柊が崎守る恋模様 その二


『ご馳走様でした!!』


「はいお粗末様でした」


 店を出てから号令のようにマトイに向けて全員で頭を下げ、各々で別れて歩いていく。

 店を出る直前、この後ついでにどこかに出かけるかという話になったのだが、マトイはこれから他に用事があるということで別れることとなったのだが、何故か途中までの見送り要員として俺が指名された。


 そして今、二人きりで隣り合って歩いている。


「なあマトイ」

「なんだいフキザキサン」

「あの木の枝、エロい形してんな」

「女性の身体のように見えるけど、どちらかというと芸術的に感じるね」

「エロンゲーテッドスタートという言葉、いやらしい響きだと思わないか」

「クラウチングスタートの一種だな。意味を知っていると微妙なところだ」

「日本で女性用下着を初めて手にしたと言われている偉人は誰か知ってるか?」

「豊臣秀吉と言われているな。南蛮貿易で荷物の中にあったとかなんとか」


 色々とスレスレな話を投げかけるも、特に慌てる様子もなく答えるマトイ。

 なかなかのレスポンス力だ。此奴、やりおる。


 何故こんな話をしているのかって? そりゃもろちん、じゃないもちろんマトイの性別を探るためだ。


 普段の俺なら男か女かなんてすぐに分かるんだが……マトイに対してはどうも難しい。いや、主な要因は顔が隠れてるせいではあるが。

 だが俺はまだこのマスクの下にスレンダーなオレッ子美女が隠れているという可能性を捨ててはいない。


 というわけで会話の中から動揺を誘ってみようと考えたわけだが……。


「チンパンジーの性行為にかかる時間がどの程度か知ってるか?」

「約三秒。ガラガラヘビは二十時間以上だったっけ」


 うーむ、冷静に返される。判断がつかないのでもう少しリアクションが欲しいところだ。ていうか雑学強いなコイツ。


 それなら次はもっとギリギリな話題で攻めてみるか。例えば……かのグレゴリー・ラスプーチンのチン


「あァ、そうだ。さっきはごめんなさいね」

「おぅん?」


 頭の中で次の話題を広げていたところで、それを遮るようにマトイが口を開いたことで変な声が出てしまった。いやそれより……


「なんの話だ?」

「告白云々のハナシ。……あんまりキミらの関係に立ち入らない方がよかったかなってね。話切ったのわざとだったでしょ」


 ……マジで鋭いなコイツ。


 マトイの言う通り、あの時話を無理に絶ったのはわざとだった。

 勿論、あの時のマトイに悪意が無かったのは理解している。が、まだコイツとは出会って数時間の仲でしかない。そんな他人同然の存在に易々とあいつらの恋路に介入されるのは、少し気分が良くなかった。

 簡単に言ってしまえば、ただの我儘である。


 あ、でも早く肉が食いたかったのも本当です。

 こちとら食べ盛りの男子高校生ですことよ。


「さっき本人たちに謝ったんだしいいんじゃねえの? 俺は気にしてないって」

「そっか。ありがとう」

「見送りに俺を選んだのはその話がしたかったからか?」

「いや、本題は別だね」


 ああ、何かしら話はあんのね。

 一体何の……はっ、まさか!


「俺の抑えきれない魅力が溢れすぎていてすまない。告白は嬉しいんだが俺の恋愛対象は女性でな……まずはその顔を見せてからにしてくれないか?」

「そういう話でもないンだわ」


 えっ、違うの!?


「じゃ、じゃあどういう話なんだ? それ以外に思い当たる節がないんだが」

「いや困ってることとかないかなって思って誘ったんだけど……」


 ただの親切かよ。


 クソッ、これじゃ俺が自意識過剰のナルシストのようではないか。まあ俺自身顔が優れてて身長も高めで運動神経も良くてちょっとお茶目なところがある優良物件系男子と自負はしてるけどな!


「え、俺そんなに悩んでるように見えた?」


「四人の中では割と。例えば――




 ――のこと、とか?」




 …………マジかコイツ。


「……分かんの?」


 思わず足を止め、訊き返す。

 数歩前に出たマトイはくるりとこちらに向くと「なんとなくね」とだけ言った。


 なんとなく、か。

 なんとなくで俺の『秘密』を看破されると、ちょっと自信無くすんだがな。

 ……まあ土地神様キリさんの関係者だし、バレてもおかしくはないか。


 諦めたように納得して、また歩き始めた。


「ソレ、大変でしょ」

「まあな。でも困ってないから大丈夫だ」

「そっか。他に知ってるのは?」

「家族とイザと……セキには言ってあるけど、信じてるかは微妙なとこ……いやアイツなら信じてそうだな」

「サラは?」

「アイツらが言ってないなら多分知らんだろ」


 秘密を知っても尚、マトイはなんでもない、いたって普通のことのように淡白な反応で会話を続ける。

 だがそんな反応だからこそ、無性に嬉しくなった。


 ……不思議な感覚だ。

 俺は今までこの『秘密』がバレないように必死に努めてきた。

 それなのにマトイが相手だと特に焦りも何もない。

 神様の友達だから……というよりも、コイツ自体が特殊だからという感じな気がする。




 ―――本当に似ている。

 のセキに。




「おっと、ここまででいいよ。ありがとう」


 柄にもなく感慨にふけていると、マトイが立ち止まった。

 それからお互いに手を振り合って別れようとしたのだが、「あ、そうだ」と言って振り返った。



「何があったのかは知らないけど、、仲良くしてあげてね。友達は大切だからなー」



 付け足すようにそれだけ告げると、じゃあね、と言って消えるように去っていった。


 ……どこまで見えてんだよ。本当に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る