【参】 十人十色、十神も十色

11話 土地神様と柊崎家の蔵 その一


 マトイさんと出会ってから次の休日。

『今度俺んの蔵整理すっから手伝ってくんねえ?』という親友の言葉によって僕とサラはフキの家へとお呼ばれすることになった。

 そして蔵の中身に興味があるというキリさんを連れ、三人でフキの家にやってきたわけなのだが。


「いつ見てもBig houseだワネー」

「そういえばサラは先月来たんだっけ? やっぱデカいよねこの家」

「神社からでも見えとったけど近くで見ると余計大きく感じるねえ」


 インターホンを鳴らして返答を待つ間、古き良き大きな和式門扉を見上げながら三人で話し合う。

 フキはバカではあるものの、由緒正しい家柄の人間なのである。親戚にも結構な大物が多かったりする地元の名士の家系なんだけど……ホントになんでこの家であの下ネタ魔人が生まれたんだろう。突然変異?


『おうお疲れ……お、キリさんも来てくれたんすね。とりあえず入ってくれ。案内してくれっから』


 インターホン越しに魔人フキの声がしたかと思うと、ピッという電子音が鳴って扉が自動で開いた。見掛けによらずハイテクなんだよな。

 ……ところで案内してくれるって、誰が?



「こんにちは、三人とも。先週ぶり」


 フキの指示通り門を潜って家を目指して広い庭を歩いていると、見覚えのあるミイラ人間が片手を上げて挨拶してきた。先週出会ったばかりの友人、マトイさんだ。


「あれ、マトイさん。なんでいんの?」

「ちょっと柊崎家に個人的な用事があってサ。ンで中入ったらフキザキサンがいてね。話聞いたら皆で蔵の掃除するってことで案内役を任されたのよ」


 軽い説明の後、マトイさんは踵を返して「ンじゃついてきて」と言って先を歩き始めた。

 アイツ割と知り合って間もない、それも目上と思しき人を顎で使うなよ……。いや本人気にして無さそうだけどさぁ。


「マトチャンいるならすぐ終わるネ。この後どっか行く?」

「あ、じゃあ気になるお店あるけん一緒に行こうや。セキさんとま、マトイもどうかね?」


 マトイさんがいると知るや否や、紅白女子二人はお出かけの予定を立て始めた。この神様、着実に俗世に染まってきてるなあ……。

 それはともかく、サラの言う通りマトイさんがいるならすぐに終わるだろう。先週の手際も見事なものだったし、僕としても掃除の勉強をさせてもらえそうだ。


「ン? いやオレはまだ用事済んでないから手伝わないけど」

「「「えっ」」」


 何言ってんだお前ら、みたいな雰囲気で話すマトイさんに僕らは声を上げた。

 え? 手伝ってくれないんですか?


