【弐】 燈台下暗く世間は狭い

6話 土地神様と出処調査 その一


「あー、腕と首と足が……」


 イザとフキをキリさんに紹介した後、帰宅した僕は唸りながらベッドに倒れ込んだ。


 あの後、帰り道でもイザの顔色があまり良くなかったので、僕が彼女を背負って歩くこととなった。


 サラは家が山を下りてすぐの場所な上、行きで背負ってくれたということで却下。フキは色々アウトな発言した後だったので選択肢にない。

 これらの理由により必然的に僕が背負って歩くはめになったのだが……まさか首を絞められた上で走らされることになろうとは。


 あの女……どうしてくれよう。今度アイツの消しゴムをこっそり新品に取り換えてちょっと使うの躊躇わせてやろうか。


「とにかく疲れた…………うん?」


 ゴロンと寝返りを打ったところで手元のスマホが震えた。

 画面を見てみると新着メッセージの文字が浮かんでいた。

 発信者は……姉貴から!?


 キリさんと初めて会ったあの日の夜、メッセージアプリ……RAINで連絡を入れてからこの日までメッセージが返ってこなかったのもあって驚いてしまった。

 元々連絡不精な人だし、僕のことを嫌って返信しなかったとかそんなことはないと思う。特に機嫌を損ねるようなことはしてないハズだしね。

 ええっと、最後に話した内容はたしか……


 捨てたはずの本を一冊落としていたことについて謝罪したのと、本を拾った人が欲しがっているということを伝えたんだったな。


 うん。機嫌を損ねる要素しかないや。


 いや、姉貴が怒ったりすることなんてほとんどないけど、本の内容がだ。何なら無断で渡してしまっている。普通に考えてショックを受けるだろう。

 待ち望んでいた返信とはいえ、嬉しい半面開くのが怖い。


(………………南無三!)


 意を決してトーク画面を開き、恐る恐る画面を覗く。

 するとそこには……



『返信遅れてごめんよ~(。-人-。) 最近忙しくて!』


『本のことなら気にしないで! 私がから』



 こちらの謝罪文を最後に連絡が途絶えていたから不安だったけど、姉貴のメッセージはいつもと変わらない調子でスタンプや顔文字を交えた返信があった。

 僕の心配は杞憂に終わった。

 安心してホッと一息ついたところで、気になる点が一つ。


 ……謝っておく……ってなんだ?


 気になって質問しようとしたところで、先に向こうからメッセージが連続で飛んできた。



『実はあれ友達に捨てるの頼まれてたやつだったんだよね』


『あの時忙しくてさ 無理言ってごめんでした┌(_ _)┐』


『友達には聞いておくよ また連絡するから楽しみにしといて〜( ‐ω‐)b』



「マジかよ」


 思わず声が出た。

 あの本が姉貴の趣味ではなかったということが分かって安心した……というのもある。

 しかし、それ以上に見ず知らずの姉の友人の秘密を暴いてしまったことへの申し訳なさが半端じゃなかった。

 姉貴からこのことを伝えられたら間接的にとはいえ、いたたまれない気持ちになるだろうな……。


(……いつか菓子折りでも持っていこう……)


 まだ見ぬ姉貴の友達さん、ごめんなさい。

 機会があれば直接謝罪に向かいます。


「セキー、飯できたみたいだぞ……って何してんだオメェ」


 顔も知らない友人さんに向けて虚空に合掌していると、僕を呼びに来た祖父が扉を開けるなり困惑していた。

 安心してくれ。邪教崇拝とかじゃないから。




「さて、見ますかね……っと」


 夕飯も終えて、風呂にも入った。

 普段なら後は寝るだけ……そんな時間だが、明日は休みだ。

 今日は本来帰ってすぐに見る予定だったサブスクの映画を楽しむのだ。

 早速自室のパソコンを起動し、ブラウザを立ち上げる。勿論コーラとポテトチップスも忘れずにテーブルの上に置いた。完璧な配置だ。


(新作を見るのもいいけど旧作からシリーズ通して見るのもアリだな……。あっ、このアニメも入ってたのか! うわ~どれ見ようかな…………ん?)


 嬉々として画面をスクロールしながら悩んでいると、画面端のとある映画が目に留まった。

 サムネイルに身綺麗な男性俳優二人が見つめ合っている画像が使われている邦画作品だ。なんてことのない、こういった作品群の中では時々見るジャンルの作品ではあるが……なんかこの二人の格好、見覚えがあるような……。


「……あっ」


 そうか、思い出した。

 土地神様に献上した例の本。あの中表紙に描いてあった男達に似てるんだ。


 実はあの本について自分で少し調べてみたのだが、『同人誌』と呼ばれる形式の本であることが分かった。

 どうやらあの内容は既存の作品を基に派生させたものらしく、二次創作と呼ばれる表現の創作物のようだった。

 そしてその既存の作品、いや原作は漫画であるということも調べがついていたんだけど……まさか実写で映画化を果たしていたとは。



 小さな驚きを感じていると、嬉しそうに本を抱えていたキリさんの顔が思い浮かんだ。



「…………ふむ」



 あんな顔をされると軽く興味を惹かれるというもの。

 とりあえず見てみるか、と映画のサムネイルをクリックして視聴を始めることにした―――。




 主人公は二人の男。金髪の青年と黒髪の執事である。


 金髪の青年は富豪の家に生まれ何一つ不自由のない生活を送りつつ、金持ちの多い私立学校に通っている。気だるげにしていることが多いが、家柄に囚われない真面目な好青年だ。

