジで?」

「多分だけどね。絵柄に覚えがあるってだけなんだけど」


 これは思わぬ情報源の出現だ。この本の出処が分かるかもしれない。


 実はあの本について自分で調べてみたりもしたのだが、どこの誰が描いたものなのかが分からなかったのだ。

『同人誌』と呼ばれる二次創作の本であることは調べがついていたが、表紙や後書きに印字されてあるはずの作者名、ひいてはサークル名すら真っ黒に塗り潰されているのである。これではどこの誰が描いたのか調べることもできない。


 そういうわけで姉貴からの連絡を待っている状態が続いていたのだが……イザが分かるというのなら話は早い。灯台下暗しとはこのことだ。


「イザ、出来れば詳細を知りたいから思い出してくれると助かるんだけど」

「んー……ゴメン、やっぱ思い出せない。一応キリさんに断って写真撮って後から調べる感じでもいい? 帰ったらpexevとか見直すから」

「ぺくせ……? まあいいや、それで頼むよ」


 僕は映画なんかを結構見る方ではあるけど、所謂サブカル方面には明るくない。なのでアニメや漫画について詳しいイザはこういった時に頼りになるんだよね。


「決まりね。……ところで念のためもう一回確認するけど、アンタが好きなのって女の子でいいのよね?」

「はっ倒すぞ」

「ゴメンて。じゃ、行きましょっか」


 僕が低い声で睨むとイザは笑いながら先にキッチンから出ていった。

 まったく……なんでそんなに疑われるのかね。そんなに僕が男好きに見えたのだろうか。

 友人に謂れのない印象を持たれていたことにショックを受けつつ、彼女の後を追うのだった。




「あっははははは!」

「HAHAHAHAHA! ……あ、オカエリ二人トモ!」


 お茶を載せたお盆を持ってイザと一緒に客間へと戻ってくると、なにやらサラとキリさんが二人して大笑いしていた。


「盛り上がってるね」

「なんの話してんの?」

「キリチャンがジンツーリキ使って神社から不良ゲキタイした話。全員のPants引きずり下ろしてビビらせたんだってサ」

「なんだその面白エピソード」


 そういえば以前アザミさんに聞いたことがあったな。昔ヤンチャな不良の溜まり場になりかけてた時期があったらしいけど、いつの間にか全員いなくなってたとか。……アレってキリさんの仕業かよ。


「あの時は脅かそう思ってズボンだけ下ろすつもりじゃったんじゃけどうっかり下着まで下ろしてしもうたりして……あはははは!」

「……なんかやけにテンション高いわね?」


 テンションが高いというかなんかおかしい気がする。顔も赤いしなんだか酔っ払っているかのような……。


「……ん?」


 キリさんの様子にイザと首を傾げていると、足元に何かが転がってきた。

 これは……酒瓶?


