閑話2

柊が崎守る恋模様 その一


『昔から人と少し違うところがある』


『嫌になったりしたら気にせず離れてくれていい』


 そんな言い方をすれば、決まって相手は困った表情をする。ともすれば痛いやつと思われてしまうものだ。しかし、事実として他人とは明確な違いがあるのだから他に言い様がなく、自己紹介の度にこの文章を口に出してきた。


 当然、この言葉を聞いても引かない奴はそれなりにいた。良い奴らだったとは思うが、決定的な『違い』というものは時を経る毎に溝を大きくしていく。長く付き合っていくうちに全員俺の傍から離れていった。


『違い』はやがて『秘密』に変わった。

 変わった頃には誰も周りに残っていなかった。

 人が離れていくのなら、傷つけてしまうくらいなら……それでいいと思っていた。



 そんな考えをぶっ潰すような、純粋すぎる馬鹿と出会うまでは。

 



         〇〇〇




 時は神社の境内にある蔵掃除をしている最中。

 今日の掃除計画の発端である我が親友、セキがなんやかんやあって今日会ったばかりの不審人物に連れていかれてしまった。

 不審人物といっても、この神社におわす土地神様の知り合いだという由緒正しき(?)不審者だ。危険性は多分ない。

 そんな不審者に連れていかれる親友を我々友人三人組は快く見送ってやった。当の親友には去り際に射殺すような目つきで見られたが、まあ愛情表現のようなものだろうし気にすることでもないだろう。



 そして今、俺は掃除の休憩がてら適当な箱の上に腰を据えてぼうっとしている。



「セキとあの巻物人間、何話してんだろーなぁ……」


 春の暖かな陽気が降り注ぐ中、俺は一人寂しく言ちた。

 周りに女子三人(厳密には二人と一神)はいるのだが、彼女たちが俺の言葉に反応しないことは既に分かり切っている。

 別に彼女たちが冷たいからだとか、そういった理由からではない。単純に目の前の三人は別のことに勤しんでいるからだ。

 こんな美男子への返事を放っておいて、何に勤しんでいるのかって?



 それは当然―――恋の話だ。



「ネェネェネェネェ! キリチャンとマトチャンってどんな関係ナノ!?」

「アタシもめっっっちゃ気になる! キリさんどうなんですか!?」

「え、えっ? か、関係?」


 赤い髪をひとまとめにしたハーフ血統美少女と我が幼馴染の小さな美少女が、白髪ロングの美少女に詰め寄っている。なんと目に嬉しい光景だろうか。

 どうやら二人はさっきセキを連れて行った謎の布巻覆面……マトイ、だったか? と白髪ロング美少女……土地神のキリさんの関係性が気になっているようだ。


「う、うーん……知り合い、いや友達? いや……親戚の友達、なんかね?」

「あーそうじゃないそうじゃない」

「ワレラが聞きたいのは……マトチャンのことが好きかってコトヨッ!」


 女子ってそういう色恋沙汰が好きよね。……いや、女子だけに限定するのはよくないな。俺とて人の恋路を傍観するのは嫌いではないし。

 とりあえず話の内容も気になるし、少し聞き耳を立てつつ様子を見ることにしよう。


「え? まあ好き……じゃけど……?」


 おっと? 思いの外あっさりと認めたな。

 あの土地神様の性格上、もっと照れたり慌てたりするものだと思っていたが……。

 ……いや、違うな。あれは―――


「……イザ、これは多分アレだワネ」

「……そうね。これは―――」


 どうやらキリさんの表情を見た二人も俺と同じことを思ったらしい。


 ―――これは『分かっていない顔だ』と。


「ちょ、ちょっと作戦タイム!」

「あ、うん」

「Hey, フキ! Come on!」

「おう」


 キリさんから離れた二人に手招きされて合流する。

 それからキリさんに背を向け、頭を突き合わせて小声で話し合う。


「どう思うよ二人とも」

「確実に恋愛面での好意でしょ」

「自覚はないみたいだけどな」

「ダヨネ。まぁキリチャンってココからほとんど出たことナイし分からなくてもシャーナイのカモ?」

「それなら仕方ない……か?」


 どちらかというとキリさん本の性質な気もするが。


「そもそも神様が恋ってありえんのか?」

「ギリシャ神話とかの例もあるしありえるんじゃない? アタシはどちらかっていうと相手がなのが気になるけど」

「? マトチャンイイヒトだと思うケド?」


 サラの言う通り、別にあのミイラ怪人が悪いやつだとは思っていない。

 ただなんというかあの人―――


「「胡散臭いんだよ……」」


 知り合って間もないこともあるが、あの謎多き見た目だ。当然警戒の対象にはなる。それにやけに丁寧な喋り方や時代錯誤な服装なんかが余計に胡散臭さを助長させているように感じるし、どうにも庇護できそうにない。

