閑話1
赤い榎と恋の園
皆さんこんにちは。それにこんばんは。
はじめましての人ははじめまして。
ワタシはエゾノサラ。
アメリカと日本のハーフで、特徴は赤い髪。
日本語は少し苦手だけど、どこにでもいる日本在住の高校生です。
……え? 口調がいつもと違う?
そんなことは些細なことです。
とにかく、そんな普通の女子高生であるワタシですが、最近ちょっとだけ変わったことがありました。
―――なんと、神様とお友達になってしまったのです。
〇〇〇
セッちゃんと二人で神社に参り、初めて神様と出会った次の日。
ワタシは一人で神社に来ていました。
「カミサマー。いますかー?」
小さな賽銭箱の近くにお供え物として持ってきた水とお饅頭の入ったビニール袋を置いて、社に向かって呼びかける。
すると、慌てたような声が聞こえてきたのです。
「ちょ、ちょっと待っててください!」
……今、どこから声がしたんだろう。
聞き間違いじゃなければ社の床下から聞こえたような……。
首を捻りながら素直に待っていると、ずるり、と床下から豪勢な着物を身に纏った白髪の女の子……土地神様のキリさんが這い出てきました。
「お、お待たせしました……」
「エット、何してたノ……?」
「この子が入ってきちゃったので……へへ……」
砂埃を身に付けたキリさんは両手で猫を抱えていました。
彼女が地面にそっと放すと、猫はお礼を言うように一鳴きしてどこかへ去っていきました。
「アノ、砂埃が……」
「あ、大丈夫です。……よいしょっと」
一緒に身に着いた砂を掃いましょうか、なんて提案しようとした矢先、キリさんの声と同時に体がほんのりと白い光に包まれました。するとみるみるうちに砂は落ちていき、光が収束したころにはどこにも汚れは残っていませんでした。
これがキリさんの神様としての力。『ジンツーリキ』というやつらしいです。
ワタシには詳しいことはよく分かりませんが、まあいろいろできる凄い超能力……らしいです。
「これでよし、と」
「Oh, 流石トチガミサマ」
「へへへ……」
ワタシが拍手をすると、彼女はだらしなく笑ってくれました。
カワイイなこの神様。
さて、そんなやり取りの後、挨拶もソコソコに昨日座ったベンチに移動してきました。
「あ、えっと……サラさん。な、なんの御用でしょうか……?」
「コチラ、お供え物になりマス。あと敬語になってるヨ」
「え、あっ……。う、うん。ありがとう」
置いていたお供え物の入った袋を手渡すと、彼女はぎこちない笑顔で受け取ってくれました。
昨日の別れ際、敬語は無しという話になったはずなのですが、まだ慣れないみたいですね。
訊けば、これまで人と関わったことがあまりないとのことで、口調を変えるのはなかなか難しいのだそうです。
その気持ちはよく分かります。だってワタシ自身こんな喋り方ですし。
「ウーン、無理はしなくてイイと思うヨ? セッチャンも怒ったりしないだろーし」
「い、いえ。無理してるわけじゃなくて……」
そうなんですか?
ではどういうことなんでしょう。
「け、敬語じゃなくていいって言ってくれたの、嬉しかったんで……よ。今は練習中なだけなので……」
「ン、ワカッタ。ゆっくり慣れてイコーネ」
「はい。……じゃなかった、うん」
我らが土地神様は随分と優しく、人間的で真面目な方のようでした。
たしかにセッちゃんは土地神様のことを『キリさん』と気軽に呼称する代わりとしてワタシ達にも気軽に接することを条件として提示しました。
『じゃあキリ……さん、も敬語は無しってことで』
まあ、条件と言うにはとても軽いものでしたけれど。
ともかく、この件に関しては経過観察のほどを見ていくことにしましょう。
持ってきていた自分用の飲料水を一口飲んでいると、今度は彼女から切り出してきました。
「それで、今日はどんな用件で来ら……来たん? お供えだけじゃないんじゃろ?」
「マァ……チョットした角煮をネ」
「角煮……? こんなところでお料理を?」
「エッ?」
「えっ?」
料理? 何のことでしょうか。
神様によるjoke?