「……え? キリさん飲んでんの!?」

「はい!! 飲んじゃいました!!」


 うるせえ。そして酒臭え。

 キリさんは元気よく返事をしてイザに抱きついた。酒の臭いが苦手らしいイザは奇妙な悲鳴を上げているが、必要な犠牲として無視。原因究明のために僕はサラへと向き直った。


「なんでこんなことになってるんだね榎園くん」

「HAHA, 顔が怖いゼヨセッチャン。……カミサマといえばオキミ? オミキ? かなって思テ。元々供える予定のモノがソコにあったから渡したんだヨネ」


 なるほど御神酒か。身近に神饌しんせんがあるとは流石管理者の家……ってそうじゃないそうじゃない。


「飲んで大丈夫なんですか?」

「あはははは大丈夫だいじょぶぅーあははは」

「だそうデスケレドモ」


 大丈夫じゃなさそうな気がする。顔どころか首元まで赤いし。


「くせえ……キリさんって何歳なんですかくっせえ……」

「イザ、訊ねるのはいいが少しは本心を隠せ」


 密着されてるから本当に臭うんだろうけど。


「ええっと……80歳くらい、かねー? あはは」

「Oh, Elderly... いや若いのカナ……?」

「思ったよりコメントしづらいなその年齢」

「アンタは神様に何を求めてんのよ」


 だってもっとこう……ファンタジックに数百歳とかならまだしも、なまじ生きてる人もいる年齢というのが何とも言えない。

 いやその歳で見た目が僕らと同世代(しかも美人)な時点で十分ファンタジーなんだけどさ。神様なんだしもっと年上のイメージがあったというか……。


「トニカク、ハタチよりOldだし問題ナイネ!」

「……まあ法的には問題ない、のか? いやそもそも人間の法律を神様に当てはめていいものなのか分からないけど……」

「アタシに聞かれても困る」

「既に5 bottles飲んでるし今更だケドネ」

「「ご……!?」」


 サラの発言に驚いてすぐさまローテーブルの下を覗き込むと……たしかに四本転がっていた。

 さっきの一本と合わせて五本。うーんなるほど。


「お前、今日の昼飯は茹でブロッコリーの山葵わさび添えな」

What the heckなぜだ!?」

「何故も何もないでしょ」


 罰としては温情的なくらいだろ。仮に土地神様が急性アルコール中毒になったりしてたら笑えないぞマジで。他にも色々問題があるけど。


「とにかくこれ以上酒飲ますのはダメだ。酔いを醒ましてもらわないと……」

「質問どころじゃなくなったわね。ほら、お茶飲めますか?」

「ありがとー! ちぃちゃいのに偉いねえ!」

「バケツ持ってきて。この酔っ払いに頭から水ぶっかけるから」


 イザはキリさんにお茶を手渡すとそのまま頭を撫でられ……物凄く不機嫌そうな顔で振り払った。

 小さい子扱いをされるのを嫌っているとはいえ、神に対してこの態度。やっぱ暴力の化身じゃないのこの子?


「にしてもなんか……酔っ払ってるキリさんってサラに似てるな」

「たしかにこのポンコ、雰囲気は近しいものを感じるわね」

「今ポンコツって言いかけなかタ? テユーカワタシこんな感じカナ?」


 自覚なしとはたまげたね。

 それはさておき、もう少しキリさんには水分を摂って貰って酔いを醒まして……


「ってあれ? キリさんどこ行った?」

「「?」」


 振り返るとそこに正座していたはずのキリさんがいなくなっていた。

 サラとイザも知らないみたいだし……え、マジでどこ行ったの?


『サラさーん! 部屋入るねー!』


 三人で辺りを見回していると、廊下側から声が反響して聞こえた。

 部屋、というとサラの部屋だろうか。てことはあの神様二階に行って



「Don't!!! 待てやコラァ!!!!」



 ……キリさんの声が届いたと思ったら、サラが見たことないくらい必死の形相と叫び声で駆けていった。

 めちゃくちゃ流暢な日本語が発された気がするけど多分気のせいだろう。うん。



 その後は家の中を好き勝手に動き回ろうとするキリさんを追いかけ回し、最終的に女子二人が羽交い絞めにして持ってきたお茶を口の中に全て流し込むという力業を実行。水分を摂ったことで落ち着いたのか、荒ぶる神は最終的にソファに大人しく鎮座してくださった。


「キリさん、大人しくしてくれますか?」

「大丈夫よぉ」

「動く時は言ってくださいね? フリじゃないですからね?」

「分かっとるよぉ」


 ソファの前で何度も確認を取り、追加でお茶を渡す。

 笑顔で頷くキリさんの顔は未だ上気しているが、とりあえず今のところ動く気はないらしい。

 両手でコップを持って大人しく座っている土地神様を見て、ひとまず安心した僕らは床に崩れ落ちた。


『疲れた……』


 三人同時にそう吐露した。

 いやホントに疲れた。子どもみたいに動き回るんだもんこの神様。抑える際に神通力を使われなかったのは不幸中の幸いというべきか。


「これで事の重大性は分かっただろサラ……」

「Um... このトーリ反省致し申してゴザンス」


 正座しているサラがいつの間にか『Han Say Chu!』と書かれた札を首に下げていた。ホントに反省してんのかソレ。


「アルコール臭いし疲れたし散々なんだけど……」

「お疲れ……いやホントに」


 特に大きなため息を吐くイザに労いの言葉をかける。実際特に災難だったのはコイツだしな……。


 それにしてもこの神様―――。


「……うーん」

「どうしたのよ?」

「あ、Wasabiとブロッコリーは考え直してくれた?」

「いやそれは実行するけど」

No wayマジかよ...」


 サラへの罰はともかくとして……今僕が考えているのはキリさんの年齢についてだ。

 というのもキリさんの歳があの神社の歴史に直結することになるんじゃないのか、と考えたからである。80年となると……もしかしてあの神社って比較的新しい方なのだろうか。

 それにええっと、約80年前というと―――




「あ、やば……おえええぉろろろろろろ」




 ―――と、僕が思索にふけっていた途中でキリさんの口から全てが逆流して足元に座っていたイザと床にぶちまけられた。

 言うまでもないとは思うが、神様を除く全員から悲鳴が上がり思考は中断させられることとなった。



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