 まあ俺としては中身が美女なら即受け入れられるんだが……あの怪人についてはどうも分からない。俺の股間のセンサーもまだまだのようだ。


「二人トモなかなか辛口評価ダヨネ」

「アンタが甘口なだけよ」


 大概の人間と仲良くなるサラは割と特殊事例だからな。

 とりあえず我々の評価基準については置いておくとして、だ。


「で、どうするよ。自覚がない人間に気づかせんのは骨が折れるぞ?」

「うむ。まあアタシとしては別に今後の進展を見守るでもいいんだけど」

「Hm, ワタシにお任せなセイ」


 サラはそう言って豊かな胸元をポンと叩くと、のっしのっしとキリさんの方へと歩いて行った。

 なんて頼りになる背中を見せつけてくれるのだろうか。何するつもりだあの女。


「Hey, キリチャン!」

「あ、話終わったん?」

「ウン! そしてそのキョーギの結果をお話イタス! ……ます!」

「あ、はい」



「……ズバリ言わせてもらうと、キミは――マトチャンに恋をしているッッ!!」



 サラはビシッとキリさんに指をさし、はっきりとそう宣言した。

 流石はサラ。簡潔かつ真っ直ぐな物言いで俺達の意見を平然と無視して伝えてのける。協議の意味分かってるこの子?

 ともかく、そんな疑いようのない事実を突きつけられた土地神様はというと―――


「……え? 私がマトイを?」

「ウム」

「三人ともその結論で?」

「ま、まあ……」

「見たまんまそうだしな」

「なるほど。……でもそれは勘違いじゃと思うよ?」


 見るからに明らかだというのに、困惑半分に認めようとしなかった。まあそんな気はしていたが、一応理由を訊いておこう。


「えー、その心は?」

「えっと、実は私とマトイってそんなに会ったことがあるわけじゃないんよね。今日で……五回目とかだったかね? じゃけんそこまで仲が良いわけでもないんよ」

「「「五回目」」」


 思ったより交流が少ねえ。ていうかセキ達どころか俺らより少ないんじゃねえかソレ。


「それにしては仲が良いように思うけど……」

「私に合わせてくれとるんよ。元々私が友達を欲しがって、それでマトイが友達だって言ってくれてさ。例えるなら……幼馴染の近所のお兄さんみたいな感じかね」

「ナルホド」


 絶妙な距離感である分、恋愛として発展しているわけではないということか。そういうことならキリさんの言い分も分からなくはない。

 だが隣の女子二人は納得がいっていないようで、言葉とは裏腹に悩ましげな表情をしている。

 ……アレを試してみるか。


「キリさん」

「何かねフキザキさん」

「アンタにとってマトイさんの好きなところ、もしくは良いところを何でもいいから浮かぶだけ言ってみてくれ」


 俺の周りに集まってくる奴らは何故か単純な人間が多い。経験上、こういったことを訊くとすぐにボロが出るやつばかりだ。

 過去にイザやサラにも同様の問いを投げかけ、見事に引っ掛かってくれたという前例もある。キリさんがこいつらと同じとは思わないが、割と雰囲気が似ているところもあるし試してみる価値はあるだろう。


 まあいきなりこんなことを訊かれたところでそんなに多くの言葉が出てくるとは思わないが、内容によっては判断がつくと思


「まず見た目に反して優しいところかね。外のこととか丁寧に教えてくれたのもマトイじゃったし。ちょっと叱られたりとかはあるけど、私のことを思ってっていうんは分かるしね。あと結構あの人可愛い所あるんよ? 初めて外で一緒に遊んだ時、目的もなく歩いてたら『猫追いかけてみるか』とか言い出して本当に裏路地に行ったりとか。あ、それと服が似合っとるところも好きかもしれんわ。あの大怪我みたいな頭も慣れてくると格好よく見えてくるし……素顔は私も見たことないんじゃけど。あ、あと―――」


「「ベタ惚れやんけ」」


 ボロを出すどころかめちゃくちゃ流暢に並べ立ててきたよ。見たことないくらい満面の笑みやないかい。

 ここまで素直なリアクションを見せつけられると一周回って俺らに合わせて演技してるんじゃないかとさえ思えてくるが、キリさんの反応を見る限りそういうことでもなさそうだ。

 ……つーかキリさんも素顔見たこと無いのか。期せずしてますますあの奇人の謎が深まったな。


「いやマトイさんのこと大好きじゃないですか。疑う余地無しでしょ」

「あはは、イザクラさんも女の子じゃねえ。そう簡単に色恋とかにはならんよ」


 この神様、頑なに認めない。寧ろ恋バナに昂ったこちらを宥めるような素振りだ。

 これは自覚させるのが難しいか、と思っていると、


「エーイ、マダルッコC! こうなれば力づくで分からせてやるまでヨ! 行くゾーイザ!」

「え、アタシも? ちょ、引っ張んなって!」

「えっちょ、なんか怖……わ、わー!?」


 自覚しない神様に痺れを切らしたのか、サラがイザを巻き込んでキリさんを追いかけ始めた。なんて蛮族的思考だ……ってうわ、やっぱサラ足速え。もう捕まえてやがる。


「……張り合いがナイ! Handicap付けてもう一回やろう!」

「目的変わってないかね!?」


 どうやらサラとしては尋問よりも楽しむことの方が優先事項らしい。その後も何度か捕まえては放流、ハンデを背負ってはまた追いかけるといった行動を繰り返すこととなった。


「あ、フキ! イザ倒れちゃったんだけどドーシヨ」

「はぁ……げほっ…………死ぬぁ……」

「あん? 真ん中に座らせてその周りで二人が走る感じにすればいいんじゃね?」

「ワカッタ!」

「止めてくれんのん!?」


 適当なアドバイスの後、一瞬にして蚊帳の外となったので、とりあえず少し離れた場所に移動して腰を据えた。どたばたと走り回る女子三人の様子を目の保養として眺めることにした。