 黒い髪の執事は金髪の青年に仕えている。こちらは青年よりも年上で、表向きは真面目ながら本来の性格は少し荒っぽく、主人である金髪の青年と二人きりの時に本性を曝け出して口調も砕ける、といった人物だ。

 青年は閉鎖的な日常と学生生活に囚われつつも、執事によって庶民的な遊びや食事といったことを教えられ、執事の方は青年の真面目で清廉な在り様に心を開いていく。


 やがて二人の仲は深まっていき、時にトラブルに見舞われ、時にすれ違いながらも日常を謳歌していく―――。




 ―――と、そんな男同士のバディブロマンス映画をしっかりと見た土曜の夜であった。




         〇〇〇




「こんにちはー。キリさんいますー?」



 夜は明けて次の日の昼頃、僕はまた神社へと足を運んできていた。

 社に向けて挨拶すると、その陰から相変わらず豪華な着物の美少女……キリさんが白い髪を揺らしてひょっこりと顔を覗かせてきた。

 ……この神様ひと、普段どこに潜んでるんだろう?


「あっセキさん、こんにちは。今日は一人なん?」

「まあ大した用でもないので。あ、こちら粗品ですが……」

「あ、はい。ご丁寧にどうも……」


 手に持っていたお菓子の入った紙袋を手渡す。

 こうして打ち解けて気軽に会えるといっても流石に手ぶらでは来ないぞ。


 さて、今回ここに馳せ参じた主な理由は、昨日のことをキリさんに報告するためである。紙袋の中身を覗き込んでいる神様に早速伝えるとしよう。


「実は昨日、姉から連絡がありまして。あの本についてなんですけど、もう少しだけお時間を頂くことになりそうです。お待たせしてすいま」

「何か進展があったんじゃね!? 分かりました待ちます何年でも!!」

「わあ神様スケール」


 食い気味に反応したよこの神様。

 あと流石に年単位で待たせることはないと思います……多分。


「し、失礼、興奮しすぎたわ。……用事っていうのはそれを伝えに?」

「まあそうなんですけど……もう一つ雑談がてらの話題があるといいますか」

「雑談?」

「実は昨日、その連絡の後にあの本の元ネタの映画を見つけまして」

「元ネタ? 本ってこれよね?」

「あ、そうか。えっと―――」


 あまりにも性格が人間的なものだから忘れがちだけど、腐ってもキリさんは神様。人間社会、ひいては創作物については詳しくないようだし、二次創作といった文化を知らなくてもおかしくはない。


 というわけで簡単に同人誌文化について軽く説明したところ―――



「そんな素敵な文化が!! しかも原作が映画になってるなんて!!!」



 ―――土地神様は大変興奮なされて、その瞳を輝かせながら詰め寄ってきた。


「ち、近いです。それに声がでかい……」

「で? んで? どうじゃったんその映画? 面白かった?」


 どうにか肩を掴んで引き離し、元の距離間に修正する。しかしキリさんの興奮は冷めやらず、きらきらとした目はこちらを射抜いたままだ。


「……そうですね。めちゃくちゃ面白かったです」

 

 輝く表情のキリさんに気圧されながら、僕は率直に感想を述べた。


 別に彼女に気を遣ったわけではなく、僕自身あの映画を見て感じた素直な意見である。うむ、アレは掛け値なしにあの作品は名作と言える出来だった。

 俳優の演技や演出、心理的描写も含めてかなり高品質な作品となっており、ああいったあからさまな女性向け作品という系統はあまり見たことがなかったのだが、予想以上に視聴後の満足度は高かった。

 ……まあ主要人物どころか背景にいる人間まで男しかいないせいで色々違和感があったけど、そこはそういう世界観設定なのだと思うことにしよう。


 ともかく、細かいところは抜きにしても、総括して思えたのは『面白かった』の一言に尽きる。

 そんな僕の言葉に、キリさんは一瞬呆けたかと思うと、



 ―――カッ!!



 と、何故かその身体が突然発光し始めた。


「うわ眩しっ! どうなってんですかそれ!?」

「面白いって言ったよね!? 面白かったんじゃね!?」

「いや言いましたけども! その業務用ライトみたいな光どうにかなりませ……どんどん光量上がってる!?」

「これが後書きにあった『ナマモノ』! 嬉しい!!」

「いや多分それ違……話を聞け!!」


 声を掛けるも、気分が昂っているのかキリさんの耳に僕の言葉は届かなかった。

 くそ、どうにか引っ掴んででも光を止めたいところだが眩しすぎてそれどころではない。

 どうするべきか頭を回しながら両腕をかざして光を防いでいると―――




「こんちはー……ってうっわ、何この光?」




 ―――後ろからとても聞き覚えのある女の声が聞こえた。

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