7話 土地神様と出処調査 その二



「ま、また興奮してしもうたわ……ごめんなさい」



 数分後、発光を収めたキリさんはまた申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 どうやら神様は興奮すると発光するらしい。すごい体質だ。


「まあそれはいいんですけど……なんでイザがここにいんの?」


 神様には顔を上げてもらい、振り返って訊ねた。目の前にはさっきの声の主……いつもの制服とは違い、私服を身につけたイザがいる。


「居たら悪い?」

「そういうわけじゃないけど……昨日来たばっかだしさ」

「昨日のお詫びがてらお供え物をと思って来たのよ。てことでキリさん、昨日はすみませんでした。こちらどうぞ」

「え、いやそんな……気にせんでいいのに。あ、ありがとうね」


 イザは腰を折りつつ、ここに来たばかりの僕同様に手に持っていた紙袋をキリさんに手渡した。……相変わらず律儀なヤツだことで。


「てかさっきの光なんだったのマジで。最初爆発物かと思ってめちゃくちゃ焦ったんだけど」

「さっきキリさんが言ってた通りだ。興奮した結果ああなった」

「お恥ずかしい限りで……」

「なるほど。全く理解が及ばないわ」


 安心しろ。理解できていないのは僕も同じだ。


「いやでも、ホントに嬉しかったけえさぁ。ほら、この本の人達みたいな人って見たことなかったけん」

「え?」

「え?」


 お互いに首を傾げ合う。

 ……何か盛大なすれ違いが発生している気がする。



「……なるほど。僕があの作品をそういった嗜好性で見たと思ったわけですか」

「え、違うん?」

「違いますけど」

「えっ……!?」


 話のすり合わせ確認の後、僕が当然のように答えるとキリさんは驚愕の表情を浮かべた。

 待て。そんな驚くことある?


「普通に作品単体として評価したのであって、僕自身が当事者になりたいとかは別にないですし……」

「何……ですと……」


 あの作品自体は面白いと思ったし個人的に高く評価しているのは事実だが、僕の恋愛観に変化を及ぼすかと言われるとそんなことは当然ない。

 というかあの作品のストーリー自体はボーイズラブではなくバディものだしね。顔が良い男だらけではあったけど。


 僕の回答に対し、どういうわけかキリさんは分かりやすく表情を落ち込ませて両膝から地面に崩れ落ちた。なんか前にも見た気がするなコレ。


「そもそもなんでそんな発想に至ったんですか。僕そんな単純に見えます?」

「こ、この前サラさんがセキさんの男色家の可能性について話しとったけん、つい……」


 本人の与り知らぬところで何を吹聴してくれてんだアイツ。


「……何の話してんの?」


 赤毛のアホを思い浮かべながらキリさんの手を取って立ち上がらせていると、今度はイザが首を傾げていた。

 

 さて、どう誤魔化そうか。

 ……いや待てよ? 考えてみればあの本は姉の物ではなかったことが昨日判明したばかりじゃないか。

 身内の性癖モノじゃないなら言っても……いやいや、勝手に口外するのは姉貴のお友達に悪い気がする。

 うむ、ここはやはり誤魔化す方向で―――



「あ、それはセキさんがこういう本を持っとってじゃね」



 どう話すか頭を回している隙に、キリさんが持っていた例の本を広げてイザに見せ待て待て待て!!