いやそんなことを言う意味は―――……あっ。
「……チョットした確認をネ!」
「あ、なるほど」
……何か軽い行き違いがあった気がしますが、気のせいということにしておきましょう。
まだまだ日本語は苦手なんです。大目に見てください。
ともかく、本題に行きましょう。
「キリサン、セッチャンのコト前から知ってたカンジだよネ? コチラがイッポーテキニーとか言ってたし」
「あ、はい。勿論サラさんのことも知ってま、知っとったよ? 何度か来てくれとったよね」
あ、ワタシのことも知っていたんですね。
意外と参拝者のことを見ているようです。いや、この方って真面目ですし意外でもないのかもしれませんが。
「Oh, 覚えてたんだネ」
「うん。たしかあの時は一生懸命祈ってて――」
「Next question イイカナ?」
「あ、はい」
おっと……焦って切り出してしまいました。反省反省。
冷静に一旦息を吐いて……次の質問に参りましょうか。
「セッチャンのことドォ思ってるの?」
「どう、とは……?」
「……す、スキ、なのかなーって……」
昨日初めて会ったばかりですし、まだキリさんのことをそこまで知っているわけでもありません。
ただ……セッちゃんを見る彼女の瞳は、ワタシに向けるものとは異なっていたように感じられました。
それがすごく、すごく気になっていたのでした。
「え? うん。好きじゃけど」
目の前の土地神様はなんでもないことのように、普通に、平然と答えました。
髪も肌も白くて綺麗な、可愛らしい神様が。
彼のことを『好き』だと。
「………………そゥ、なんだ」
「毎週掃除してくれとるしね。昨日も普通に話してくれたし、二人とも好きよー」
「……ン?」
今、なんと?
「エット、二人ともっていうのは」
「え? だからセキさんもサラさんも好きって……」
「セッチャンのコト、Loveではなく?」
「ら……? ああ、色恋的にってこと? いや全然」
全然ですか。
……ワタシ的には嬉しくもありますが。
「デ、でもサ? セッチャンとワタシじゃ見てる時のカオが違ったテいうか」
「あ、えっと……セキさんって昔からここに来てくれとったし。それに少し、昔の知り合いに似とるんよね。見た目じゃなくて性格とか。じゃけんちょっと懐かしくて……」
……なるほど、そういうことでしたか。
とりあえず、この神様はセッちゃんに対してはLoveではなくLikeという意味での好意のようです。心配事が一つ減りました。
一安心。
そう思ってまた一口飲み物を口に含んだところで―――
「ていうか恋愛的にセキさんのことが好きなのってサラさんの方よね?」
――ブフォッ!!
土地神様の想定外な追撃で口に含んだ水分を吹き出してしまいました。
な、なぜそのことをご存知なのでしょうか。
ワタシはこのような喋り方ですし、性格も相まってそうそうバレない自信はあったのですが……。
「え、えっと……大丈夫?」
「……ダイジョブ。い、イヤ、ダイジョバナイ。なんで知って―――」
いや、待ってください。
たしか初めてジンツーリキを見せてもらった時、思考を読めると言っていた気がします。
ま、まさか……。
「い、いや……少しは読めるけどそんなにしょっちゅう盗み聞きしとるわけじゃないよ?」
「じゃ、じゃあナゼ……」
「半年前にここで恋愛成就願っとったじゃろ」
「Shoooot!!」
自分が原因でした。
た、たしかに以前ここに来た時、何の神様がいるのか知らないワタシはここで彼について考えながら手を合わせたことがありました。ありましたとも。
しかし半年も前のことです。まさかこの神様がちゃんと聞いていた上に覚えているとは思いませんでした。
流石は優しく真面目な土地神様。住民の声にキチンと耳を傾けています。
「Want to punch my past self...」
「ご、ごめんなさい。余計なことを……」
それはそれとして恥ずかしいのは事実。
ワタシは地面に突っ伏し、キリさんに慰められるのでした。
……落ち着きました。
「他の人には内緒にしてネ。……デ、セッチャンに意識させるにはどーしたらイイと思う?」
「あ、はい。……切り替え早くない?」
素早く切り替えるのは大事ですからね。
やってしまったこと、知られてしまったものについてアレコレ考えても仕方がありません。
それにこの件に関して前向きに考えれば、相談相手が増えたと見るべきでしょう。
「う、うーん……申し訳ないんじゃけど私、恋愛には疎くて……」
「キリチャンは恋、したことないノ?」
「えっと、私は……キリちゃん!?」
あら。呼び方を変えたのが気に入らなかったでしょうか。
女性の秘密を知ってしまったわけですし、このくらいは許してほしいものですが。
「この呼び方、ダメカナ?」
「あ、いえ。その、そんな風に呼んでくれる人初めてで驚いて……。ダメじゃないよ。ありがとう」
キリさん……いえ、キリちゃんはそう言って微笑んでくれました。
うん、どうやら嫌がってはいないようです。
「ならヨカッタ! それでキリチャン、恋のゴケイケンは?」
「え、あ、えっと…………どうなんじゃろ?」
キリちゃんは首を傾げました。
自分のことなのになぜ他人事のように言っているのでしょうか。
「いや、なんというか……そもそも人と関わったことがほとんどないし……。それに昔のことはあんまり覚えとらんのよね」
……そうでした。
いくら見た目がワタシと同年代の女の子に見えても、彼女は神様。生きる時間が違うのです。
面白半分に訊くのは失礼だったかもしれません。
「ゴメンナサイ」
「あ、いやいや! 謝らんでもいいんよ! 別に気にしてないけえ!」
流石は神様。やはり優しいですね。
……って、ちょっと待ってください。
「覚えてナイって言ってたケド、さっき言ってたセッチャンに似てるヒトは……?」
「……ああ。あの人はなんというか……特別なんよね」
ワタシの問いかけに、キリちゃんは懐かしむように遠くを見つめました。
その横顔は、その表情は、なんというか……覚えがある気がします。
もしかして……
「キリチャン、モシカシテ……その人のコト―――」
「あの人、見た目の印象がとんでもなく強くって。忘れようにも忘れられないんですよね……」
違いました。
単純にその人の容姿がStrong impactだったようです。
「キリチャンがそンだけ言うなら、スゲーヒトなんだろネ」
「うん、すげー人よ。……色々と」
そんなにスゲーんですか。どんな人だったのかすこぶる気になりますね。
――でも、見た目の印象が強い、というだけであのような物憂げな貌をするものでしょうか……?