「掃除の腕を見せてくれないんですか!?」

「セキさん。声と心が逆」


 しまった、つい本音が。


「掃除の腕はともかくとして手伝いたいところなんだけど、こっちが先約でね。まァ蔵の方にも用があるし、後で手伝いに行くよ」

「分かりました。なるべく時間をかけて終わらないように掃除しときます」

「普通に掃除してね」


 全力で遅延行為をしようと思ったら普通に突っ込まれた。なんて厳しいミイラだ。

 そんなやりとりをしているうちに本日の目的地、柊崎家の大きな蔵の前までやってきた。

 やってきたのだが……。


「どーやって入ンノ?」

「僕も知らない」

「大きい車じゃねえ」


 そう、蔵の前にはちょうど入り口を塞ぐような形でデカいトラックが駐車されていた。

 隙間もあまりないし、これでは中に入れない。

 というわけで大人しくフキを待つことにしようと決めたところで、


「あァ、さっき入ってきた業者が間違ってここに置いたみたいだな。駐車場までか」


 マトイさんが軽い調子でそんなことを言いだした。

 へえ、車の運転もできるんだ、なんて思っていたら――



「よいしょっと」



 目の前に鎮座していた大きなトラックを

 まるでその辺の小石でも持ち上げるように軽々と。


「「……」」

「じゃ、裏の駐車場まで持っていくから、また後で。あ、蔵ン中で変なモン触らないように気をつけろよー」

「あ、うん」


 トラックを持ち上げたまま悠々と去っていくマトイさんを僕とサラは絶句しながらキリさんと共に見送った。

 持っていくって物理的にかよ。やっぱ人間じゃないだろあの人。


「悪い悪い、来客で立て込んでて遅れた」

「あ、フキザキさん。こんにちは」

「はいこんにちは……って、どうしたお前ら」


 入れ替わるように屋敷の方からフキが現れたのだが……少しの間、僕とサラは返事が出来なかった。




         〇〇〇




「オーライオーライ……よし、OKだ。セキ、次はあっちの大桶を下ろすぞ。あ、サラ。それ割れやすいから気をつけろよ」


 フキの指示通りに蔵の中を動き回り、棚から物を下ろしていく。

 年代物や貴重品が多く、割れ物もあったりするから物ひとつでヒヤヒヤさせられる。

 今運んだガラスの花瓶なんかもたしかどこかのテレビ番組に出てたとんでもない値段のものだったような……いや、やめよう。考え始めると緊張して作業にならなそうだ。


「私も手伝おうか?」

「いや、キリさんはそこで待機でお願いします。引き続き俺らと棚全体見といてください」

「あ、はい」


 我らが土地神様はというと、僕らから一歩離れて全体を監視している。

 これはフキの提案で、棚から物を下ろす際にバランスの崩れた物が落ちてきたりした場合、キリさんの神通力で避けて貰おうということだった。


「でも私、上手く制御できんけえ物壊すかもしれんのじゃけど……」

「俺らに当たらないようにしてくれればそれでいいっすよ。落ちてきたらどうせ壊れるわけですし、怪我が無い事が一番なんで」


 フキがキリさんにあらためて説明しているのを聞きつつ、横で作業を続ける。コイツ、割とそういうところは慎重なんだよな。

 ……まあ、キリさんって結構ドジっぽいし不用意に貴重品を触らせたくないっていうのもあるのかもしれないが。


 ……にしても変な物も多いなここ。

 コレなんだ? こけし?


「なあフキ、貴重な物とか収蔵品があるのは分かるんだけど、なんで割とどうでもよさそうなものまで色々あるんだ?」

「うちの人間ってコレクター気質な奴が多くてな。歴史的な価値があるモンからそういうモンまでまとめてこの中に保存しまくってんのよ。で、スペースが足りなくなったら増築っつー流れを代々やってきて今に至るってワケ」


 なるほど、それで蔵もデカいのか。


「フキー、このダンボール重いんだケド、どーしたらイーカナ?」

「ああ、それ俺のだ。後で持ってくから一旦放置でいいぞ」

「お前も物置いてんの?」

「おう。秘蔵のエロ本隠すのにちょうどいいんだわ」


 あの中身エロ本かよ。歴史的文化物たちと並べて置くな。


 そんなこんなで作業は一段落。

 一旦休憩しようという話になったところでサラが、


「チョット探検してくる!」


 と言って赤毛を揺らしながら蔵の奥へと歩いて行ってしまった。

 一応、フキが「奥は危ねえからほどほどにな」と注意してたけど……聞いてんのかね。

 まあ、流石にアイツも弁えてるだろうし、物を壊したりはしないだろうけどさ。


「ところでフキ、一応確認するけど……今日で全部やるわけじゃないよね?」

「ハハハ、当たり前だろ。入り口近くの整理だけでいいさ」


 その話を聞いて安心した。

 この莫大な量をすべて整理するのはどうやっても一週間以上かかるだろうから、当然と言えば当然なんだけどね。

 ……しかしあらためて見回して思うけれど、すごい収蔵量だな。先月キリさんの神社に関わる資料もここで見つかったらしいけど、それも納得がいく。この蔵だけで小さな博物館レベルだ。