 すまんな。俺じゃ収拾がつけられそうにねえ。

 セキ、早く帰ってこい。帰ってきて。



「……なにこれ?」



 あ、帰ってきた。




         〇〇〇




 その後、特にこれといったトラブルもなく当初の目的だった掃除自体は恙なく終わった。

 それから榎園家に移動した俺達はミイラ系紳士マトイと少し仲良くなるという一幕の後、昼飯をどこで取るかという話になったのだが、


『オレが全員奢るよ。皆で焼肉行こうぜ』


 というマトイの申し出により――揃って焼肉屋に来ていた。


「そろそろいいかな……っと」

「待てセキ。それは俺の育てた牛だ」

「アタシのホルモンやるから喧嘩すんなって。サラは……水いる?」

Hot辛い... Leafy青臭い... カルピスクダサイ……」


 四人で金網を囲い、わちゃわちゃと話しながら肉を焼いていく。

 最初は会ったばかりの人間(?)に奢られることへの抵抗感なんかで全員多少遠慮がちではあったものの、ひとたび肉を焼き始めるとそんな感覚は全員吹き飛び、好き勝手に焼いては食っていた。

 人の金で食う焼肉は美味いとは誰が言い出したのか。真理である。


「お肉美味しい……でもお酒、お酒があればもっと……あががが」

「ダメだっての。ノンアルカクテルならあるからそっちで我慢しなさい。はいタン塩」

「ありがとぉ……」


 隣のテーブルでは先程アルコール禁止令を出された土地神様キリさんと布まみれの流浪人マトイが向かい合って座っており、こちらもそれなりに楽しく食事している模様だった。

 つーかあの人、食う時も顔のアレ外さねえのかよ。なのに皿の上は減ってるしどう食ってんだろ。



「あ、ゴメン僕トイレ行ってくる。適当に取り分けといて」

「ん? おう了解」


 食べ進めてしばらく経った頃、隣に座っていたセキが席を立った。ギャグではなく。

 親友の頼みだ。ちゃんと取り分けておいてやろう。


 えーっと肉野菜、野菜野菜野菜野菜。あ、こっちの肉は俺が貰っとこ。


 セキの取り皿に二郎系よろしく野菜をマシマシにしていると、マトイが「あ、そうだ」とこちらのテーブルに話しかけてきた。


「サラとイザクラサンに訊きたいンだけど」

「? 何かなマトチャン」

「二人はセキサンにもう告ってンの?」

「ぶっふぉ!!」


 マトイによる爆撃のような発言に、目の前で水を飲んでいたイザが咳き込んだ。


「え、マトイ気が付いとったん?」

「まァなんとなく? 知らないのは本人だけでフキザキサンは事の次第を見守ってるって感じの関係性と見た」


 ……マジかコイツ。会って間もないのにとんでもない洞察力だ。


「あー、概ね正解だな。こいつらヘタレ。アイツセキが鈍感。OK?」

「成程、完全理解」


 加えてこの素早い理解力とサムズアップまでしてくるノリの良さ。

 良い奴ではあるんだろうが、何か底が知れないっつーか腹の内が読めないっつーか……まあいいか。肉奢ってくれるんだし。


「いやオッケーじゃないのよ。変な印象植えこもうとすんじゃないっての」

「印象もクソも純然たる事実だろうが。中学ン時から告ることすらできてねえヘタレチビガキが」

「あ゛?」

「ごめん」

「肉の前だ。許そう」


 肉の力すげえ。ありがとう牛さん豚さん。


「ヘタレって何? Yakiniku sauceみたいなヤツ?」

「あー……まあなんでもないから気にしないで」

「……なんかごめんなさいね?」

「いやマトイが謝ることじゃねえけどさ。あーもうこの話やめやめ。肉食おうぜ肉」


 半ば強制的に話題を断ち切り、乱雑な手捌きで金網に豚肉を突っ込んでいく。

 すると当然ながら油が金網の下に潜り、即座に火柱を立てて熱気が立ち上がった。その様子を見て女性陣が驚きの声を上げたり、サラのテンションが上がったり、ついでにセキが帰ってきたりしてさっきまでの話は完全にお流れとなった。



 ……上手く話を逸らせたな。



 そんなことを考えて溜息を吐いた俺を、布に包まれた視線がしばらくこちらを射抜いていた気がした。



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