「へー。どんな本……」


 僕が制止するよりも先にイザは本を手に取って広げられたページを見て……そのまま石像の如く固まってしまった。



『……』



 一時の停止。そして、静寂。

 なんというか……すごく気まずい。


「…………あのさ、イザ。説明させて欲しいんだけど……」

「……」

「イザ?」

「…………」


 恐る恐る声を掛けてみるも……どういうわけか返事がない。

 どうしたことかと肩を揺らしてみると、我が友人たるミニマムガールは直立不動の体勢のままコテンと転がってしまった。


 め、目を開けたまま気絶してる……。


「え、あれ? い、イザクラさんどしたん? ……もしかして私、またなんかしてしもうた?」

「キリさん……人に見せたらダメって言ったでしょ……」

「…………忘れてましたごめんなさい」


 神様はまたしても綺麗に腰を折って頭を下げてきた。どうやら素で忘れていたらしい。

 この白髪美少女神、実は年齢からくる健忘とか入ってないだろうな? 神様だから関係ないと思いたいが、年齢によってはあり得そうで困る。


 神様の物忘れについてはさておき、石化状態のイザへと向き直る。

 多少驚かれるとは思っていたけどまさかこうなるとは予想外だった。イザは僕の予想よりも遥かに繊細だったらしい。


「……どうしよっかな」

「ど、どうしようか……」


 横たわる友人を前にキリさんと一緒に困り果てていると、




「キリチャン、コニチワー! アレ? イザとセッチャンもいる! なんデー?」




 鳥居の方から呑気且つ快活な声が聞こえてきた。

 目を向けると見慣れた赤毛の半分アメリカンガール、榎園サラが手を振りながらこちらに近づいて来ているのが見えた。


「ややこしい時にややこしいのが来ちまったなオイ」

「セキさん、心の声漏れとる」


 漏らしてるんですわ。


「ナニナニ、なんかあったノ?」


 ありましたんですわ。


「実は……もごがが」

「お願いだからこれ以上場を荒らさないで下さい」


 我先に口を開こうとしたキリさんの口を塞ぐ。これ以上余計なことをされてたまるか。


「……ホントに何があったノ?」

「この神様が余計なことをした。以上だ」

「ナルホド。キリチャンなら仕方ないネ」

「まあね」

「二人の中の私ってどんな……いや否定はせんけどむぐぐ」


 自覚があるなら何よりです。それはそうと口は塞がせてもらいますね。

 そんなことより、サラへの説明をどうするか……いや、先にイザをどうにかしてからまとめて説明した方がいいか。


「サラ、細かい事情説明は後でするから、一旦イザを起こしてくれないかな」

「OKOK。イザ起き……アレ、この本って」

「それについても後で言うから」

「ハーイ。ほれほれイザ起きろー」


 サラは首を傾げつつも僕の言葉に素直に従い、目を開けたまま転がっているイザの顔をべしべしと叩き始めた。流石はサラ、遠慮が全くない。

 あとどうでもいいけど、イザはあの状態で目が乾かないのだろうか。ドライアイにならないか心配である。


「……はっ! な、何か悪い夢を見ていた気がする……」


 あ、起きた。

 どうやら本の中身については夢の中の出来事だと思っているらしい。

 ふむ。これはこれで好都合かもしれない。上手くいけばイザをあまり刺激せずに説明することができ――



「夢ってコレのコト?」(ぴらっ)

「……」(バタッ)



 ――ると思ったのにサラが本の中身を起き抜けのイザに見せたことで再度倒れてしまった。


「何してくれてんだバカ」

「イヤ訊かれたからつい……Heyイザ。起キテ起キテー」

「はっ! ……夢か」

「イザ、大丈夫?」

「なんかフキが男好きになる悪夢見た気がする……」


 二度目の覚醒では何故かこの場にいない親友が被害を被っていた。

 起き抜けに見せたりなんかするから記憶がこんがらがったのだろう。いないにも拘わらず飛び火するとは憐れな男である。





「―――なるほど。事情は理解したわ」


 無事再起動を果たしたイザとサラに、キリさんと初めて出会った時のことや例の本について説明した。

 本の内容に触れた時、一瞬だけサラに距離を取られたりもしたけど……イザがフォローしてくれたおかげでなんとか穏便に説明を済ませることができたのは僥倖だったな。僕一人での説明だと絶対に話が拗れてただろうし。


「キリチャンと初めて会った時に隠しテタノってソユコトだったノネ。安心したヨ」

「アンタがの人間だったっていう予想が的中したかと思ったしね。安心したわ」

「ご心配をおかけし……いや予想って何?」


 そんな予兆は欠片もないぞ。何を持ってしてそんな疑いをかけてんだ。


「いやセッチャンってワタシやイザにしないし……」

「女の子の胸とか露骨に見ないしね。フキみたいに」

「反応を見せないように努力してるんだよ」


 というかフキに関しては露骨すぎるし、あのスケベ魔人と比較してはいけない。まあ僕がそういった対応をしてるのは姉貴の指導による部分も大きいから余計に分かりづらいのもあるかもしれないが。


「へえ」

「反応はしてんノネ」


 あ、なんか余計な事言った気がする。二人ともそのニヤケ面をやめなさい。

 弄る気満々な笑顔に対して誤魔化すように咳払いを一つ。さっさと話題を変えよう。


「そ、そのフキにもどこかで話さないとね。その時はまたフォローよろしく」

「まあそれは構わないんだけど……」

「セッチャン。そろそろキリチャン離しタゲテ」


 イザとサラの目線に従って自分の手元に目を落とす。

 そこには―――



「…………」(ぐったり)



 ―――髪の毛と同様に顔を白くした土地神様がおりましたとさ。

 


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