「そういえば、イザクラさんは誘わんかったん?」

「アイツはテス勉するらしくて。どいつもこいつも真面目だよなーホント」

「お前が不真面目なだけだと思うけどな。……マジでいつ勉強してんの?」

「大概二日前くらいからだな。余裕余裕」


 ほとんど勉強時間取ってないじゃねえか。

 まあ実際いつも好成績を叩き出してるし、天賦の才能ってやつなのかね。

 そのお陰かこの馬鹿は馬鹿だが馬鹿ではなく、むしろ高校からの評価としては比較的優等生とされている。馬鹿なのに。


「なんか今すげえバカにされた気がしたんだが気のせいか?」

「気のせいじゃない?」


 こういう無駄に察しが良いところも凄まじい。野生の勘だろうか。


「前から思っとったけど二人ともお互いに遠慮がないというか、凄く仲が良いよね。会ってから長いん?」

「長いかどうかは置いておいて、たしかに仲は悪くないですね」

「まあ、中一からの付き合いだしな。長いっちゃ長いんじゃねえの」

「はぇー……仲良くなったきっかけとかあるん?」

「「あー……」」


 キリさんの質問に僕とフキは二人して考え込んだ。

 きっかけ、仲良くなったきっかけかー……。


「え、私なんか変な事訊いてしもうたかね?」

「いえ、質問自体は別におかしくないですよ」

「ただなんつーか、答え辛いっつーかなぁ」

「え? …………はっ、まさかお二人は以前、この本みたいなご関係だったとか……?」

「違います。というかなんで持ってきてるんですか」


 どこからか出てきたBL本を指し示されたので即刻否定した。

 コイツととか反吐が出るわ。勘弁してくれ。


「まあ、中学入ってから同じクラスだったのもあって最初から結構話す方ではあったよね」

「そうだな。ただ今みたくつるむようになったのがいつからかっていうと――」



「――二人でクラスのクソ共をぶん殴った辺りから、でしょ」



 フキの言葉から繋げるような声が蔵の入り口から聞こえてきた。

 振り向くとそこには……あれ、いない?


「オイ、下。目線下げろ」


 言われた通りに目線を下げると、そこには小さき友人、イザが立っていた。

 ……棚から降ろした物で小さい身体が隠れていて一瞬マジで分からなかった。


「あん? お前今日来ないんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったけど、セキとサラが来てんのにアタシだけ行かないってのはなんか気持ち悪くてさ。もしかしてもう終わった?」

「いや、今は休憩中。また再開するよ」

「そ。……サラは?」

「蔵の奥を探検中だ」

「そっか。あ、差し入れ持ってきたから後で――」


「ちょちょ、ちょっと待って! さっきの話の続きは? ぶん殴ったって何なん!?」


 僕らが三人でダラダラ話していると、キリさんが割り込んできた。


「え、そこ掘り下げます?」

「むしろなんで掘り下げずに進もうとしとるんよ。明らかに話の途中じゃったじゃろ」

「俺らとしてはさして重要な話じゃないしな。既に通った道だし」

「私が通っとらんのんよ。入り口だけ見せて通過せんといてや」


 むう、誤魔化せないか。

 僕としてもフキとしても、あまり他人に話したい過去ではないんだけど……。


「さっき言った通りよ? 中学の時、クラスの教師と一部のカス共をこの馬鹿二人がまとめてボコしたんです」


 さっきに引き続きイザが勝手に話しやがった。てめえこの野郎!


「ええ!? 大丈夫だったん!?」

「そりゃ大丈夫じゃなかったですよ。クズ教師殴り飛ばして駆けつけてきたカス共も殴って、全員病院送りにするわこいつらも謹慎食らうわ……もがっ」

「あーはいはい、その話はもういいでしょ」


 引き続き喋ろうとするイザの口を手で塞いで強引に話を終わらせた。

 人の恥ずかしい過去を開けっ広げにするんじゃありませんよ、まったく。


「それはいいとして、サラのやつ遅くねえか?」

「たしかに。様子見に行こうか」


 蔵の奥へと視線を向けるフキに同意しながら立ち上がる。

 ……別に誤魔化したわけじゃないからね?


 詳細が気になっているキリさんを適当に宥めつつ、僕らは蔵の奥へと歩き出した。そして――




 ――倒れているサラを発見したのは数分後のことだった。





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