そんな疑問を浮かべたところで、キリちゃんが思い出したように言いました。
「あ、ついでに思い出したけど……私、その人に一度だけここから連れ出して貰った事があるんよね」
……えっ?
もはや本当にここに祀られている神様なのか怪しく思えてきますね。
まあ本人が言っているのですから大丈夫なのでしょう。多分。
「サラさんもセキさんと二人でどこかに―――……って、もう行っとるよね。ごめんごめ……」
「…………」
キリちゃんの言葉に対してワタシは押し黙りました。
「……え、まさか……」
まあその……はい。
実のところ、セッちゃんと二人きりでどこかへお出かけなんてしたことはありません。
せいぜい昨日この神社に来たことくらいのもので、遊ぶにしても基本的にはフキやイザと一緒に行動を共にすることが多いのです。
「イヤ、一応ジジョーがあってネ?」
別にワタシ自身彼を誘うことに抵抗があるわけではありません。
事実、彼と出会ってからの一年間、何度も誘おうとはしましたし、キリちゃんと初めてお会いした直前にも誘おうとはしていたのです。
しかし、毎回見計らったかのように何かしらのアクシデントが起こったりして失敗に終わるのです。
そんなことが立て続けに起こった結果、最近は誘うことを躊躇するようになったのでした。
もうこれは呪いの類ではないかと思い、それも含めてキリちゃんに伺おうと思っていたところです。
「な、なるほど……そんな事情が……」
「ア、でも家に来たりはするヨ! マンガも貸してもらったりシテルし……」
神社の掃除帰りに祖母を経由して、ですが。
「御婆様を経由して家に来てもらっとるんじゃね?」
「……ウン」
くっ、隠し事ができません。
こういうところは神様しているのだから質が悪いというものです。
「神様なんじゃけど……。でもたしかに勝手に心の内を読むのはいけんかったね。ごめんなさい……」
「ウン。代わりに今度セッチャンのでも読んどいテ。……ンで、セッチャンのコトどうやって誘えばイイと思う?」
「う、うーん……事情を知った上で言うとね、サラさんは何かに取り憑かれとるとかでもないみたいじゃし、単純に運と時機……タイミングの問題だと思うんよね……」
「
「最近は少ないんじゃけどね」
まあ神様がいるのですし、幽霊だっているのでしょう。
ていうか運気についても分かるんですね。流石は神様。
「Luckが足りないかー……」
「基本的に運は良いみたいなんじゃけど、サラさんの場合……恋愛に関する運が少し、その……。仮にデートに行けても何かしらトラブルが起きるかもしれんね」
タイミングに関しては注意しているつもりですが、運についてはどうしようもありません。しかも、そう言った面での運はすこぶる悪いという神様のお墨付きを貰ってしまいました。
これはまずいです。ワタシは助けを求めるように挙手しました。
「ハイ! タイショホーはあるんでショーカ!」
「う、うーん……単純に運を上げるなら私が横についておく、とか? トラブル対策にもなるし……。あ、でもそれじゃデートとは言えんか……」
ふむ、どうやら私の運気は相当なもののようです。
どうしたものか、と二人で悩みますが良い解決策は浮かびません。
「ご、ごめんね? せっかく相談してくれたのに力になれんで」
「イーノイーノ。聞いてくれるだけでもスッキリするし! ……ていうかソモソモ、セッチャンってオトコノコの方が好きカモしれないからソッチの方がジューヨーといゆーか……」
「えっ」
(リーン……ゴーン……)
「「あっ」」
話し込もうというところで昨日と同様、町内放送が鳴ってしまいました。
デートへの対処法についてはともかく、犠牲は伴いましたが一番聞きたかったことは聞けましたし今日の所はこの辺で退散するとしましょう。
「ホンジャ、また来るネ。……ゼッタイ秘密にしてヨ?」
「あ、はい……いやあの、最後の話って」
「オンナノコ同士の秘密でしテヨ! ジャーネ!」
「え、あっうん……ま、またね!」
何度も確認しつつ、ワタシは境内を後にしました。
この時、見送るキリちゃんの笑顔はすっかり緊張感が抜けきったものになっていました。なんだか困惑混じりだったような気もしますが……とにかく初対面の時よりもずっと距離は近づいたように感じます。
秘密を暴かれた甲斐があったというものですね。……いや、良くはないんですけど。
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